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【21】
「顔色が良くなったね、テレーゼ。きちんと食べているかな?あまり兄を心配させないでおくれ。」
今日、フレデリックは最近漸く食事を摂る様になったテレーゼの様子を窺いに、テレーゼの私室を訪れている。
一時はテレーゼを避ける風であったのが、それも長くは続かずに、こうしてまた妹に会いに来るようになっていた。
しかしそれは必ずローレンが非番の日に限られており、周囲はそれを暗黙の了解と捉えているのであった。
流石のテレーゼも気が付いたらしく、けれどもローレンに会わせて欲しいなどとは願う事も叶わずに、あれほど慕う兄にすら切なげな眼差しを向けて憂いている。
「テレーゼ、今日は君に知らせがあって来たんだ。公国よりアンソニー殿が見える。お前に会いに来るんだ。分かっているね?」
フレデリックは、いつもと変わらず可愛い妹を見る眼差しは柔らかい。
なのにその言葉は有無を言わせぬ圧を纏っていた。
テレーゼはそれにすっかり飲み込まれて、諾以外口にする事は許されないのを理解した様であった。
「分かりました、お兄様。そ、それで、アンソニー様はいついらっしゃいますの?」
「三日後だよ。」
「三日...」
この婚姻に既に猶予が無い事をテレーゼは漸く解ったらしい。
「お、お兄様、お願いがあるの「駄目だよ。」
フレデリックはテレーゼに皆まで言わせなかった。その上で、
「お前の我が儘は一度、目を瞑ってやった。その為にどれだけの人間が迷惑を被ったか解るかい?お前の身を護る義務を負う者は、お前が考えている以上に遥かに多いんだよ。彼等はお前を護れなければその責を負う。命を以て償う。お前の愚かな行動が、容易く人の命を奪うんだ。それにお前はどんな贖罪が出来る?大公令息の妃になれば尚の事。お前は自分自身に責任を持たねばならない。己の言葉と態度と行動がどれ程の影響力を持っているのかを知らねばならない。陛下も王妃も皆そうだ。私もお前の姉も。真逆お前は解らないとは言わないね?」
フレデリックの言葉は刃であった。
暗に、王族の中でテレーゼとその母である側妃だけがその責を全うしていないと指摘した。
流石のテレーゼにも伝わった筈である。ローレンが命を懸けてテレーゼを城から連れ出した事を、テレーゼはその意味を理解して過ちを償わねばならず、それを今日まで目溢しされていたに過ぎない事を解った筈である。
テレーゼに選択の余地は無い。
覚悟を決めて嫁がねばならない。
「はい、お兄様。」
テレーゼは涙声でそう答えるのがやっとであった。間違ってもローレンに会いたいなどと口には出来ない。
フレデリックはそれを口に出す事を許さなかった。テレーゼがそんな願いを口に出さなければ優しい兄のままでいられたのを、テレーゼがそれを望んだが為に、自ら刃となって知らしめなければならなかった。
そんな兄と妹の姿を端で見守るのは辛い事であった。
どちらの気持ちもよく分かる。
クリスティナは、言われたテレーゼよりも言わねばならなかったフレデリックの方が傷付いたのではないかと思った。だから、この三日のうちにテレーゼの心が定まって、覚悟を決めて立ち上がって欲しいと思った。
いつかフレデリックが言った様に、恋心を忘れなくても良いのだ。恋した心を携えて、それをそっと心の内に仕舞い込んで、そうして嫁いで行けば良いのだ。
恋を忘れられない気持ちなら、クリスティナにもよく解かる。同じ男に惹かれたのだから。あのプラチナブロンドの髪にロイヤルブルーの瞳に惹きつけられて、どうしようもないほど囚われてしまったのだから。
出来る事なら王女の腕を取って引っ張り上げて差し上げたい。辛く沼地に沈み込む恋心と一緒に、そこから引っ張り上げて差し上げたい。
そうして、私も同じ気持ちです。貴女様のお辛いお気持ちを少しばかり理解出来ますと励まして差し上げたい。
私は向けられたことは無いけれど、貴女様は確かにあの男に愛を向けられたのだから、それを宝と胸に抱いて幸せな花嫁になって下さいとお伝えしたい。
テレーゼが恋と決別する姿に、クリスティナも確かに自分の恋情が終焉を迎えたのだと、報われなかった心を手離した。
「テレーゼ王女もどうにか御心を定められたようだ。」
「ええ、お辛かったでしょうが、頑張られました。」
クリスティナは、例の連絡会の部屋にアランと共にいる。
つい先日、フレデリックに諭されて、テレーゼは大公令息との婚姻に向き合う覚悟を決めた。
それからは、三食きちんと食す様になったし、公務は未だ手が付かない様ではあるが、塞いで伏せる事は無くなった。
顔色は流石に良いとは言い難いが、そればかりは仕方無いだろう。
フレデリックも度々顔を見せては何気無いお喋りで姫を甘やかす。厳しい言葉で律する事は、王家に席を置くものとして避けられないが、妹を案ずる愛情は深い。
ローレンは、何事も無かったようにフレデリックに侍り、語らう兄妹を見守っている様であった。
その姿を認めて、クリスティナはそっと目を伏せた。
