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フレデリックはその後、三日続けてロレインと同衾した。幸いロレインの体調は落ち着いており、共寝に支障は無かった。
ロレインの体調を気遣ってか、フレデリックはその三日とも務めを果たすとロレインを部屋に残して自室に戻った。
そうして四日後の朝に王都へ戻ってしまった。
日程を十分調整しての保養であった筈なのに、フレデリックに急な公務が入ったのだと説明をされたのは、フレデリックが離宮に着いて三日目の午後だった。
その日の朝に、王都から早馬が駆けて来ていたのは知っている。その内容が国王陛下が夏風邪から熱を出したと記されていたのもジェフリーから聞き及んでいた。
城の内情がどうなっているのか、残念ながらイーディスには解らない。ただロレインはフレデリックの説明を素直に受けて、それで傍で見てはっきり解るほど消沈してしまったのだった。
ロレインには、王女として育った気概が確かにある。侯爵令嬢に無礼な言葉を浴びせられても、真っ白な顔に笑みを貼り付けることを忘れなかった。だが、薄皮一枚捲ったその下は、柔らかな触れるだけで堕ちてしまう敏感な感情を抱いていた。
ロレインは、母国の血を引き姉と年の同じイーディスには、その柔らかな感情を隠さず吐露する。
だから、四日目の朝にフレデリックを見送る時にも、イーディスに隠し切れない哀しみに塗れた表情を見せた。
そうして結局ロレインはその翌日に、王都へ帰りたいと言い出した。
ロレインは既に三日間フレデリックの種を受けていた。子を宿した可能性がある身であったから、身辺警護には十分な注意を要する。
離宮での保養はいつまでと定められたものではなかった。ざっくりと「夏の間」と区切って、その間ロレインが身体も心も健やかで居られるようにと最大の配慮をなされたものであったのだが、肝心のロレインがフレデリックの不在に心が揺らいで塞ぎ込んでは本末転倒も甚だしいと思われた。
急ぎ王都へロレインの希望を伝えれば、早馬並みの速さで近衛騎士等が駆け付けて、それで結局ロレインは予定を大きく変えて早々に王都へ戻ることとなった。
王妃の生家が擁する王国随一の観光地も、風光明媚な風景も、涼しく過ごしやすい離宮の暮らしも、何もかもを放り出して、ロレインはフレデリックの側にいたいその一心で、思惑犇めく王城へ戻ってしまったのである。
三日間の同衾は、王城へは既に報告されている。一応の目的は果たされたと判断したのか、護衛を増やすことでロレインの急な帰城を許された。
明日王都に戻るというその夜に、イーディスはロレインの枕元に呼ばれた。
「眠れないのですね、ロレイン様」
「ごめんなさい。私が呼んでしまっては貴女も眠れないのに」
「そんな事は構いません。それより、ロレイン様の御心を沈ませるのは何なのでしょう」
ロレインは寝台に半身を起こしてヘッドボードに背を預けていた。涼所にある離宮の夜は冷える。薄い夜着に肩が透けて見えて、イーディスはロレインの痩せた肩にブランケットを掛けた。
「フレデリック様はとてもお優しかったの」
唐突な言葉は、二人の褥の話しだった。
「その間、フレデリック様と目が合わなかった。一度も」
ロレインは恥じらいを押して言葉を続ける。
「私、とても恥ずかしかったの。だけれど、どうしてもフレデリック様のお顔を見たくて目を瞑る事を我慢したの。あの御方がどんなお顔で私を愛して下さるのか、どんなお顔で、その、欲をお感じになるのかを見落としたくなくて」
イーディスはロレインの気持ちが痛いほど伝わって、その気持ちがよく解ると思った。瞬間、赤髪の夫が猛る瞳を向けるのが頭を過って思わず下腹に手を添えた。
「フレデリック様の愛を、私はきっと望めない。身体は愛して頂けたわ。けれども、心は愛してもらえないの、どうしても。それなのに、私はフレデリック様を求めてしまう。あの御方のお側を離れて生きられない。私は愚か者なのかしら」
イーディスの知るフレデリックは、冬を終えたばかりの春風の様な人だった。心に沁みる温かな日射しの様な人だった。気高く眩しい横顔を、別れありきの未来を承知で、学生時代のイーディスは只管見つめていたのだった。
イーディスの知るフレデリックとロレインの言うフレデリックとの乖離にイーディスが戸惑いを覚えるのは、今に始まったことではなかった。
イーディスには、ロレインの心の叫びが痛いほど伝わって来る。何故なのか、人を愛するには痛みを伴う。イーディスにも確かに痛みがあって、それは政略で結ばれた夫の唯一が主君にあるという、覆すことの出来ない事実にあった。
愛と忠臣を混同するのは間違いだと解っていても、唯一となれない事への諦めは思った以上に心に影を落としている。騎士の妻であれば主君に仕える夫の忠臣を誉れと思わねばならないのに、イーディスはどうしてもそう潔くはなれなかった。
春風の様な王子に恋い焦がれていたのに、いつの間にか、赤髪の夫の灼熱に身も心も焦がされてしまった。
王家に命じられてイーディスを妻に迎えたジェフリーの内心を確かめた事は一度もない。
