王妃の秘薬

桃井すもも

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【42】

「そう。それをもう一匙。」
「もう一匙ね。」
「そうして練る。只管ひたすら練る練る練るね。」
「練る練る練るね、と。」

「宜しい。」

サフィニアの朝活は今も続いている。スマラグドゥスの手解きを受けて、調薬を学んでいる。

ディアマンテが口にする薬、飲む薬は全てサフィニアの手によるもので、本来なら御殿医を通さねばならないものを、ディアマンテはこっそりサフィニアの薬ばかりを使うのだ。
サフィニアの作る薬はディアマンテの身体によく馴染む。同じ物をスマラグドゥスが処方するより効果は覿面てきめんであった。

スマラグドゥスはその差について、「愛」のエッセンスがあるんだな、私は王様を愛してる訳じゃないから足りないのだとすれば「愛」だよねと言った。


「サフィニア、朝餉にしよう。サニーサイドを焼いてあげる。君はお茶を淹れてくれる?」

そう言ってスマラグドゥスはルーナの卵を貰いに庭へ出た。ルーナは律儀な鶏で、食べられちゃうのを解っていながら毎朝スマラグドゥス達の為に卵を産んでくれる。

「私、体重制限に引っ掛かったの。医師様に叱られたわ、食べ過ぎじゃないのかって。そりゃあそうよね、貴方と朝餉を食べた後でお城で二度目の朝餉を頂くのだもの。」

「二人分なんだから二食食べて当然だろう。」
「そういう問題ではないわ。ねえ、ジェット。」

サフィニアは現在、第一子を懐妊中である。ここへ来るにも隠し通路は危ないからと、城の回廊を渡り歩いて離れの棟から裏庭へ回り込んで通っている。


初めて地上から裏庭へ向かった日に、裏庭までジェットを伴って、この先は幻覚キノコの影響で見えないだろうとジェットを近くの木陰で待たせようとしたところ、ジェットが不可解な動きを見せた。

「ジェット、真逆貴方、ここが見えているの?」
「……」
「見えているのね。」
「良いよサフィニア。彼をお招きしようじゃないか。私の存在を疑心を持たず純粋に信じた。だから、彼、解るんだろうね。」

スマラグドゥスの存在に驚く事なく、その日からジェットも朝活仲間となったのである。


サニーサイドとカリカリベーコン、香り豊かな紅茶で三人仲良く朝餉を囲む。

「しっかりお食べ、サフィニア。君がルーナの卵を食すれば、腹の子にも届くから。きっと聡い子が生まれるよ。」

スマラグドゥスは、嘘か誠か解らない事を真顔で言う。

「そうだ、今度、裏の森から昆虫を採取したいんだよね。玉虫色に光るんだ。ジェットを貸してくれるかい?何せ王様はお妃様の分も仕事を被って大層忙しそうだからね。可哀想だからアイテム集めから暫く解放してあげる。」

「ジェット、どう?嫌なら嫌って言っても良いのよ?」
「叡智殿が仰るのであれば、私に異存などあり様筈もございません。何なりとお申し付け下さい。」

ジェットは今や、スマラグドゥスの収集の助手として大層重宝されている。

二人が収集に出掛ける間、サフィニアは小屋に残って執筆に励む。スマラグドゥスから授かった知識の全てを、サフィニアは記録に残している。

スマラグドゥスがサフィニアを「知識を授かる器」と言った通り、彼から授かった知識は薬学ばかりではなかった。天体の配列から宇宙のことわりと星々の齎す影響についてを学び、物質をどこまでも細分化する時に最後に現れる源についてを学ぶ。
川のせせらぎにも風が靡くにも理由があり、森羅万象の中に叡智が埋め込まれているのだと、スマラグドゥスは教えてくれた。
彼の教えの中には実践とは別に座学も多かった。
それらの知識を記録して、王家の授かった叡智として後世に残そうとしている。

スマラグドゥスの見立てが正しいのか、サフィニアにはスマラグドゥスの言わんとする事が手に取るように理解出来た。真綿が水を吸うように、小魚が川を泳ぐ様に、すいすいと迷う事なく吸収するのだった。

「君は時代を間違えて生まれていたなら、きっと魔女って呼ばれただろうね。王妃の身分でなければ、間違いなく我が一族に囲い込まれただろうな。」

スマラグドゥスが『我が一族』と言ったことに、サフィニアは生涯関わる事となるのだが、この時は微かな予感として胸の中に残るのだった。



「サフィニア、もっと食べた方が良いよ。君は痩せ過ぎなんだから。」
「でも、医師様は体重が増え過ぎだと仰っているわ。」
「医師と私とどちらを信じる?私の目には君は変わらずスレンダーだ。ほら、もう一枚お食べ。」

朝餉の席でディアマンテはそう言って、サフィニアの皿にベーコンを一枚追加した。

半刻前にスマラグドゥスと一緒に本日一度目の朝餉を済ませていたから、二度目の朝食は厳しいだろうと思いきや。妊婦を侮るなかれ、悪阻さえ乗り越えればもりもり食べることが出来るのだ。

「有難うございます、ディアマンテ様。カリカリベーコン大好き。」

サフィニアはカリカリベーコンが好きだと言ったのだが、「大好き」に反応してディアマンテは目元をほんのり紅く染めた。

「もっとお食べ。」

だから医師様がそれ以上駄目だって言っただろうとは、配膳係ですら思うのだが、この夫婦には通じなかった。


数カ月後。東の空が白む頃、サフィニアは丸々と肥えた嬰児みどりごを産む。力強い泣き声は、明けの明星が煌めく空のもと王都中に響き渡る様に思われた。
王国の第一王子の生誕だった。

そうしてこの後、サフィニアは出産ラッシュを迎えることとなる。年子で王子をもう一人、続けて年子の王女を二人産むことになる。
流石王妃、ロスタイムを最短で挽回してくれたと宰相が喜んだのは当然の事だった。




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