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【12】
玄関ホールに入ると、イーディスの姿を見つけたモンティが駆け寄って来た。猫なのに血相を変えて見えたのが可笑しかった。前に立つジェフリーの足元をするりとすり抜けて、イーディスのドレスに爪を立てて這い上って抱きついた。
「モンティ」
イーディスの首元に頬を擦り寄せごろごろと喉を鳴らす。
「む」
「いたた」
ジェフリーがモンティの身体をイーディスから引き離そうとするも、モンティが深く爪を食い込ませてイーディスにしがみ付くあまり、イーディスの肌に爪が当たった。
「ああ、すまない、イーディス。こらモンティ、イーディスに爪を立てるな」
猫に言っても仕方が無い。
「大丈夫ですわ、ジェフリー様」
そう言って、イーディスもまたモンティの顔に頬を擦り寄せた。イーディスはもう既にもふもふ欠乏症に陥っていた。城にいて、柔らかで温かなモンティボディを何度もふもふしたいと思い出したことか。
石造りの王城は底冷えがする。
春も盛りを過ぎているのに、掛布にくるまっていても夜半に身体が冷えて目が覚めてしまう。そんな時、モンティがいてくれて、あのもふもふと毛塗れの身体を抱き締めて眠れたなら、どれほど暖かいことだろうと思う。
そうして気が付く。身を火照らせる熱は、いつも夫の身体に囲い込まれて与えられていたのだと思い出す。
真っ赤な髪のジェフリーは体温まで高く熱い。ジェフリーは逆にイーディスの手足があまりに冷たいと驚いていたのだが、一緒に共寝をする内に、互いの体温が互いの身体に伝わって、安堵に似た心地良さに深く眠ることを覚えた。
だから、こんな風に寝台に張り付けられて、思わず漏れ出る矯正を堪えなから滾るジェフリーを受け止めるていると、石造りの城で触れることの無かった熱に浮かされ自分を見失いそうになる。
イーディスの細腕では、とても背中まで囲い込めない。広く厚い背にしがみつく様に手を伸ばし、打ち付けられる振動に耐える。それこそ自分が待っていた熱で、堪えきれずに気を遣りそうになってはジェフリーに引き戻された。
イーディスよりイーディスを知るジェフリーは、イーディスの到達点を知り抜いて、菓子を強請る幼子をあやし慰めるように、長く深くイーディスを揺さぶり翻弄させた。
一週間ぶりの交わりは、ジェフリーにもまたイーディスへの渇きがあったことを教えた。
鍛え抜かれた屈強な体躯であるのに、こんな細く薄く面白味のない身体では満足し切れないだろう。ジェフリーと婚姻を結んで二年が経つのに、イーディスは今もそんな事を考える。
ロレインを迎えるフレデリックの為に、フレデリックが娶るロレインの為に。フレデリックへの忠臣からイーディスを娶ったジェフリー。
だが、それでジェフリーがイーディスを蔑ろにする事は無く、今もイーディスを掻き抱いて蕩かそうとする。
ジェフリーにも、本当に得たい愛があった筈だ。初めて抱いた恋があった筈だ。
伯爵家の嫡男に生まれて、恋や愛で婚姻出来ることの方が稀だと理解して、だからこそ彼は、それを与えられた務めだと受け入れイーディスを大切にしてくれている。
大切にされているのだと、イーディスはそう思っている。
「ジェフリー様の初恋はいつ?」
誰とは聞けず、そう尋ねた。
政略結婚でそんな事を聞くのは無遠慮な事であるのに、思わず聞いてしまったのは、きっと瑞々しいロレインの恋心に当てられたからだろう。
「それを今聞くのか?」
漸く火照りが鎮まった寝台で、好き好んで得た訳では無い妻にそんな事を聞かれても困るのだろう。何よりジェフリーばかりではなく、イーディスにもまた忘れられない恋がある。
