クーパー伯爵夫人の離縁

桃井すもも

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【4】

夜会や茶会を好まないコレットであるが、散策は好きであった。

クーパー伯爵家の庭園は実のところ、その界隈では有名であった。エドガーの母が生前の趣味で、多様な植物を集めて庭園を整えていた。

国内の至る所から収集された植物には、希少植物や繁殖が難しい野草等も多く含まれ、山野草から鑑賞用の改良種まで種類も豊富に様々で、一年を通して季節の花を愛でる事が出来た。

これは思いも掛けない楽しみであった。
もし、自分の家を得たならば、こんな風に植物を植えて楽しみたいものだ。
株を分けてもらって育てる事は出来るだろうか。土壌や風土が異なる場合は、難しい品種もあるだろうか。

そんな事を考え出すと、散策の度に気になってしまい、とうとう作業中の庭師に声を掛けてしまった。

侍女も一緒なので、使用人とは云え男性と二人きりではない。

海辺の土地に植え替えられる、種か株を分けてもらえる可能性のありそうなものを、それとなく聞いてみた。

庭師は最初訝しんでいたが、別邸にも植えてみたいと話すと、容易く信じてくれた。
真逆、離縁後の邸にとは流石に言えない。

庭師は、夫よりも幾分年嵩に見えた。
日に焼けた頑丈そうな体躯に端正な顔立ちが整っており、庭師でなくとも使用人として御婦人方に重宝されそうな風貌であった。
コレットは離縁後の事で頭の中の大半が締められていたので、そこには思い至らなかった。


「庭師と頻繁に話しているようだな。」

晩餐の場で夫にそう言われて、暫し言葉が出なかった。
旦那様、真逆、不貞を疑っているの?

「お義母様の収集された花はどれも素晴らしいのですもの。いつか別邸の庭にも分けられないかと相談していたのです。」

自分の事は棚に上げて何を言い出すのだ。些か腹立たしく思ったが、家長と石女の妻とでは立場が違う。

穏便に済ませたいところであったし、使用人の誰かが夫に告げたと言う事実が心を沈ませた。

夫との会話は結婚した当初からそれ程多くはなかった。
無口なのだろうと思っていたが、商談には会話が必須であるし愛人とはお盛んなようなので、妻限定で寡黙であるのだろう。

その少ない会話も、最近はこんな詰問紛いのものが多く辟易とさせられた。


ピアノの事もそうである。

執事が手配をしてくれて、思いの外早く調律されたピアノであったから、気持ちが昂って早速弾いてみた。

少女の頃には盛んに練習していたが、数年ぶりに弾くので手元が怪しいものであったのは認める。

「ピアノを弾いてるそうだな。何故いきなり。」

そう夫に言われた時は、下手なものを聴かせるなと言うお叱りなのかと一瞬迷った。
単純に、嫁いで以来見向きもしていなかったのを、なぜ今頃ピアノに興味を持ったのかを疑問に思っただけのようであったが。

ああ、今日はそんな事があったのだなそんな事をしていたのだな、と軽い会話にも出来るものを、いちいち否定されているようなニュアンスが感じられて、好物であった梨のソルベが味気なく感じた。

このところ、離縁後の生活に備えての行動が増えて、どうやらそれが不審に映るらしく、そこを突かれる度に夫との会話が億劫になるのであった。

もう独り寝で良いし、寧ろその方が気楽だし、食事も部屋で一人でゆっくり味わいたい。そんな感情まで起きるのだった。








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