黒革の日記

桃井すもも

文字の大きさ
18 / 68

【18】

しおりを挟む
『学園の図書室でアダム様からお借りした教本を読んでいたら、アダム様がお声を掛けて下さった。解らないところがあったら教えるから言ってくれと仰った。解らないだなんて言うのは恥ずかしい。こんな事も解らないのかと呆れられてしまうかしら。いいえ、アダム様はそんな事は仰らないわ。けれども、やっぱり恥ずかしくて大丈夫だと答えてしまった。』

「まあ、アダム様はお優しい方なのね。アマンダ、貴女の気持ちはよく分かるわ。そうよね。解らないと口に出すのは勇気がいるわね。」

図書室で、キャスリーンは日記のアマンダに向けて話している。


『今日の日の事を、私はきっと生涯忘れないわ。アダム様と向かい合わせに座れたのだもの。私がはっきりしない態度であるのをお気付きになったアダム様が、さり気なく教本の説明をして下さった。私の向かい側にお座りになったアダム様が教本を指差すのだけれど、私はアダム様の指先ばかりに目が行って、全然お勉強に身が入らなかった。長い指に手入れのされた綺麗な爪。その爪先ばかりを眺めてしまった。』

「指先までお美しいだなんて。それでは見とれてしまっても仕方が無いわ。私だってそんな場面にいたなら、きっと貴女と同じ様に指先ばかりに目が行って、とてもお勉強になんてならないわ。」


『もうすぐ今学期が終わってしまう。夏休みになったら、アダム様のお顔を見ることが出来なくなってしまう。アダム様はご領地にお帰りになるのかしら。それともタウンハウスに残られるのかしら。』

アマンダの日記に、初めて季節が分かる言葉が記されている。
夏休み前。学年は?
どうやらアダムは地方に領地があるらしい。彼の領地は何処なのかしら。

断片的な情報だけでは、アマンダとアダムが過ごした時代の背景は今ひとつはっきりしない。


『デビュタントの後の舞踏会で陛下にご挨拶をなさったアダム様は、とてもとても素敵だった。この夏の舞踏会に、アダム様は参加なさるのかしら。』

「デビュタント?!」

キャスリーンは思わず声を上げてしまった。一人きりの図書室に、キャスリーンの声が響く。

王国のデビュタントは十六歳になる夏に執り行われる。国王陛下に謁見し社交デビューが認められると、その後は王家主催の舞踏会への参加が許される。

アマンダはデビュタントを既に済ませていると言う。であれば、日記に記されている当時は、学園の二年生が三年生なのだと思われた。

アマンダの存在は、それまで肖像画の中でしか実在を知り得なかった。それが既にデビュタントを済ませた年齢で、もうすぐ夏休みを迎えるというその事実が、彼女の肖像に色を付け生を与えるように生き生きと蘇らせる。

過去のどこかの時代で確かに存在した侯爵令嬢。恋する少女は、デビュタントを迎えた淑女であった。


『舞踏会に着るドレスが届いた。深みのあるモスグリーン。赤い髪の派手な印象も、このドレスなら、きっと落ち着きのある淑女に見せてくれるかも知れない。

首飾りはお父様が宝物庫から選んで良いと仰ったので、金細工のリーフを繋げたものにしたわ。薄い金のプレートに葉脈まで細かな細工がされていて、まるで金色の葉を繋げた様に見えるの。』

「なんですって!」
再び図書室にキャスリーンの声が響いた。

純金のプレートを打ち出し薄く繊細な細工が施された首飾り。細かな葉脈まで忠実に再現されていて、僅かに形と大きさが異なるそれらを繋ぎ合わせて首飾りとなっている。
風に舞う金色の木の葉を思わせる首飾りに併せるドレスは虹彩あるモスグリーン。

アマンダが宝物庫から選んだ金細工の首飾りは、キャスリーンが今度の舞踏会にと選んだ首飾りであった。であれば多分耳飾りも揃いであろう。
ドレスの色はモスグリーン。キャスリーンのドレスも虹彩を帯びた光沢のあるモスグリーンである。

なんて事。なんて偶然。
いいえ、これは偶然などではなくて必然だわ。
アマンダが身に付けた首飾りに同じ色のドレスを纏って舞踏会に参加する。

憂鬱な舞踏会だと思っていた。
煩わしい人の目に触れ、面白可笑しく噂をされるのが目に見えていて、キャスリーンは夫と共に参加する舞踏会をひどく億劫に感じていた。

それが、偶然とは思えない一致の連続に運命的な繋がりを感じて、途端に舞踏会が待ち遠しくなってしまった。
髪の色も瞳の色も、人に与える印象も異なるだろうアマンダとキャスリーンが、時を超えて二人揃いの装いで並び立つ。



「大変お美しいですわ、キャスリーン様。」

キャスリーンの装いを整えた侍女が、感嘆を混じえ称賛する。

「有難う。貴女方の心尽くしのお蔭だわ。こんなにも綺麗に粧ってくれるだなんて。」

「勿体ないお言葉でございます、キャスリーン様。ですが、キャスリーン様のお美しさに衣装が引き立てられたのでしょう。大変お美しくていらっしゃいます。」

アマンダと揃いの衣装を纏うキャスリーンは、気品ある淑女の佇まいで鏡の中で微笑んでいる。

鏡に映る自分が、キャスリーンにはアマンダの様に思えて来る。
アマンダ、貴女とお揃いの衣装よ。まるで貴女と姉妹のようだわ。


首元を飾る黄金のリーフに、キャスリーンはそっと手を添え再び微笑むのであった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

あなたへの愛を捨てた日

柴田はつみ
恋愛
公爵夫人エステルは、冷徹な夫レオニスを心から愛していた。彼の好みを調べ、帰宅を待ちわび、献身的に尽くす毎日。 しかし、ある夜会の回廊で、エステルは残酷な真実を知る。 レオニスが、未亡人クラリスの手を取り囁いていたのだ。 「君のような(自立した)女性が、私の隣にいるべきだった」 エステルは悟る。自分の愛は彼にとって「重荷」であり、自分という人間は彼にとって「不足」だったのだと。その瞬間、彼女の中で何かが音を立てて砕け散る。

【1話完結】あなたの恋人は毎夜わたしのベッドで寝てますよ。

ariya
ファンタジー
ソフィア・ラテットは、婚約者アレックスから疎まれていた。 彼の傍らには、いつも愛らしい恋人リリアンヌ。 婚約者の立場として注意しても、アレックスは聞く耳を持たない。 そして迎えた学園卒業パーティー。 ソフィアは公衆の面前で婚約破棄を言い渡される。 ガッツポーズを決めるリリアンヌ。 そのままアレックスに飛び込むかと思いきや―― 彼女が抱きついた先は、ソフィアだった。

婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。 目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。 「あなたは、どなたですか?」 その一言に、彼の瞳は壊れた。 けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。 セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。 優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。 ――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。 一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。 記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。 これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...