自分こそ忘れてしまわねばならない恋心を知っておきながら、勝手な事を聞いてしまったと思って、イーディスはその話はこれまでと答えを聞かぬまま終わらせた。
「ひと目見て、頭から離れなかったのを君の言う初恋と言うのなら、無かった訳では無い」
終わったと思った話しの続きを律儀にジェフリーが答えて、もうその先は言わずにいて欲しいとイーディスは思った。
分を弁えろ。
子爵家の子女に生まれて平凡な見目で、貴人に恋を教わり騎士の妻になった。与えられた務めは未来の王妃の側付きで、それは生家と一族に名誉を齎した。
これ以上、何も望むまい。
イーディスは自分にそう言い聞かせて瞼を閉じた。王城の自室のものより広く柔らかな寝台にいて、自分では到底得られない熱い体温に包まれ、直に深い眠りに誘われた。
隊服を脱いだジェフリーを見るのは久しぶりで、とても新鮮に思えた。王城に上がってからは特にそうで、いつも深紅の近衛服に身を包む赤髪の夫ばかりを目にしていた。
今日は、いつだかすっぽかしたからと、ジェフリーに連れられて劇場に来ていた。
演目は王道の悲恋である。活劇の方が余程退屈しないだろうに、ジェフリーはそれがイーディスの志向だと思うのか、悲劇の恋愛が題材の演目を選んだ。
「ハンカチは二枚持ったほうが良いそうだ」
「誰からお聞きになったの?」
「ヘスターだ。妻君と観劇したらしい」
ヘスターとはフレデリックの侍従である。ジェフリーとは同い年で、学園でも同窓であったと記憶している。
「貴女とヘスター様が悲恋のお話しをなさるお姿を、ちょっと見てみたいと思います」
「辞めてくれ」
ぶっきらぼうな物言いが、それがジェフリーが照れた時の癖なのだと、今ではイーディスにも解っていた。
「ハンカチが足りなくなったら、貴方の袖をお借りしますわ」
そう言えば、ジェフリーは「ああ」と答えた。それから、エスコートするジェフリーの左腕に添えたイーディスの手に、そっと右手を重ねた。
「モンティ」
イーディスの首元に頬を擦り寄せごろごろと喉を鳴らす。
「む」
「いたた」
ジェフリーがモンティの身体をイーディスから引き離そうとするも、モンティが深く爪を食い込ませてイーディスにしがみ付くあまり、イーディスの肌に爪が当たった。
「ああ、すまない、イーディス。こらモンティ、イーディスに爪を立てるな」
猫に言っても仕方が無い。
「大丈夫ですわ、ジェフリー様」
そう言って、イーディスもまたモンティの顔に頬を擦り寄せた。イーディスはもう既にもふもふ欠乏症に陥っていた。城にいて、柔らかで温かなモンティボディを何度もふもふしたいと思い出したことか。
石造りの王城は底冷えがする。
春も盛りを過ぎているのに、掛布にくるまっていても夜半に身体が冷えて目が覚めてしまう。そんな時、モンティがいてくれて、あのもふもふと毛塗れの身体を抱き締めて眠れたなら、どれほど暖かいことだろうと思う。
そうして気が付く。身を火照らせる熱は、いつも夫の身体に囲い込まれて与えられていたのだと思い出す。
真っ赤な髪のジェフリーは体温まで高く熱い。ジェフリーは逆にイーディスの手足があまりに冷たいと驚いていたのだが、一緒に共寝をする内に、互いの体温が互いの身体に伝わって、安堵に似た心地良さに深く眠ることを覚えた。
だから、こんな風に寝台に張り付けられて、思わず漏れ出る矯正を堪えなから滾るジェフリーを受け止めるていると、石造りの城で触れることの無かった熱に浮かされ自分を見失いそうになる。
イーディスの細腕では、とても背中まで囲い込めない。広く厚い背にしがみつく様に手を伸ばし、打ち付けられる振動に耐える。それこそ自分が待っていた熱で、堪えきれずに気を遣りそうになってはジェフリーに引き戻された。