伏せた視線を再び上げた時、ふと目が合ったアランがこちらへ向ける眼差しに彼の思いやり深い人柄が滲んでいて、その眼差しに慰められた。
今日、フレデリックは最近漸く食事を摂る様になったテレーゼの様子を窺いに、テレーゼの私室を訪れている。
一時はテレーゼを避ける風であったのが、それも長くは続かずに、こうしてまた妹に会いに来るようになっていた。
しかしそれは必ずローレンが非番の日に限られており、周囲はそれを暗黙の了解と捉えているのであった。
流石のテレーゼも気が付いたらしく、けれどもローレンに会わせて欲しいなどとは願う事も叶わずに、あれほど慕う兄にすら切なげな眼差しを向けて憂いている。
「テレーゼ、今日は君に知らせがあって来たんだ。公国よりアンソニー殿が見える。お前に会いに来るんだ。分かっているね?」
フレデリックは、いつもと変わらず可愛い妹を見る眼差しは柔らかい。
なのにその言葉は有無を言わせぬ圧を纏っていた。
テレーゼはそれにすっかり飲み込まれて、諾以外口にする事は許されないのを理解した様であった。
「分かりました、お兄様。そ、それで、アンソニー様はいついらっしゃいますの?」
「三日後だよ。」
「三日...」
この婚姻に既に猶予が無い事をテレーゼは漸く解ったらしい。
「お、お兄様、お願いがあるの「駄目だよ。」
フレデリックはテレーゼに皆まで言わせなかった。その上で、
「お前の我が儘は一度、目を瞑ってやった。その為にどれだけの人間が迷惑を被ったか解るかい?お前の身を護る義務を負う者は、お前が考えている以上に遥かに多いんだよ。彼等はお前を護れなければその責を負う。命を以て償う。お前の愚かな行動が、容易く人の命を奪うんだ。それにお前はどんな贖罪が出来る?大公令息の妃になれば尚の事。お前は自分自身に責任を持たねばならない。己の言葉と態度と行動がどれ程の影響力を持っているのかを知らねばならない。陛下も王妃も皆そうだ。私もお前の姉も。真逆お前は解らないとは言わないね?」
フレデリックの言葉は刃であった。
暗に、王族の中でテレーゼとその母である側妃だけがその責を全うしていないと指摘した。
流石のテレーゼにも伝わった筈である。ローレンが命を懸けてテレーゼを城から連れ出した事を、テレーゼはその意味を理解して過ちを償わねばならず、それを今日まで目溢しされていたに過ぎない事を解った筈である。
テレーゼに選択の余地は無い。
覚悟を決めて嫁がねばならない。
「はい、お兄様。」
テレーゼは涙声でそう答えるのがやっとであった。間違ってもローレンに会いたいなどと口には出来ない。
フレデリックはそれを口に出す事を許さなかった。テレーゼがそんな願いを口に出さなければ優しい兄のままでいられたのを、テレーゼがそれを望んだが為に、自ら刃となって知らしめなければならなかった。
そんな兄と妹の姿を端で見守るのは辛い事であった。
どちらの気持ちもよく分かる。
クリスティナは、言われたテレーゼよりも言わねばならなかったフレデリックの方が傷付いたのではないかと思った。だから、この三日のうちにテレーゼの心が定まって、覚悟を決めて立ち上がって欲しいと思った。
いつかフレデリックが言った様に、恋心を忘れなくても良いのだ。恋した心を携えて、それをそっと心の内に仕舞い込んで、そうして嫁いで行けば良いのだ。
恋を忘れられない気持ちなら、クリスティナにもよく解かる。同じ男に惹かれたのだから。あのプラチナブロンドの髪にロイヤルブルーの瞳に惹きつけられて、どうしようもないほど囚われてしまったのだから。
出来る事なら王女の腕を取って引っ張り上げて差し上げたい。辛く沼地に沈み込む恋心と一緒に、そこから引っ張り上げて差し上げたい。
そうして、私も同じ気持ちです。貴女様のお辛いお気持ちを少しばかり理解出来ますと励まして差し上げたい。
私は向けられたことは無いけれど、貴女様は確かにあの男に愛を向けられたのだから、それを宝と胸に抱いて幸せな花嫁になって下さいとお伝えしたい。
テレーゼが恋と決別する姿に、クリスティナも確かに自分の恋情が終焉を迎えたのだと、報われなかった心を手離した。
「テレーゼ王女もどうにか御心を定められたようだ。」
「ええ、お辛かったでしょうが、頑張られました。」
クリスティナは、例の連絡会の部屋にアランと共にいる。
つい先日、フレデリックに諭されて、テレーゼは大公令息との婚姻に向き合う覚悟を決めた。
それからは、三食きちんと食す様になったし、公務は未だ手が付かない様ではあるが、塞いで伏せる事は無くなった。
顔色は流石に良いとは言い難いが、そればかりは仕方無いだろう。
フレデリックも度々顔を見せては何気無いお喋りで姫を甘やかす。厳しい言葉で律する事は、王家に席を置くものとして避けられないが、妹を案ずる愛情は深い。
ローレンは、何事も無かったようにフレデリックに侍り、語らう兄妹を見守っている様であった。
その姿を認めて、クリスティナはそっと目を伏せた。
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