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【11】
「ロレイン王女が不満を抱いていると、そう云うことなのかな?」
フレデリックの執務室を訪ねたイーディスは、執務室から通じる応接室でフレデリックを待った。程なくしてフレデリックが現れて、その背後にはジェフリーが控えていた。
最近のロレインの様子を報告すると、フレデリックは、それをロレインの不満だと受け止めた様だった。
「いえ、ロレイン様は決してご不満に思われておられる訳ではございません。ただ、殿下をお慕いするお気持ちが深く、それでお淋しくお思いのご様子です」
イーディスの報告に耳を傾けるフレデリックであったが、イーディスには彼が何を考えているのか読み取ることが出来ずにいた。
「朝夕の食事と午後のティータイム。一日一度の散策も急用がない限りは欠かしてはいない。それでも足りないと王女が思うのだとすれば、私は彼女の希望を叶える為に、彼女の私室で執務を取る事になる」
思わぬ強い言葉にイーディスは怯んだ。フレデリックの言葉はその通りで、イーディスは何も言えなくなってしまった。
フレデリックは、婚約者として十分と思えるほどロレインを気遣って見えていた。多忙を遣り繰りしてロレインとの時間を捻出している。それはロレインも解っているのに、なのに彼女の心は満たされずにいる。
過ごす時間の長さではなく、どんな時間を過ごしているのか。イーディスには、そこに原因がある様に思えた。
「君の目からは、私がもっと彼女を気遣うべきだと、そんな風に見えるのかな?」
「それは……」
イーディスは思わず俯いてしまった。
ロレインと近く接するイーディスだから感じてしまった二人の距離感。フレデリックの態度に欠けるものは何も無い。ロレインに掛ける言葉は、いつでも思い遣りがあるもので、散策をする二人の姿は誰の目にも微笑ましいものに映っていた。
現に、フレデリックの背後に控える侍従の表情にも、少なからず困惑が見えていた。間もなく婚姻を結ぶのだから、少しばかりの淋しさは飲み込んで欲しいと思うのだろう。寧ろ、婚礼式を間近にして益々多忙の身であるフレデリックを、これ以上悩ませないで欲しいと、そんな気持ちが見て取れた。
「お国許を離れられて、お淋しくお感じなのでしょう」
「その為に君が側にいる」
痛烈な言葉であった。フレデリックの言葉通りで、ロレインに不足が無いよう寄り添う為にイーディスがいる。二年も前からそう定められて、ジェフリーはその為にイーディスを妻に娶っている。
まるで自分の問題をすり替えてフレデリックに転嫁してしまった事に気付いて、イーディスは酷く羞恥を覚えた。なのにロレインの不安に揺れる瞳が思い出されて、やはり言わねばならないと思った。
「不肖ながら、私ではロレイン様の御心を十分にお慰めすることは出来ません。ロレイン様の御心を満たす事が出来ますのは、殿下しかおられないのです」
「ならば国へ帰れば良い。国許で父と母と姉達に囲まれて、何不自由なく幸福に暮せば良かろう」
フレデリックの言葉に、イーディスは思わず俯いた顔を上げた。青い瞳が冷ややかに見えた。フレデリックの射るような視線を受けて、頬にチリリと痛みを感じた。
「そう言ったなら、君は私を冷たいと責めるのかな?」
張り詰めた空気を解す様に、フレデリックは一段明るい声で言った。
そこで流石に言葉が過ぎると判断したらしい侍従が、何かを言い出そうとして口を噤んだ。フレデリックが左手を上げて彼を制していた。
「冗談だ」
「殿下」
「解ってる」
二人が短い会話を交わすのを、イーディスは唖然となって見つめていた。
今のは何だったのだろう。
フレデリックには、確かな拒絶が感じられた。そのことにロレインが気付いてしまって、それが彼女を不安にさせている。そう思い至ってイーディスは漸く納得した。
穏やかで親切で紳士的なフレデリックに感じた見えない壁。イーディスの知らないフレデリックの側面に、イーディスも少なからず動揺するのだった。
帰宅する馬車の中でも、イーディスの頭の中はフレデリックの言動でいっぱいだった。ロレインがフレデリックの拒絶を敏感に感じ取って、それで心を乱されているのは確かなことだと思われた。
和睦の為の婚姻は国を跨いだ政略婚だ。けれどもロレインにとっては初恋が成就された末の婚姻で、今頃もフレデリックへの恋慕に胸を焦がされているに違い無い。
「イーディス」
向かい合わせに座るジェフリーに名を呼ばれて、はっと我に返った。
「君が思い悩むことでは無い」
「ジェフリー様…。いいえ、私の力が及ばないばかりに、上手くロレイン様のご不安を解消して差し上げることが出来ないのです」
「私は殿下の言わんとすることが理解出来る」
「フレデリック殿下の言わんとすること、ですか?」
ジェフリーは、イーディスを見つめて頷いた。
「殿下の仰る通りだろう。君はよくやっている。君ばかりではない、王女の待遇については陛下も王妃も十二分なご配慮をなさっておられる。国を挙げて王女をお迎えして、出来うる限りの体制で当たっている。それで不足があるのなら、あとは殿下のお言葉通りだ。ロレイン王女には和睦の象徴となって、後々殿下が即位なさってからは王妃として民にそのお姿を示して頂かねばならない。」
ジェフリーまで厳しい物言いになっている事に、イーディスは自分の浅慮を恥じた。
愛と云う甘やかな言葉に惑わされる恋愛脳をイーディスまで抱いていては、ロレインの迷いが軽減されることは無いだろう。
