RUBER

桃井すもも

文字の大きさ
43 / 45

【42】

しおりを挟む
その日、ロレーヌは招かれたカーライル公爵邸のガゼボにいた。
偶然一緒になったお茶会の席で、ソフィアから庭園が花の盛りを迎えていると聞いた。まあ素敵ですわと応えたら、ならお茶にいらして?と誘われた。

父と母に話せば、別段思うところはないらしく、「行っておいで」とだけ言われた。元々国王陛下の側に侍る父は、家格が上の貴族家へおもねることはないらしい。母も以前、お茶会で公爵夫人と同席したとかで、あそこの庭園は見事よねと、呑気なことを言っていた。

「いつ見ても、素敵な御髪おぐしね」

ソフィアはロレーヌの向いに座り、目を細めて赤髪を褒めてくれた。

抜けるような白い肌に真っ青な瞳が瞬いて見える。見透かされている様だとか、感情が見えず人形の様だとか、人は色々言うけれどロレーヌにはちゃんと表情が動いて見える。今だって、目元だけがほんの少し下がっている。

笑っていらっしゃる。

不器用な御方なのだわ。こんなに可愛らしくていらっしゃるのに。
ロレーヌには、ソフィアはほんの少しばかり不器用で、言いたいことをどのタイミングで言うべきか見計らっているうちに、流れに乗れずに終わってしまう、そんなうっかりなところが可愛い女性に見えている。

「お受けになるの?」

ソフィアが尋ねているのは、先日父が王家から齎された縁談のことだろう。口外されていない筈だが、流石は公爵家、耳が早い。

「私では不足ばかりだと思います。寧ろ、ソフィア様が相応しいと」
「嫌よ」
「へ?」

思わぬ返しにロレーヌは驚いた。思わず目を瞬かせたらしく、そんなロレーヌにソフィアが慌てて「ごめんなさい」と言った。

「不快な思いをさせてしまったならごめんなさいね。そんなつもりでは無かったの。ただ、私、フィリップ殿下の婚約者だなんてあり得ないわ」

ソフィアの常にない早口に、これはもしやとロレーヌは思った。

「お心に、思いを寄せる御方がいらっしゃるのですか?」

「……」

いるんだ。
なんて解り易いのだろう。こんなに初々しく頬を染めて、人形姫と噂をされるけれど、確かに可憐なお人形みたい。

マントルピースの上に飾って眺めてみたい。

不埒なことを考えるロレーヌを、ソフィアは上目遣いで見る。
ほら可愛い。

可愛いしか無いご令嬢に、思わずロレーヌは微笑んだ。

「貴女とは、気を張らずにお話しが出来るわ。私、悪役令嬢顔なんですって」

ソフィアの言葉に危うくお茶を吹き出しそうになった。

「ソフィア様の何処が一体悪役令嬢だと?」

最近巷で流行りの小説に、そんな配役があるのは知っている。

「敢えて言うなら、私の全て」
「え?」
「高貴な身分、人形を思わせる表情、人を寄せ付けない冷たい雰囲気。そうしてトドメが王太子の婚約者。それが悪役令嬢の条件らしいわね」
「確かに」
「婚約者と言うなら、あの御方はきっと貴女を心からお望みよ」

それにはロレーヌはどう答えてよいのか解らない。

「お気付きなのでしょう?あれほど解り易いのですもの」

フィリップの視線を思い出して、ロレーヌは俯いた。幼い頃から度々会っていた高貴な人物の顔が思い浮かぶ。

「貴方が王弟公爵様をお好みなのだと聞いたわ。それって本当?」

「ええっと、公爵様が好みと言うのではなくて、騎士様のお姿が……。父が昔、近衛騎士でしたから、あんなお姿であったのかと、つい」

「見つめてしまうのね?」

国王陛下が王太子時代に、夫妻は暴漢に襲われている。ロレイン妃を庇う母を守って父が負傷して、その怪我が元で近衛騎士から退いたのは知る人なら知っていることである。

「では、フィリップ殿下にも分があると言うことね」

その言葉にロレーヌは、俯いたまま頬を染めた。
そんなロレーヌをソフィアは「可愛い」と思って見つめた。互いに互いを「可愛い」だの「可憐」だの思いながら、花の盛りの茶会は過ぎていった。



