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【1】番外編 Side R&G
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窓から空が見えている。
見えてはいるが、残念ながらあの青い空を窓際から見上げることは叶わない。
グレースはやむを得ない理由から、予てより商会の共同経営者であったロバートと婚姻したばかりである。
四つ年上の夫ロバートは、グレースの前夫と同い年、彼等は学園では同窓であった。
グレースは今年二十四歳を迎えるのだが、既に二度の婚姻歴がある。そうしてその二度目の婚姻によって夫となったのがロバートである。
最近、貴族の間で自由恋愛が持て囃されているのは、市井で人気の平民作家が書いた恋愛小説の影響だろう。
愛し合う恋人を唯一に、親の取り決めた婚姻は「真実の愛」の前では枷でしか無いと思われるらしい。
そう云う貴族達が増えているのは事実であって、現にグレースの最初の婚姻もそんな二人の邪魔者的な立場にあった。最初の夫には、グレースとの婚姻前からの恋人がいたからである。
その婚姻も幾度かの騒動の末に結局は離縁となって、その際にロバートと再婚することとなった。
「ロバート、もう朝よ。お日様がすっかり高くなってしまったわ。」
寝台からは窓が見える。その向こうに青い空が覗いている。侍女は朝の仕度をしようと何度か様子を窺いに来た筈である。
「新妻を迎えた男の邪魔をするほど、我が家の使用人は野暮じゃあないよ。」
グレースを見下ろすビリジアンの瞳が細められる。
グレースが使用人を気に掛けて、それに気が付くほど目が効く筈なのに手加減はしてくれないらしい。
「もう、「まだだよ。」
もうこれ以上はどうにかなりそう。眉を下げる垂れ目の瞳が潤んで見える。
「どれだけ待ったと思っている?待たされた男を甘く見てはいけないよ。」
ロバートはやむを得ない状況から再婚に至った夫であるが、最近彼はそんな事を忘れた様で、まるで長く恋人であったのを漸く結ばれた風な言い振りをする。
漆黒の髪にビリジアンの瞳。
夜の海を思わせる美丈夫は、アーバンノット伯爵家の嫡男である。
グレースとの婚姻を機に、父伯爵は彼にそろそろ爵位を譲ることを考えている。
どちらかと云えば寡黙な部類に入るだろう彼は、グレースに対しては多弁であった。
ウイットに飛んだ会話はいつだってグレースを楽しませてくれたし、他に愛を持つ夫との不毛な婚姻時代にも、彼はその口撃で無作法な夫とその恋人から度々グレースを擁護してくれた。
そうして今は、その不埒な甘い唇でグレースを蕩かし惑わす。
「考え事か?私が見つめているというのに?酷い妻だな、君は。」
唇にロバートの吐息が掛かる。それほど間近にいて、余りに近すぎるからグレースは既に寄り目がちになっている。垂れた寄り目が加虐心を擽って、更なる夫の欲を誘っているのにも気が付かない。
ロバートの大きな手の平が、まだ汗の乾かぬ肌をなぞる。
グレースの唇を、まるで指にも目がある様に、ゆっくり確かめるようになぞってから、それは顎を通って首筋を降りて行く。
鎖骨の辺りでデコルテラインを描く様に指先でなぞり、それは柔らかな乳房の間を通って、それから大きな手の平がグレースの小振りな胸をやわやわと持ち上げる。
その間、ロバートは瞬きすら忘れた様にグレースの瞳に見入っている。
刺激を与えられて潤む瞳を、ふるふると揺れる睫毛を、一つ残らず堪能しようと小さな刺激を与えながら彼女の変化を愉しんでいる。
執拗に仕掛けられる悪戯に、グレースは叱ることが出来ない。
愛した夫を切り捨てた事実は彼女にも傷を負わせたが、それが悲嘆に暮れる結果とならなかったのは、今目の前で乱れるグレースを見下ろす男のお陰である。
人はグレースを非情だと言うだろうか。
グレース自身は自分をそう思っている。愛を得ていた夫を失った側から新たな愛を抱いたのだから。
経営上のパートナーなのだと気付かぬ振りをしていたのに、共に歩む内に心の奥底に灯ってしまった感情を見て見ぬ振りは出来なかった。
アレックス王太子殿下から二人の婚姻を逃げ道として指し示された瞬間に、心に浮かんだのは歓びだった。
そうして、不実な夫に振り回されて少なからず傷付いたグレースは、誠実に向き合ってくれる男を前にして自分こそ誠実であるべきだと悟った。
以来グレースは、心も身体も全身全霊でロバートに愛を傾けている。泉に清水が湧くように、尽きることの無い愛情が後から後から溢れるのを、惜しむことなく夫に注いでいるつもりなのだが、恋愛に不器用な新妻は上手く夫にそれを示せずにいる。
大人の男はそんなグレースの心が開かれるのをじっと待っていてくれたのである。
「グレース、楽にして、」
耳元で囁かれるも、彼も息が荒いが為に項まで熱い吐息が掛かって、思わずふるりと身を震わせた。その瞬間を見落とさなかった夫が更なる圧を齎して、グレースは身の内いっぱいに夫を受け入れた。
「はっ、」
肺に残った息を吐き出す。新たな息を吸い込む前に唇が塞がれて、受け入れられる場所は全て男のもので埋め尽くされる。
何度目か分からぬ涙が滲んで息苦しさに目眩がするのに、揺らされる動きを止めてほしくは無かった。
