アウローラの望まれた婚姻

桃井すもも

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【7】

先日、蹴り飛ばしてやりたいと思った相手を思い出した。
射抜く様な青い瞳には見覚えがあった。それも無理のない事だろう。彼らは従兄弟同士であるのだから。

「初めまして、フェイラー侯爵閣下。アウローラ・マセット・スタンリーと申します。」

カーテシーで礼を取れば、アストリウスはすぐに応えてくれた。

「楽にしてくれないか、私はかしずかれる様な男ではない。」

その言葉に顔を上げたアウローラを、青い瞳が真っ直ぐ見つめる。直近では王妃を輩出したフェイラー侯爵家であるが、遡れば過去にも王族が降嫁した歴史がある。王家の色であるロイヤル・ブルーの瞳がそれを端的に物語っていた。

クロノス殿下の不敵な笑みを思い出し、彼の濃いチョコレート色の髪が母の家系から引き継いだものだと思うのは、アストリウスが漆黒の髪であったからだ。

国王陛下は金髪で、王太子殿下も父譲りの艶やかな金の髪色である。クロノスは、漆黒と金色が混じり合ってチョコレートになったのだなと、婚姻を結ぶ相手を前に思考がクロノスへと飛躍した。
だが、アウローラの記憶にある王妃陛下も、これほど黒い髪ではない。むしろブルネットと言って良いだろう。

アストリウス・フィンチ・フェイラー。
フェイラー侯爵家の次男にして現当主である。年齢は二十六歳と、アウローラよりも八歳年上であるが、もっと若く見える。

アウローラは実年齢よりも落ち着いて見られるから、二人が並んだなら見ようによっては同年代と思われるかもしれない。
先日、クロノスに『義従姉上あねうえ』と呼ばれた事を悔しく思い出す。


応接室には両親とアウローラ、そしてアストリウスの四人がおり、儀礼的な挨拶を交わしてから婚約誓約書の文言の確認をした後に署名した。
前の晩から緊張していたのに、契約を結ぶ「作業」はものの数分で終わってしまった。それも、事前に母が細部まで確認をしていたからで、アウローラは言われるままに署名したに過ぎなかった。

数枚の書面にサインを記して、アウローラは生家の後継者から嫁ぐ身となった。人生は大きく道筋を変えたのに、その手続きは何とも呆気ないものであった。


「気負わずに嫁いでほしい。」

クロノスとよく似た目元であったが眼差しは穏やかに感じられた。あと数年すれば、クロノスもこんな大人の空気を纏うのだろう。

アストリウスとの婚約を前に、既にトーマスとの婚約は解かれて、同時にミネットとトーマスの婚約が改めて結ばれていた。
トーマスの生家であるハリントン伯爵家は、トーマスが当主へ婿入りするのに変わりはないから、相手がアウローラからミネットに入れ替わるのには異論を述べなかった。

どうやら、トーマスがミネットと相愛であるのは見て見ぬふりをしていたらしく、想い合う二人が添うのなら結果的に良かったのではと考えるようであった。

下手をすれば不貞と捉えられる危うい関係であったのに、何とも呑気なものだとアウローラはトーマスの両親に少しばかり呆れてしまった。
スタンリー伯爵家側が、引いてはアウローラが、妹とトーマスの有り様を咎めなかったからこそ大事にならなかったのを理解しているのだろうか。

それもこれも、今となっては終わった事である。アウローラは後継からも元の婚約からも生家からも離れる事が決まったのである。

第一印象でアストリウスに悪印象が湧かなかった事に、アウローラは心底安堵した。クロノスの事を考えなければ、好印象すら抱けたかもしれない。

襟足の短い漆黒の髪は、実直な印象を与えた。淡い金の髪と翠の瞳という優しげで華やかな風情のトーマスとは対極の、落ち着きのある容姿である。

帝国では、王家に連なる高位貴族の子息でありながら、大手商会に在籍して商会経営を学んでいたと聞く。
貴族学園を卒業すると同時に帝国へ渡っていたから、兄に代わって爵位を継ぐ為に帰国をしたのは数年ぶりの事であった。
侯爵家の事業は当然ながら、人脈作りも何もかも更地から家を建てる様に積み上げていかねばならない。

そこに次期当主として若年ながら執務と社交を学んで来たアウローラは、好むと好まざるとに関わらず、確かに「役に立つ」妻と見做されたのだろう。

初見で悪印象を抱かずに済んだのは、最初の大きなハードルを乗り越えたと言って良いのに、アウローラには一点気にかかる事があった。それは両親も承知している事だろう。

これだけ家柄も良く能力もあり端正な見目の青年貴族が、なぜに今まで伴侶を得なかったのか。そこには噂が一つあった。

帝国大学で学んでいた彼は、帝国第二皇女と親しくなり、どうやらそれは恋愛感情を伴った間柄であったのではと噂されていた。

結果的に、皇女が帝国の公爵家へ降嫁したことで、二人の恋は終わりを遂げたとされている。しかし、アストリウスが独身を通していたのは皇女を忘れられないからで、父と兄の病で帰国をしたのも、むしろ帝国での恋路を忘れるのに都合が良かっただろうと、社交界で密かに噂されていたのである。

成人しているのであれば、多少の恋愛経験があって然るべきで、その相手が大きすぎたことで噂も大袈裟になったのかもしれない。

アウローラは、そう理解しているつもりである。だから、男の過去の匂いを確かめたい気持ちには、そっと蓋をした。





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