今日も空は青い空

桃井すもも

文字の大きさ
47 / 55

【1】番外編 Side R&G

しおりを挟む
 窓から空が見えている。
見えてはいるが、残念ながらあの青い空を窓際から見上げることは叶わない。


 グレースはやむを得ない理由から、予てより商会の共同経営者であったロバートと婚姻したばかりである。

 四つ年上の夫ロバートは、グレースの前夫と同い年、彼等は学園では同窓であった。

 グレースは今年二十四歳を迎えるのだが、既に二度の婚姻歴がある。そうしてその二度目の婚姻によって夫となったのがロバートである。


 最近、貴族の間で自由恋愛が持て囃されているのは、市井で人気の平民作家が書いた恋愛小説の影響だろう。

 愛し合う恋人を唯一に、親の取り決めた婚姻は「真実の愛」の前では枷でしか無いと思われるらしい。

 そう云う貴族達が増えているのは事実であって、現にグレースの最初の婚姻もそんな二人の邪魔者的な立場にあった。最初の夫には、グレースとの婚姻前からの恋人がいたからである。

 その婚姻も幾度かの騒動の末に結局は離縁となって、その際にロバートと再婚することとなった。


「ロバート、もう朝よ。お日様がすっかり高くなってしまったわ。」

 寝台からは窓が見える。その向こうに青い空が覗いている。侍女は朝の仕度をしようと何度か様子を窺いに来た筈である。

「新妻を迎えた男の邪魔をするほど、我が家の使用人は野暮じゃあないよ。」

 グレースを見下ろすビリジアンの瞳が細められる。

 グレースが使用人を気に掛けて、それに気が付くほど目が効く筈なのに手加減はしてくれないらしい。

「もう、「まだだよ。」

 もうこれ以上はどうにかなりそう。眉を下げる垂れ目の瞳が潤んで見える。

「どれだけ待ったと思っている?待たされた男を甘く見てはいけないよ。」

 ロバートはやむを得ない状況から再婚に至った夫であるが、最近彼はそんな事を忘れた様で、まるで長く恋人であったのを漸く結ばれた風な言い振りをする。


 漆黒の髪にビリジアンの瞳。
夜の海を思わせる美丈夫は、アーバンノット伯爵家の嫡男である。
 グレースとの婚姻を機に、父伯爵は彼にそろそろ爵位を譲ることを考えている。

 どちらかと云えば寡黙な部類に入るだろう彼は、グレースに対しては多弁であった。

 ウイットに飛んだ会話はいつだってグレースを楽しませてくれたし、他に愛を持つ夫との不毛な婚姻時代にも、彼はその口撃で無作法な夫とその恋人から度々グレースを擁護してくれた。

 そうして今は、その不埒な甘い唇でグレースを蕩かし惑わす。


「考え事か?私が見つめているというのに?酷いひとだな、君は。」

 唇にロバートの吐息が掛かる。それほど間近にいて、余りに近すぎるからグレースは既に寄り目がちになっている。垂れた寄り目が加虐心を擽って、更なる夫の欲を誘っているのにも気が付かない。

 ロバートの大きな手の平が、まだ汗の乾かぬ肌をなぞる。
 グレースの唇を、まるで指にも目がある様に、ゆっくり確かめるようになぞってから、それは顎を通って首筋を降りて行く。
 鎖骨の辺りでデコルテラインを描く様に指先でなぞり、それは柔らかな乳房の間を通って、それから大きな手の平がグレースの小振りな胸をやわやわと持ち上げる。

 その間、ロバートは瞬きすら忘れた様にグレースの瞳に見入っている。
 刺激を与えられて潤む瞳を、ふるふると揺れる睫毛を、一つ残らず堪能しようと小さな刺激を与えながら彼女の変化を愉しんでいる。

 執拗に仕掛けられる悪戯に、グレースは叱ることが出来ない。
 愛した夫を切り捨てた事実は彼女にも傷を負わせたが、それが悲嘆に暮れる結果とならなかったのは、今目の前で乱れるグレースを見下ろす男のお陰である。

