アウローラの望まれた婚姻

桃井すもも

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ミネットがトーマスと婚約してから、週末の晩餐にはトーマスも同席する様になっていた。

アウローラとミネットとで、何故にこれほどまで明ら様に行動を変えるのかは、もう考えない事にした。もやもやする思いは十分経験したし、悩んでもトーマスの心を変える事はアウローラには出来なかった。
ミネットといてトーマスが幸せなら、そうしてミネットも幸せなら、もうそれで良いだろう。

多分それは、今日招かれた侯爵邸が、年若のアウローラをアストリウスの婚約者として心地良く饗してくれたこと、そうしてアストリウスが、思いのほか気さくにアウローラへ接してくれて、アウローラの緊張を自然体で受け止め解してくれたからだろう。

だから、トーマスへの初恋の思慕は、極自然な形で終わった事だと受け入れられた。
実りの無い恋とその先にある不毛な婚姻について考えあぐねて疲弊した心から解放されるのは、思った以上に心を軽くしてくれた。

来週は、あの青いリボンで髪を結って学園に行こう。青い瞳のアストリウスが身近にいるようで気恥ずかしい。大人の男性に婚約者として正しく扱われるのは、こんなに気持ちに余裕が出来て嬉しいものなのかと、晩餐の席で仲睦まじい姿を見せるミネットとトーマスには、思考が向かないのであった。


「お姉様。」

侯爵家での出来事を、玄関ホールで迎え入れるられるところから幾度も繰り返し思い出していたアウローラは、ミネットの声で我に返った。

「何?ミネット。」
「侯爵家とはどんな風だったの?」

「そうねえ、」

アウローラは、初めて訪った侯爵邸を思い出す。

「重厚な感じというのが最初の印象かしら。壁に掛けられた絵画も調度品も、年代を感じさせる気品と趣きがあったわ。」

目で見た印象をそのまま伝えれば、ミネットはそんな感想に些か失望した様であった。

「お部屋はどんな感じだったの?」
「お部屋とは?」
「ほら、夫人の部屋とか。」
「そんな所は案内してもらっていないわ。」
「ええ?何のために招待されたの?お姉様ったら、邸宅の中を見せてもらえなかったの?」
「ええ。ティールームに通して頂いて、それで身近な間柄の人間として扱って頂けたのだと、アストリウス様のご配慮に感謝したわ。」
「アストリウス様?」
「あ、ええ、お名前で呼ぶ様にと仰られて。」
「本当に?」

何故ミネットが、そんな事を疑問に思うのだろう。アウローラが訝しく思っていると、

「ミネット。それくらいになさい。アウローラだって今日初めて侯爵家へご招待頂いたのよ。閣下からは気安いお声掛けもあったそうだし、アウローラにはアウローラのお付き合いの仕方があるでしょう。貴女がそれを急かしてはいけないわ。」

「まあ、気安いお声掛け?」

ミネットは、母の制止も気にならない様で、尚もアウローラに問い掛ける。

「ええ、そうね。」
「例えば?」
「え?」
「例えば、どんなお言葉を?」
「それはここでは控えさせてもらうわね。思った以上にアストリウス様は気さくな方でいらしたと言うことかしら。」
「勿体ぶらないで、お姉様。」

ミネットは本来、朗らかな気質である。
見目も柔らかな雰囲気があり、空気を読むのが上手いから人付き合いにも長けている。
そんなミネットが、母の制止を他所に姉の婚約者との会合についてあれこれ知りたがるのには、アウローラも違和感を感じた。

「ミネット、それくらいにしないか。リズの言葉が聞こえなかったか?」

珍しく父が厳しい事を言うのは、多分ミネットが母の言葉を聞き入れなかったからだろう。父は、母に関わる事で我が儘を言うのにはとても厳しい。

「折角トーマス殿をお招きしているんだ。退屈な思いをさせたいのかい?」

父がやんわりミネットを抑える。

「いいえ、お父様。トーマス様を退屈にさせたのなら謝るわ。でも、トーマス様はこれくらいで退屈だなんて思わないわ。ねえ?トーマス様。」

「私なら大丈夫です。ミネットの話しは楽しいから退屈なんてしませんよ。」

反射的にアウローラは、「それって、私が退屈だったと言っているの?」と思う。そこで、アストリウスならこんな場面でなんと言うだろう、と考えた。
少なくとも、彼なら周りを不快にさせない言葉を選ぶのだろうなと思いながら、今日初めて会話らしい会話をしただけで、あまり自分の都合の良いように過信してはならないと、先走る気持ちにブレーキを掛けた。

そんな事をアウローラが考えている姿を、ミネットが見つめる。その視線が強くて、アウローラは思わず顔を上げた。

真っ直ぐミネットに見つめられて、どうしたのだろうと考える。

「どうしたの?ミネット。」

そう尋ねてみれば、ミネットは、

「次はいつお会いになるの?」

と質問に質問で返してきた。

「解らないわ。」
「まあ、婚約者なのに?」
「ええ、アストリウス様は多忙なお方ですもの。」
「それでも、普通は定期的に会うものよ。」

普通という言葉に、カトラリーを持つ手が止まる。これまで、その「普通」を壊していたのはミネットとトーマスである。

「ミネット。アストリウス様のお忙しさは私などでは想像も出来ないわ。私はあのお方の時間を奪って負担を掛けたい訳では無いの。それに、アストリウス様は大人だわ。貴女が心配する事は、彼なら初めから考えておられる。だからこそ、今日私を招いて下さったのよ。」

「そんなにムキにならないで。お姉様ったら、大丈夫なの?そんな堅くては、アストリウス様も息が詰まってしまうのではないかしら。」

好き勝手な持論を展開するミネットに、アウローラは呆れてしまった。


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