王妃の秘薬

桃井すもも

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「サフィニア、それだけで足りるのか?昨夜も何も食べていないと聞いた。」

ディアマンテが心配そうにこちらを窺い見る。青い瞳が不安そうに揺れている。


つい半刻前にスマラグドゥスと一緒にベーコンエッグを食べたサフィニアは、もう既にお腹いっぱいであった。
他所で食べて来たとは言えないし、かと言って食事は要らないと言ったなら、きっと皆に心配を掛けてしまう。そう思って朝餉の席に着いたはよいが、如何せん満腹であったから食が全然進まない。
ディアマンテは、それを食欲不振だと心配しているらしかった。

「すまない……」
「何故、陛下がお謝りになるの?」
「君に無用な心配を掛けた。」

昨日帰城を出迎えたきり、不貞寝を決めたサフィニアはディアマンテとは顔を合わせていなかった。

「私が心配しているのは初めからご存知だったでしょう。」
「すまない……」

申し訳なさそうに瞼を伏せたディアマンテは、馬で駆けた為か頬が日に焼けて見えた。

「陛下はゆっくりお休みになられたの?」
「休んだよ。」
「夜中に執務を片付けてたなんて言わないでね。」
「……」

片付けていたのか。

夕食を抜いたサフィニアの為に、料理長がいつも以上に品数を増やしたらしい朝食を気合いで食べ終える。お腹ぱんぱんなサフィニアが、思わず「ふう」と息を漏らせば、ディアマンテはそれすら心配からの溜め息と思ったらしく、再び「すまない」と謝った。

それ程サフィニアに気を遣うのなら、何故心配を掛けるのだと言ってやりたいが、それがエメローダの為だと言うなら、もう仕方の無いことだろう。

サフィニアは、とことんディアマンテに甘いと思う。これではまるで母か姉だ。とても妃とは言えないだろう。そんな自分に呆れてしまった。


朝食の後に四半刻ほど庭園を散策するのが二人の日課であった。
冬なら外回廊を歩く。冬枯れや雪の散らつく景色も、ディアマンテと並び歩いて眺めるのは楽しく思えた。初夏の今なら尚のこと、盛りを迎えた薔薇園や姦しい小鳥の囀りを楽しみながらの散策は、無くてはならないディアマンテとの大切な時間となっていた。

「傷は、本当に大丈夫なのですか?」

朝食の席でもカトラリーを持つ手は怪我を負った様には見えなかった。

「とても深い傷であったと聞きました。」
「ごめん。クォーツが見せたのだろう。」
「貴方が着ていたシャツのこと?」
「うん。出血は確かに多かったが、見たほどでは無い。」

嘘つき。クォーツの顔色はそんなではないと物語っていた。彼は何事に於いても過大も過小もなく話す。その彼が、あんな深刻な表情をしていたのだ。相当の深い傷だった筈だろう。

「痛むのでしょう?」
「大丈夫。ほら。」

そう言って、ディアマンテは左手でサフィニアの右手を握り締めた。そうしてキュッと力を込めた。温かな手の平からディアマンテの体温が伝わってくる。握られた手には怪我を負った気配は消えていた。

二人並んで手を繋いで歩く。
不思議なことに、ディアマンテはこんな接触を好む。さり気なく腰に腕を回すこともあれば、何かを眺める際に「ほら」と肩を抱いて引き寄せる事もある。

そんな時間はエメローダから幸せを掠め取ったような気がして、後ろめたい気持ちになる。
今だけごめんなさいと心の中で詫びる自分は、多分妻としては可怪しいのだろう。

そうだ、と思い出してサフィニアは尋ねてみた。

「薬をご自分でご用意なさっていたと聞きました。城の医師が処方したのですか?」
「ああ、うん、そうだな。確かに信用出来る者から処方してもらった。」
「奇跡の様な治り具合だったとか。」
「実は私も驚いている。」
「それはどんなお薬なの?そんな裂傷に即効性のある薬とは、一体何なの?」
「ううん、まあ、新薬の様なものかな。」
「陛下が被験者になられたなんて仰らないでね。」
「……」

真逆本当に被験者なのか!

「もう、無茶し過ぎよ。」
「ごめん。」

ディアマンテは狡い。こんな風にキュッと手を握られては、言いたい文句の半分も言えなくなってしまう。

「坑道が美しかった。」
「え?」
「暗闇の中で照明の光が反射して見えたんだよ。チラリチラリと。エメラルドの原石に反射した光が小さく緑色に光って見えて、とても美しいと思った。宇宙とは、こんな風に見えるのかと思ったんだ。それで君にも見せたいと思った。今度君も連れて行くよ。一緒に見よう。」

なんて残酷な男なのだろう。恋人の為に無理を押して怪我を負ってまで出掛けたエメラルド鉱山に、サフィニアを誘うだなんて。

ディアマンテの言葉には、サフィニアは無言のまま返事を返すことはしなかった。それをどう思ったのか、ディアマンテはいつまでもサフィニアの手を握り締めて、なかなか離してはくれなかった。



「え?嘘でしょう?」
「何が?」
「だって昨日の朝に花を咲かせていたのよ?なのにもう種になっているだなんて。」

翌朝、スマラグドゥスの庭でサフィニアは声を上げた。昨日の朝、花を咲かせていた高山植物が、今日はもう種を付けていた。確かに開花時間は短いとは聞いていたが、種が付くには早すぎる。しかも、種子を包む子房は既にカラカラに乾いていた。

「そういうものなの。いちいち驚いていては化学は成り立たないよ。」
「そんな馬鹿な。」

スマラグドゥスは指先で子房を弾いた。途端に鳳仙花の様に種子が弾けて飛んだ。朝日を浴びてキラキラ光る種を手の平で受け止めて、スマラグドゥスはそれを懐紙に包んだ。

「きっと良いモノが出来る。」

そう言って、翠色の瞳を楽しそに細めて笑った。


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