「ロレーヌ」

水曜日は、兄の授業がロレーヌよりも一時限多い。それでロレーヌは、図書室で兄の授業が終わるのを待っている。丁度、水曜日は新刊本が棚に並ぶ日で、その中には週刊誌もある。

ロレーヌは学園に入ってから週刊誌の面白さを知った。『週刊貴婦人』は令嬢方に人気の雑誌で、流行りのドレスや髪の結い方、王都に新しく出来たカフェ情報など記事は盛り沢山で、特に連載小説は次号が待ち切れなくなる面白さだ。

先日ソフィアが言っていた悪役令嬢とは、この連載小説の登場者である。最新刊は既に誰かが借りているらしく、ロレーヌは先々々週の古い号を読み返していた。

どこがどうして悪役なのかしら。
どこからどうみても被害者だわ。
悪役令嬢とは損ばかりしている。誠実で実直で嘘をつけない清廉な令嬢。生れも高貴で姿形も整って、些細な事には顔色ひとつ変えない。それが「お人形」などと揶揄される。

あ、あれ?それってやっぱりソフィア様?

気付いてはいけないところに気が付いたときに、

「ロレーヌ」

馴染んだ声に呼び止められた。

ロレーヌは、慌てて週刊誌を棚に戻し、スカートの裾をつまんで簡略的な礼をした。

「いいよ、君にかしこまられるのはどうもね」

放課後の図書室は静かである。私語厳禁でもあるし、元より利用者はそう多くはない。だが、全く誰もいない訳ではなく、今も周囲にいる生徒達が耳を澄まして二人の会話を聞いている。司書なんて、こちらを凝視している。

「フィリップ殿下、ここではお話しが……」
「そうだね、じゃあ出ようか」
「え?」

驚くロレーヌの横をすり抜けて、フィリップは直ぐ先のテーブルへと歩いて行く。それから、なぜ分かったのか、ロレーヌの鞄を持って戻って来た。

「でででで殿下、持てます、自分で持ちます」

王太子を鞄持ちにしてしまった。ロレーヌは額に汗を滲ませて、鞄を取り返そうとするも、フィリップは「しーっ」と人差し指を唇に当てて、クチパクで「出よう」と行った。

司書が瞬き一つせずに凝視する横を通って、ロレーヌはフィリップの後を追った。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

陛下を捨てた理由

甘糖むい
恋愛
美しく才能あふれる侯爵令嬢ジェニエルは、幼い頃から王子セオドールの婚約者として約束され、完璧な王妃教育を受けてきた。20歳で結婚した二人だったが、3年経っても子供に恵まれず、彼女には「問題がある」という噂が広がりはじめる始末。 そんな中、セオドールが「オリヴィア」という女性を王宮に連れてきたことで、夫婦の関係は一変し始める。 ※改定、追加や修正を予告なくする場合がございます。ご了承ください。

あなたへの愛を捨てた日

柴田はつみ
恋愛
公爵夫人エステルは、冷徹な夫レオニスを心から愛していた。彼の好みを調べ、帰宅を待ちわび、献身的に尽くす毎日。 しかし、ある夜会の回廊で、エステルは残酷な真実を知る。 レオニスが、未亡人クラリスの手を取り囁いていたのだ。 「君のような(自立した)女性が、私の隣にいるべきだった」 エステルは悟る。自分の愛は彼にとって「重荷」であり、自分という人間は彼にとって「不足」だったのだと。その瞬間、彼女の中で何かが音を立てて砕け散る。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

処理中です...