クーパー伯爵夫人の離縁

桃井すもも

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【30】

戸惑う二人の空気が部屋を満たして、漸く言葉を発したのはエドガーが先だった。

「一体、何を言っているんだ。
私の妻は君だけだ。この子は私の子だ。」
先程の言葉を繰り返す。

コレットは、これはどういう意味なのだろうかと考えた。

あくまでもコレットと夫婦であると云う体(てい)で、未亡人を愛人のまま手元に置くと言うのだろうか。
何と云う不誠実。

「旦那様、私の知る旦那様はその様な方ではありません。」
しっかりなさってと、叱責したい気持ちを抑える為に、思わず握った拳に力が入る。

「何もかもを正しすのがよろしいのです。私を離縁してあの方を妻に「待ってくれ、以前から可怪しいと思っていたが、君は私が愛人を囲っていると言っているのか」

エドガーに言葉を被せられて、
いけない、いつかの二の舞になってしまうと、コレットは息を整える。

「アネット様をどうなさるのです?」
未亡人の名を告げた。

固く拳を握りしめるコレットの手を大きな手のひらで包んだまま、エドガーは眉間を顰めた。

けれども、流石に妊婦を前に声を荒げる事はしない。

「何度も言わせるな。妻は君一人だ。君も子も私のものだ。」
「アネットさ「何故その名が出て来る。彼女は関係無い。」

また被された。本当に失礼な方だわ。
頑なな夫の無礼に、コレットは苛ついた。
腹の子にこの興奮が障らなければよい。

冷静にならねばと口を噤んだコレットに
「いや、確かに彼女とは関わりはある。」
ですから、と言い掛けたコレットを更に制する。

「ビジネスでだ。彼女はモデルだ。」
続くエドガーの言葉は、コレットの想像を軽やかに超えて海の向こうへ渡ってしまった。



二人の遣り取りを側に控えて見守っていたキャサリンが、熱いお茶を淹れ替えてくれる。

さあどうぞと第二ラウンドの始まりを告げる様に、其々の前にソーサーを置いた。

先制はエドガーであった。
「彼女は、我が社の、モデルだ。」
噛み砕いて幼子に言い含めるという風に、エドガーは繰り返す。

「夜会は披露目であるから彼女の出番だ。夫のいない彼女のパートナーを私が務めていた。」
君は夜会が嫌いだろう?と云うようなエドガーの目線に若干苛つく。

「あれは紳士向けの広告塔だ」
婦人向けは別にいる、と優美な装いで茶会の席でも話題に上る貴族夫人の名を告げた。

「アネットが着るのは我が社の新作だ。紳士の前にあれが立てば、」
「男の視線を集める。説明などしなくとも、奴らはあらゆる箇所を勝手に確認してくれる。黙っていても自慢の婦人(恋人)の為に購入する。」
こんな手の省ける事はないと言わんばかりのエドガーに、

「新作?」
コレットはそこに囚われた。
新作のドレスなど、コレットは贈られていない。
嫌でも解ってしまう嫉妬心に、胸を締め付ける痛みを覚えて、思わず腹を撫でて興奮を治める。
途端に慌てたエドガーまでが手を添えて来た。

「妻の身体を男の眼に晒すような真似が出来るか。」

そう云えば、アネットが身に着けていたドレスは、どれも身体の線が露わになる煽情的なものばかりであった。
幼さが残る面立ちでそんなドレスを纏うアネットは蠱惑的で、清楚なのか妖艶なのか分からない不思議な魅力を感じさせた。

「もし、君が着てくれるなら、君の為にドレスを造ることも吝(やぶさ)かでない。」

え、あのドレスを?あの欲を唆るドレスを?

先程まで抱いていた嫉妬心が、途端に羞恥心に変わって、へなへなと萎んで行った。




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