クーパー伯爵夫人の離縁

桃井すもも

文字の大きさ
19 / 32

【19】

しおりを挟む
「奥様、こちらは如何致しましょう。」

クローゼットの奥から侍女が取り出した箱を見て、コレットは「ああ、」と小さな声を漏らした。

その宝石箱を知らない訳では無い。
けれども、クローゼットの奥に、心の奥深くに仕舞い込んでもう思い出すまいと決めたものだ。

中身なら開けずとも全て知っている。

濃い藍色のラピスラズリに金の縁取りがされた耳飾りは、エドガーから初めて贈られた耳飾りだ。
エドガーの蒼い瞳に金の髪。これを着けて一緒に観劇を観に行った。演目まで憶えている。けれども中身はよく憶えていない。婚姻が決まったばかりで隣に座るエドガーに緊張していて、中身が頭に入って来なかった。少しだけ胸が苦しかった。でもそれは嫌な苦しさではなかった。

エナメルガラスのヘアクリップも憶えている。
ロイヤルブルーのフラワーモチーフがコレットのくすんだ金の髪にも良く映えて、侍女が美しいと褒めてくれた。
エドガーの経営する百貨店の新商品で、表通りのショーケースにも同じものが飾られていた。

大粒の3連真珠を繋いだネックレスは、中央に乳白色の螺鈿細工のカメリアが飾られている。コレットの20歳の誕生日にエドガーから贈られた。
贅を尽くした贈り物に、エドガーの妻であることを誇らしく思った。
嬉しかった。この日の事を生涯忘れないと思った。

珍しい碧色の琥珀の髪飾りも、大粒のサファイアが嵌められたブローチも、全部全部憶えている。
贈られた喜びを憶えている。

だから、心の中から、記憶の中から消した日のことも憶えているのだ。
お茶会でエドガーと未亡人の噂を聞かされた日であったから。

邸に戻って宝石箱ごとクローゼットの奥深く仕舞い込んで、そうして忘れた。
嫌な噂も不実の怒りも、何も聞けない臆病な自分も。

『何故宝石を着けない』
『髪飾りがあるだろう』
あの夜会の夜、エドガーは何を思っていたのだろう。

あの問いかけに、コレットは花が好きだと答えた。
言葉には出さない言葉で、貴方が贈った宝石よりも、庭師が切り出した名前も知らない庭の花が好きだと、そう言ったのだ。

侍女の問い掛けに
「それは置いて行って良いわ。」
そう答えた。

素直にエドガーの目の前で身に着けていたら、エドガーは喜んでくれたのだろうか。
未亡人の腰に手を添えて微笑んだように、コレットにあの柔らかな笑みを向けてくれていたのだろうか。


コレットはエドガーに別居を願い出た。

エドガーは約束通りコレットの希望を受け入れた。

結局、再度の話し合いに於いても、エドガーはコレットとの離縁に首を縦に振らなかった。 

あの夜会の夜から、コレットはエドガーを今迄と同じ様に見ることが出来なくなっていた。
噂で聞いたエドガーではなく、目の前で妻ではない女性に寄り添うエドガーは、もうコレットの知る夫ではなかった。
誰かと夫を奪い合う事も共有する事も、コレットには到底無理な話しであった。

エドガーからも伯爵家からも離れなければ、コレットは前に進めない。


この一年、コレットはエドガーから贈り物は受け取っていない。
同じくこの一年、コレットがエドガーに伴われて夜会に出た回数は片手で余る。

コレットが宝石箱を忘れたように、エドガーもまた、コレットの預かり知らぬ何事かを忘れてしまったのかもしれない。    








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

ローザリンデの第二の人生

梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。 彼には今はもういない想い人がいた。 私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。 けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。 あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。 吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。 ※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。) 1/10 HOTランキング1位、小説、恋愛3位ありがとうございます。

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

王子様への置き手紙

あおた卵
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯

侯爵令嬢ソフィアの結婚

今野綾
恋愛
ソフィアは希少なグリーンアイを持つヴィンセントと結婚したが、これは金が欲しいソフィアの父の思惑と高い爵位が欲しいヴィンセントの思惑が一致したからに過ぎない そもそもヴィンセントには美しい恋人がいる 美男美女と名高いヴィンセントとその恋人は身分に大きな差があるために結婚することは叶わないのだ その事をソフィアも耳にしており、この結婚が形ばかりのものであることを知っていた 結婚して早々、ソフィアは実家から連れてきた侍女夫婦とあばら家に住むように言われて… 表紙はかなさんです✨ ありがとうございます😊 2024.07.05

誓いを忘れた騎士へ ―私は誰かの花嫁になる

吉乃
恋愛
「帰ってきたら、結婚してくれる?」 ――あの日の誓いを胸に、私は待ち続けた。 最初の三年間は幸せだった。 けれど、騎士の務めに赴いた彼は、やがて音信不通となり―― 気づけば七年の歳月が流れていた。 二十七歳になった私は、もう結婚をしなければならない。 未来を選ぶ年齢。 だから、別の男性との婚姻を受け入れると決めたのに……。 結婚式を目前にした夜。 失われたはずの声が、突然私の心を打ち砕く。 「……リリアナ。迎えに来た」 七年の沈黙を破って現れた騎士。 赦せるのか、それとも拒むのか。 揺れる心が最後に選ぶのは―― かつての誓いか、それとも新しい愛か。 お知らせ ※すみません、PCの不調で更新が出来なくなってしまいました。 直り次第すぐに更新を再開しますので、少しだけお待ちいただければ幸いです。

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

処理中です...