青い空の元、新たに契ったばかりの二人は、互いの心と身体を幾度も確かめ合わねば気が済まなかった。
見えてはいるが、残念ながらあの青い空を窓際から見上げることは叶わない。
グレースはやむを得ない理由から、予てより商会の共同経営者であったロバートと婚姻したばかりである。
四つ年上の夫ロバートは、グレースの前夫と同い年、彼等は学園では同窓であった。
グレースは今年二十四歳を迎えるのだが、既に二度の婚姻歴がある。そうしてその二度目の婚姻によって夫となったのがロバートである。
最近、貴族の間で自由恋愛が持て囃されているのは、市井で人気の平民作家が書いた恋愛小説の影響だろう。
愛し合う恋人を唯一に、親の取り決めた婚姻は「真実の愛」の前では枷でしか無いと思われるらしい。
そう云う貴族達が増えているのは事実であって、現にグレースの最初の婚姻もそんな二人の邪魔者的な立場にあった。最初の夫には、グレースとの婚姻前からの恋人がいたからである。
その婚姻も幾度かの騒動の末に結局は離縁となって、その際にロバートと再婚することとなった。
「ロバート、もう朝よ。お日様がすっかり高くなってしまったわ。」
寝台からは窓が見える。その向こうに青い空が覗いている。侍女は朝の仕度をしようと何度か様子を窺いに来た筈である。
「新妻を迎えた男の邪魔をするほど、我が家の使用人は野暮じゃあないよ。」
グレースを見下ろすビリジアンの瞳が細められる。
グレースが使用人を気に掛けて、それに気が付くほど目が効く筈なのに手加減はしてくれないらしい。
「もう、「まだだよ。」
もうこれ以上はどうにかなりそう。眉を下げる垂れ目の瞳が潤んで見える。
「どれだけ待ったと思っている?待たされた男を甘く見てはいけないよ。」
ロバートはやむを得ない状況から再婚に至った夫であるが、最近彼はそんな事を忘れた様で、まるで長く恋人であったのを漸く結ばれた風な言い振りをする。
漆黒の髪にビリジアンの瞳。
夜の海を思わせる美丈夫は、アーバンノット伯爵家の嫡男である。
グレースとの婚姻を機に、父伯爵は彼にそろそろ爵位を譲ることを考えている。
どちらかと云えば寡黙な部類に入るだろう彼は、グレースに対しては多弁であった。
ウイットに飛んだ会話はいつだってグレースを楽しませてくれたし、他に愛を持つ夫との不毛な婚姻時代にも、彼はその口撃で無作法な夫とその恋人から度々グレースを擁護してくれた。
そうして今は、その不埒な甘い唇でグレースを蕩かし惑わす。
「考え事か?私が見つめているというのに?酷い妻だな、君は。」
唇にロバートの吐息が掛かる。それほど間近にいて、余りに近すぎるからグレースは既に寄り目がちになっている。垂れた寄り目が加虐心を擽って、更なる夫の欲を誘っているのにも気が付かない。
ロバートの大きな手の平が、まだ汗の乾かぬ肌をなぞる。
グレースの唇を、まるで指にも目がある様に、ゆっくり確かめるようになぞってから、それは顎を通って首筋を降りて行く。
鎖骨の辺りでデコルテラインを描く様に指先でなぞり、それは柔らかな乳房の間を通って、それから大きな手の平がグレースの小振りな胸をやわやわと持ち上げる。
その間、ロバートは瞬きすら忘れた様にグレースの瞳に見入っている。
刺激を与えられて潤む瞳を、ふるふると揺れる睫毛を、一つ残らず堪能しようと小さな刺激を与えながら彼女の変化を愉しんでいる。
執拗に仕掛けられる悪戯に、グレースは叱ることが出来ない。
愛した夫を切り捨てた事実は彼女にも傷を負わせたが、それが悲嘆に暮れる結果とならなかったのは、今目の前で乱れるグレースを見下ろす男のお陰である。
人はグレースを非情だと言うだろうか。
グレース自身は自分をそう思っている。愛を得ていた夫を失った側から新たな愛を抱いたのだから。
経営上のパートナーなのだと気付かぬ振りをしていたのに、共に歩む内に心の奥底に灯ってしまった感情を見て見ぬ振りは出来なかった。
アレックス王太子殿下から二人の婚姻を逃げ道として指し示された瞬間に、心に浮かんだのは歓びだった。
そうして、不実な夫に振り回されて少なからず傷付いたグレースは、誠実に向き合ってくれる男を前にして自分こそ誠実であるべきだと悟った。
以来グレースは、心も身体も全身全霊でロバートに愛を傾けている。泉に清水が湧くように、尽きることの無い愛情が後から後から溢れるのを、惜しむことなく夫に注いでいるつもりなのだが、恋愛に不器用な新妻は上手く夫にそれを示せずにいる。
大人の男はそんなグレースの心が開かれるのをじっと待っていてくれたのである。
「グレース、楽にして、」
耳元で囁かれるも、彼も息が荒いが為に項まで熱い吐息が掛かって、思わずふるりと身を震わせた。その瞬間を見落とさなかった夫が更なる圧を齎して、グレースは身の内いっぱいに夫を受け入れた。
「はっ、」
肺に残った息を吐き出す。新たな息を吸い込む前に唇が塞がれて、受け入れられる場所は全て男のもので埋め尽くされる。
何度目か分からぬ涙が滲んで息苦しさに目眩がするのに、揺らされる動きを止めてほしくは無かった。
青い空の元、新たに契ったばかりの二人は、互いの心と身体を幾度も確かめ合わねば気が済まなかった。
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