何故なら、イーディスもジェフリーもまた、ただの一度も「愛している」と言葉を交わしたことが無いのだから。
ロレインの体調を気遣ってか、フレデリックはその三日とも務めを果たすとロレインを部屋に残して自室に戻った。
そうして四日後の朝に王都へ戻ってしまった。
日程を十分調整しての保養であった筈なのに、フレデリックに急な公務が入ったのだと説明をされたのは、フレデリックが離宮に着いて三日目の午後だった。
その日の朝に、王都から早馬が駆けて来ていたのは知っている。その内容が国王陛下が夏風邪から熱を出したと記されていたのもジェフリーから聞き及んでいた。
城の内情がどうなっているのか、残念ながらイーディスには解らない。ただロレインはフレデリックの説明を素直に受けて、それで傍で見てはっきり解るほど消沈してしまったのだった。
ロレインには、王女として育った気概が確かにある。侯爵令嬢に無礼な言葉を浴びせられても、真っ白な顔に笑みを貼り付けることを忘れなかった。だが、薄皮一枚捲ったその下は、柔らかな触れるだけで堕ちてしまう敏感な感情を抱いていた。
ロレインは、母国の血を引き姉と年の同じイーディスには、その柔らかな感情を隠さず吐露する。
だから、四日目の朝にフレデリックを見送る時にも、イーディスに隠し切れない哀しみに塗れた表情を見せた。
そうして結局ロレインはその翌日に、王都へ帰りたいと言い出した。
ロレインは既に三日間フレデリックの種を受けていた。子を宿した可能性がある身であったから、身辺警護には十分な注意を要する。
離宮での保養はいつまでと定められたものではなかった。ざっくりと「夏の間」と区切って、その間ロレインが身体も心も健やかで居られるようにと最大の配慮をなされたものであったのだが、肝心のロレインがフレデリックの不在に心が揺らいで塞ぎ込んでは本末転倒も甚だしいと思われた。
急ぎ王都へロレインの希望を伝えれば、早馬並みの速さで近衛騎士等が駆け付けて、それで結局ロレインは予定を大きく変えて早々に王都へ戻ることとなった。
王妃の生家が擁する王国随一の観光地も、風光明媚な風景も、涼しく過ごしやすい離宮の暮らしも、何もかもを放り出して、ロレインはフレデリックの側にいたいその一心で、思惑犇めく王城へ戻ってしまったのである。
三日間の同衾は、王城へは既に報告されている。一応の目的は果たされたと判断したのか、護衛を増やすことでロレインの急な帰城を許された。
明日王都に戻るというその夜に、イーディスはロレインの枕元に呼ばれた。
「眠れないのですね、ロレイン様」
「ごめんなさい。私が呼んでしまっては貴女も眠れないのに」
「そんな事は構いません。それより、ロレイン様の御心を沈ませるのは何なのでしょう」
ロレインは寝台に半身を起こしてヘッドボードに背を預けていた。涼所にある離宮の夜は冷える。薄い夜着に肩が透けて見えて、イーディスはロレインの痩せた肩にブランケットを掛けた。
「フレデリック様はとてもお優しかったの」
唐突な言葉は、二人の褥の話しだった。
「その間、フレデリック様と目が合わなかった。一度も」
ロレインは恥じらいを押して言葉を続ける。
「私、とても恥ずかしかったの。だけれど、どうしてもフレデリック様のお顔を見たくて目を瞑る事を我慢したの。あの御方がどんなお顔で私を愛して下さるのか、どんなお顔で、その、欲をお感じになるのかを見落としたくなくて」
イーディスはロレインの気持ちが痛いほど伝わって、その気持ちがよく解ると思った。瞬間、赤髪の夫が猛る瞳を向けるのが頭を過って思わず下腹に手を添えた。
「フレデリック様の愛を、私はきっと望めない。身体は愛して頂けたわ。けれども、心は愛してもらえないの、どうしても。それなのに、私はフレデリック様を求めてしまう。あの御方のお側を離れて生きられない。私は愚か者なのかしら」
イーディスの知るフレデリックは、冬を終えたばかりの春風の様な人だった。心に沁みる温かな日射しの様な人だった。気高く眩しい横顔を、別れありきの未来を承知で、学生時代のイーディスは只管見つめていたのだった。
イーディスの知るフレデリックとロレインの言うフレデリックとの乖離にイーディスが戸惑いを覚えるのは、今に始まったことではなかった。
イーディスには、ロレインの心の叫びが痛いほど伝わって来る。何故なのか、人を愛するには痛みを伴う。イーディスにも確かに痛みがあって、それは政略で結ばれた夫の唯一が主君にあるという、覆すことの出来ない事実にあった。
愛と忠臣を混同するのは間違いだと解っていても、唯一となれない事への諦めは思った以上に心に影を落としている。騎士の妻であれば主君に仕える夫の忠臣を誉れと思わねばならないのに、イーディスはどうしてもそう潔くはなれなかった。
春風の様な王子に恋い焦がれていたのに、いつの間にか、赤髪の夫の灼熱に身も心も焦がされてしまった。
王家に命じられてイーディスを妻に迎えたジェフリーの内心を確かめた事は一度もない。
何故なら、イーディスもジェフリーもまた、ただの一度も「愛している」と言葉を交わしたことが無いのだから。
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