今日も空は青い空

桃井すもも

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【3】番外編 Side R&G

「へえ、そんな事が。」

 邸に戻ってグレースは、今日のお茶会での出来事をロバートに話して聞かせた。

 ロバートは、ふうんと言ってから「漸く諦めたか。法改正などと今更無駄なことを」と呟いたのだが、グレースにはよく聞こえなかった。


「そんな事より、グレース。」

 ロバートは、アレックス殿下の一件をそんな事と片付けた。

「夜会の衣装なんだが。」

 直にアレックス殿下と大公女の婚約披露の夜会が催されるだろう。アレックスの表情には、テレシアとの未来を見据える覚悟が伺われた。

「そうですね。明日にでも生地を選びましょう。」

「その必要は無いよ。隣国から生地見本を取り寄せたのだが、それが素晴らしかった。」

「まあ。それ程?」
「君の肌に似合うと思うよ。」
「何色の?」
「アイボリーホワイト、若しくはエクリュ。」
「まあ、それではまるで花嫁ではありませんか。婚約祝賀の席にふさわしいとは、」
「そんな事は無いよ。生地の見せ方を変えるから。」
「どの様に?」
「総レース仕上げにする。」
「それは。」
「令嬢には無理だろう。若妻の君でなければ着こなせない。」

 ロバートは、エクリュカラーの生地にレースを多用するつもりらしい。レースが何れ程を占めるのか、場合によっては肌が透けて見えるだろうから、未婚の令嬢には無理だろう。

「君の美しさを隠しきれない夫を許してくれるか。」
「もしや既に仕上がっているのではなくて?」
「君を驚かせたかった。美しく君を飾るのに、君にバレずに事を進めるのは骨が折れたよ。」

 最近フランシスが妙な場面で側を離れたりしていたのは、ドレスの製作をグレースに知られぬ様に進捗を確かめていたからなのかも知れない。

「本当は誰にも見せたくは無いさ。散々今まで君を衆目の前に晒しておいて何を言うと思うだろう。けれどもこんな商売でなければ君を表に出したりしない。本音を言えばここに閉じ込めておきたい。私は自分が思っていた以上に心が狭い男らしい。」

 思いも掛けずロバートが真剣な眼差しを向けるのを、グレースは息を飲んで見つめた。

「グレース。君に後悔させたくない。白状すれば、互いを守るための婚姻に、君がいつか後悔するのではないかと私はどこかで怯えている。」

 ロバートは確かめる様に指先でグレースの唇に触れた。それから親指の腹でそっとなぞる。

「愛してるんだ。」

 ビリジアンの瞳が揺らいで見えて、グレースの心もまた揺さぶられる。置いてけぼりにされた幼子の様に、ロバートの顔は寂しげに見えた。

「それではロバート、私も白状するわ。貴方が私に婚姻を申し込んで下さる前から、私は貴方に惹かれていたの。それを胸の奥底に仕舞い込まねば、私は自分が前の夫と同じ事をしている様に思えて認められなかった。アレックス殿下に貴方との婚姻を示唆されて、漸く気が付いたの。心が歓んでいると。貴方との婚姻を望んでいるのだと。ここまで言ってもまだ信じては下さらない?この胸を開いて見せて差し上げたい程なのに。」

 ロバートはグレースを見つめて、それから漸く笑みを浮かべた。なんだか泣き出しそうなその笑みに、グレースは胸が痛くなった。こんなに凛々しい男性ひとなのに、こんなに心細い顔をするだなんて。

 始まりが過ちであった最初の婚姻で躓いてしまったグレースは、二度目も訳ありから始まってしまった。
 それでもグレース自身は確かな愛情を覚えていたのが、ロバートには伝え切れていなかったらしい。

 グレースは両手を伸ばしてロバートの頬に手を添える。それから深海色の瞳を見つめて背伸びをした。
 ロバートがグレースの腰を持ち上げたことで爪立ちになって漸くロバートに近付けば、互いの視界がぼやける程であった。

「愛しているのよ、ロバート。」

 何度でも伝えたい想いを口に出したが、言った筈の自分にもよく聞こえなかった。言い終わるや否や、待ち切れなかったロバートが唇を押し当てたから。

 愛する言葉はロバートの口の中に溶け込んで、きっと胸の中にも沁みてくれるだろう。

 ロバート、私の気持ちが貴方に伝わります様に。抱き上げる腕の強さが息苦しのに、その苦しさすら愛しく思えた。

 誰かに愛されると言うことが、こんなに嬉しい事なのだと、グレースに教えてくれたのはロバートが初めてだった。




「良く似合っている。」

 翌日、新調されたドレスを身に着けるのに、背中の鋲を留めながらロバートが言う。
 グレースがドレスを着るのに、ロバートは自身の手で着せたかった。この背中を誰にも触れさせたくなかった。

 襟は首とうなじをすっぽりと隠す。隠すけれども隠し切れないのは、それが全てレースである為だろう。エクリュカラーのレースからグレースの白い柔肌が覗いて見える。

 首から背中も全てがレースに覆われて、前身頃の胸元から漸く布地で隠される。
 これまでのグレースに珍しいのは、腰から裾まで広がるフレアー状の華やかなラインか。

 デヴュタントを迎える令嬢とも異なる、若妻の初々しい装い。これがR&G商会の製品ではなくて、夫が愛妻に贈った唯一無二のドレスなのだと一目で解ることだろう。

 思えばグレースは、令嬢の頃から父の商会の広告塔であったから、身に纏うものは全て購買を促す為の製品であった。自分だけのドレスを纏うのは、婚礼のドレスを除けば初めての事かも知れない。

 最後の鋲を締め終えて、ロバートがうなじに口付ける。

「とても美しい。」

 飾らぬ言葉が真っ直ぐ心に届いて、グレースは鏡に映る夫に向けて笑みを返した。





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