恋人であった時には知り得なかった、為政者としてのフレデリックの姿に、イーディスは感じていた違和感をそっと胸の奥に仕舞い込んだ。
フレデリックの執務室を訪ねたイーディスは、執務室から通じる応接室でフレデリックを待った。程なくしてフレデリックが現れて、その背後にはジェフリーが控えていた。
最近のロレインの様子を報告すると、フレデリックは、それをロレインの不満だと受け止めた様だった。
「いえ、ロレイン様は決してご不満に思われておられる訳ではございません。ただ、殿下をお慕いするお気持ちが深く、それでお淋しくお思いのご様子です」
イーディスの報告に耳を傾けるフレデリックであったが、イーディスには彼が何を考えているのか読み取ることが出来ずにいた。
「朝夕の食事と午後のティータイム。一日一度の散策も急用がない限りは欠かしてはいない。それでも足りないと王女が思うのだとすれば、私は彼女の希望を叶える為に、彼女の私室で執務を取る事になる」
思わぬ強い言葉にイーディスは怯んだ。フレデリックの言葉はその通りで、イーディスは何も言えなくなってしまった。
フレデリックは、婚約者として十分と思えるほどロレインを気遣って見えていた。多忙を遣り繰りしてロレインとの時間を捻出している。それはロレインも解っているのに、なのに彼女の心は満たされずにいる。
過ごす時間の長さではなく、どんな時間を過ごしているのか。イーディスには、そこに原因がある様に思えた。
「君の目からは、私がもっと彼女を気遣うべきだと、そんな風に見えるのかな?」
「それは……」
イーディスは思わず俯いてしまった。
ロレインと近く接するイーディスだから感じてしまった二人の距離感。フレデリックの態度に欠けるものは何も無い。ロレインに掛ける言葉は、いつでも思い遣りがあるもので、散策をする二人の姿は誰の目にも微笑ましいものに映っていた。
現に、フレデリックの背後に控える侍従の表情にも、少なからず困惑が見えていた。間もなく婚姻を結ぶのだから、少しばかりの淋しさは飲み込んで欲しいと思うのだろう。寧ろ、婚礼式を間近にして益々多忙の身であるフレデリックを、これ以上悩ませないで欲しいと、そんな気持ちが見て取れた。
「お国許を離れられて、お淋しくお感じなのでしょう」
「その為に君が側にいる」
痛烈な言葉であった。フレデリックの言葉通りで、ロレインに不足が無いよう寄り添う為にイーディスがいる。二年も前からそう定められて、ジェフリーはその為にイーディスを妻に娶っている。
まるで自分の問題をすり替えてフレデリックに転嫁してしまった事に気付いて、イーディスは酷く羞恥を覚えた。なのにロレインの不安に揺れる瞳が思い出されて、やはり言わねばならないと思った。
「不肖ながら、私ではロレイン様の御心を十分にお慰めすることは出来ません。ロレイン様の御心を満たす事が出来ますのは、殿下しかおられないのです」
「ならば国へ帰れば良い。国許で父と母と姉達に囲まれて、何不自由なく幸福に暮せば良かろう」
フレデリックの言葉に、イーディスは思わず俯いた顔を上げた。青い瞳が冷ややかに見えた。フレデリックの射るような視線を受けて、頬にチリリと痛みを感じた。
「そう言ったなら、君は私を冷たいと責めるのかな?」
張り詰めた空気を解す様に、フレデリックは一段明るい声で言った。
そこで流石に言葉が過ぎると判断したらしい侍従が、何かを言い出そうとして口を噤んだ。フレデリックが左手を上げて彼を制していた。
「冗談だ」
「殿下」
「解ってる」
二人が短い会話を交わすのを、イーディスは唖然となって見つめていた。
今のは何だったのだろう。
フレデリックには、確かな拒絶が感じられた。そのことにロレインが気付いてしまって、それが彼女を不安にさせている。そう思い至ってイーディスは漸く納得した。
穏やかで親切で紳士的なフレデリックに感じた見えない壁。イーディスの知らないフレデリックの側面に、イーディスも少なからず動揺するのだった。
帰宅する馬車の中でも、イーディスの頭の中はフレデリックの言動でいっぱいだった。ロレインがフレデリックの拒絶を敏感に感じ取って、それで心を乱されているのは確かなことだと思われた。
和睦の為の婚姻は国を跨いだ政略婚だ。けれどもロレインにとっては初恋が成就された末の婚姻で、今頃もフレデリックへの恋慕に胸を焦がされているに違い無い。
「イーディス」
向かい合わせに座るジェフリーに名を呼ばれて、はっと我に返った。
「君が思い悩むことでは無い」
「ジェフリー様…。いいえ、私の力が及ばないばかりに、上手くロレイン様のご不安を解消して差し上げることが出来ないのです」
「私は殿下の言わんとすることが理解出来る」
「フレデリック殿下の言わんとすること、ですか?」
ジェフリーは、イーディスを見つめて頷いた。
「殿下の仰る通りだろう。君はよくやっている。君ばかりではない、王女の待遇については陛下も王妃も十二分なご配慮をなさっておられる。国を挙げて王女をお迎えして、出来うる限りの体制で当たっている。それで不足があるのなら、あとは殿下のお言葉通りだ。ロレイン王女には和睦の象徴となって、後々殿下が即位なさってからは王妃として民にそのお姿を示して頂かねばならない。」
ジェフリーまで厳しい物言いになっている事に、イーディスは自分の浅慮を恥じた。
愛と云う甘やかな言葉に惑わされる恋愛脳をイーディスまで抱いていては、ロレインの迷いが軽減されることは無いだろう。
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