イーディスよりイーディスを知るジェフリーは、イーディスの到達点を知り抜いて、菓子を強請る幼子をあやし慰めるように、長く深くイーディスを揺さぶり翻弄させた。
一週間ぶりの交わりは、ジェフリーにもまたイーディスへの渇きがあったことを教えた。
鍛え抜かれた屈強な体躯であるのに、こんな細く薄く面白味のない身体では満足し切れないだろう。ジェフリーと婚姻を結んで二年が経つのに、イーディスは今もそんな事を考える。
ロレインを迎えるフレデリックの為に、フレデリックが娶るロレインの為に。フレデリックへの忠臣からイーディスを娶ったジェフリー。
だが、それでジェフリーがイーディスを蔑ろにする事は無く、今もイーディスを掻き抱いて蕩かそうとする。
ジェフリーにも、本当に得たい愛があった筈だ。初めて抱いた恋があった筈だ。
伯爵家の嫡男に生まれて、恋や愛で婚姻出来ることの方が稀だと理解して、だからこそ彼は、それを与えられた務めだと受け入れイーディスを大切にしてくれている。
大切にされているのだと、イーディスはそう思っている。
「ジェフリー様の初恋はいつ?」
誰とは聞けず、そう尋ねた。
政略結婚でそんな事を聞くのは無遠慮な事であるのに、思わず聞いてしまったのは、きっと瑞々しいロレインの恋心に当てられたからだろう。
「それを今聞くのか?」
漸く火照りが鎮まった寝台で、好き好んで得た訳では無い妻にそんな事を聞かれても困るのだろう。何よりジェフリーばかりではなく、イーディスにもまた忘れられない恋がある。
自分こそ忘れてしまわねばならない恋心を知っておきながら、勝手な事を聞いてしまったと思って、イーディスはその話はこれまでと答えを聞かぬまま終わらせた。
「ひと目見て、頭から離れなかったのを君の言う初恋と言うのなら、無かった訳では無い」
終わったと思った話しの続きを律儀にジェフリーが答えて、もうその先は言わずにいて欲しいとイーディスは思った。
分を弁えろ。
子爵家の子女に生まれて平凡な見目で、貴人に恋を教わり騎士の妻になった。与えられた務めは未来の王妃の側付きで、それは生家と一族に名誉を齎した。
これ以上、何も望むまい。
イーディスは自分にそう言い聞かせて瞼を閉じた。王城の自室のものより広く柔らかな寝台にいて、自分では到底得られない熱い体温に包まれ、直に深い眠りに誘われた。
隊服を脱いだジェフリーを見るのは久しぶりで、とても新鮮に思えた。王城に上がってからは特にそうで、いつも深紅の近衛服に身を包む赤髪の夫ばかりを目にしていた。
今日は、いつだかすっぽかしたからと、ジェフリーに連れられて劇場に来ていた。
演目は王道の悲恋である。活劇の方が余程退屈しないだろうに、ジェフリーはそれがイーディスの志向だと思うのか、悲劇の恋愛が題材の演目を選んだ。
「ハンカチは二枚持ったほうが良いそうだ」
「誰からお聞きになったの?」
「ヘスターだ。妻君と観劇したらしい」
ヘスターとはフレデリックの侍従である。ジェフリーとは同い年で、学園でも同窓であったと記憶している。
「貴女とヘスター様が悲恋のお話しをなさるお姿を、ちょっと見てみたいと思います」
「辞めてくれ」
ぶっきらぼうな物言いが、それがジェフリーが照れた時の癖なのだと、今ではイーディスにも解っていた。
「ハンカチが足りなくなったら、貴方の袖をお借りしますわ」
そう言えば、ジェフリーは「ああ」と答えた。それから、エスコートするジェフリーの左腕に添えたイーディスの手に、そっと右手を重ねた。
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