 人はグレースを非情だと言うだろうか。
グレース自身は自分をそう思っている。愛を得ていた夫を失ったそばから新たな愛を抱いたのだから。

 経営上のパートナーなのだと気付かぬ振りをしていたのに、共に歩む内に心の奥底に灯ってしまった感情を見て見ぬ振りは出来なかった。

 アレックス王太子殿下から二人の婚姻を逃げ道として指し示された瞬間に、心に浮かんだのは歓びだった。

 そうして、不実な夫に振り回されて少なからず傷付いたグレースは、誠実に向き合ってくれる男を前にして自分こそ誠実であるべきだと悟った。

 以来グレースは、心も身体も全身全霊でロバートに愛を傾けている。泉に清水が湧くように、尽きることの無い愛情が後から後から溢れるのを、惜しむことなく夫に注いでいるつもりなのだが、恋愛に不器用な新妻は上手く夫にそれを示せずにいる。

 大人の男はそんなグレースの心が開かれるのをじっと待っていてくれたのである。


「グレース、楽にして、」

 耳元で囁かれるも、彼も息が荒いが為にうなじまで熱い吐息が掛かって、思わずふるりと身を震わせた。その瞬間を見落とさなかった夫が更なる圧を齎して、グレースは身の内いっぱいに夫を受け入れた。

「はっ、」

 肺に残った息を吐き出す。新たな息を吸い込む前に唇が塞がれて、受け入れられる場所は全て男のもので埋め尽くされる。

 何度目か分からぬ涙が滲んで息苦しさに目眩がするのに、揺らされる動きを止めてほしくは無かった。

 青い空の元、新たに契ったばかりの二人は、互いの心と身体を幾度も確かめ合わねば気が済まなかった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

【完結】捨てたものに用なんかないでしょう?

風見ゆうみ
恋愛
血の繋がらない姉の代わりに嫁がされたリミアリアは、伯爵の爵位を持つ夫とは一度しか顔を合わせたことがない。 戦地に赴いている彼に代わって仕事をし、使用人や領民から信頼を得た頃、夫のエマオが愛人を連れて帰ってきた。 愛人はリミアリアの姉のフラワ。 フラワは昔から妹のリミアリアに嫌がらせをして楽しんでいた。 「俺にはフラワがいる。お前などいらん」 フラワに騙されたエマオは、リミアリアの話など一切聞かず、彼女を捨てフラワとの生活を始める。 捨てられる形となったリミアリアだが、こうなることは予想しており――。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません~死に戻った嫌われ令嬢は幸せになりたい~

桜百合
恋愛
旧題:もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません〜死に戻りの人生は別の誰かと〜 ★第18回恋愛小説大賞で大賞を受賞しました。応援・投票してくださり、本当にありがとうございました! 10/24にレジーナブックス様より書籍が発売されました。 現在コミカライズも進行中です。 「もしも人生をやり直せるのなら……もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません」 コルドー公爵夫妻であるフローラとエドガーは、大恋愛の末に結ばれた相思相愛の二人であった。 しかしナターシャという子爵令嬢が現れた途端にエドガーは彼女を愛人として迎え、フローラの方には見向きもしなくなってしまう。 愛を失った人生を悲観したフローラは、ナターシャに毒を飲ませようとするが、逆に自分が毒を盛られて命を落とすことに。 だが死んだはずのフローラが目を覚ますとそこは実家の侯爵家。 どうやらエドガーと知り合う前に死に戻ったらしい。 もう二度とあのような辛い思いはしたくないフローラは、一度目の人生の失敗を生かしてエドガーとの結婚を避けようとする。 ※完結したので感想欄を開けてます(お返事はゆっくりになるかもです…!) 独自の世界観ですので、設定など大目に見ていただけると助かります。 ※誤字脱字報告もありがとうございます! こちらでまとめてのお礼とさせていただきます。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

あの子を好きな旦那様

はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」  目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。 ※小説家になろうサイト様に掲載してあります。

【完結】お世話になりました

⚪︎
恋愛
わたしがいなくなっても、きっとあなたは気付きもしないでしょう。 ✴︎書き上げ済み。 お話が合わない場合は静かに閉じてください。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

処理中です...