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【23】
一瞬とは、瞬きをひとつするのがやっとの間なのだとこの時分かった。
一瞬の事であった。考えが追い付く前に腕を取られた。距離があった筈なのに、それともそれ程長くクリスティナが立ち尽くしていたのか。
ローレンは能面の様な表情の無い顔でクリスティナの腕を掴み、
「返してもらおう。」
中にいるアランに向けて、その一言だけを告げた。
そうしてまるで重みの無い人形を運ぶ様に、クリスティナを縦抱きに抱えて今しがた出て来た部屋に向かう。
アランがどんな顔をしたのか分からない。
ただ、ローレンの名を呼び、続けてクリスティナの名を呼ぶ声だけが聴こえた。
クリスティナを抱えたまま、ローレンは一度も歩みを止める事なく部屋に入り、そのままクリスティナを寝台に放った。
「そこで待てるな?」
まるで飼い犬に待てを教える様に言ってから、部屋を出て行く。
扉の外から微かにアランの声が聴こえる。クリスティナを案じているのだろう。それにローレンはなんと答えているのか。
ローレンは傷心の筈である。
テレーゼを失ってその傷にクリスティナをあてがうつもりなのか。
そんな事、まっぴら御免だ。
クリスティナは放り出されて強かに打った身体を起こして扉へ向かう。
この部屋を出なければ。今ならアランが助けてくれる。
駆け寄った扉からは出る事は叶わなかった。ドアノブに手を掛けた途端、力を入れていない筈の扉が開いて、そうしてローレンが入って来た。
「アラン様は何処?」
「何故あの男を探す。」
「アラン様!アラン様助けて!」
「アランは来ない。」
「嘘よ!アラン様!」
クリスティナは助けを求めてアランの名を叫ぶ。アランでなくても誰か通りかかったなら扉を開けてくれるかも知れない。
「クリスティナ。」
「ここから出して!」
「何故、アランを呼ぶ。」
「いや!私はここから出たいの!」
「クリスティナ。」
ローレンは感情を昂らせるクリスティナとは逆に、感情の見えない声でクリスティナを呼ぶ。
「クリスティナ。」
そうしてクリスティナの腕を引き寄せた。先程の様な性急なものでも乱暴なものでもなくて、怯える小動物を囲い込む様なゆっくりとした動作であった。
「お前は私のものだろう。」
すっかりローレンの腕の中に囲われ囚われて、クリスティナは先程の叫び声が嘘のように声を失ってしまった。
ガラス細工を囲い込む様に、ローレンは少しずつ少しずつクリスティナを抱き締める。
「何故離れた。」
耳に口付けながら話す声は、直接頭の中まで響いて聴こえる。
「お前を離したつもりは無い。」
何か話さなければと思うのに、言葉を忘れてしまった様に思い出せない。ただ深い森の香りに麝香の甘やかさが混じるのを懐かしく吸い込んだ。
「クリスティナ。お前は私のものだろう。」
再び同じ文句を囁かれて、
「違う、違うわ。私、貴方のものじゃない、」
「お前は私のものだ。ずっと前から。学園でお前の身体を暴いた日から。」
「あんなのは、あんなのは、あんな事、あってはならないことよ!」
「あれはただの切っ掛けに過ぎない。私はあの日にお前を得た。」
ローレンは腕の拘束を解いて両の手でクリスティナの頬を挟んだ。
やんわりと頬を持ち上げる。
ロイヤルブルーの瞳がクリスティナを見つめる。
この瞳を見るのはいつぶりだろう。もう二度とこんな間近に、この青い瞳を見ることなど無いと思っていた。
情け無いほど懐かしく思ってしまう。
悔しいほど安心してしまう。
焦がれるほど求めてしまう。
駄目だ、逃げなくては。また囚われてしまう。
逃げろ逃げろと本能は叫んでいるのに、身体も心も動けない。涙腺だけが涙を流し、クリスティナの頬を濡らしていく。
「泣くな、クリスティナ。お前に泣かれるのは辛い。」
「辛い?」
「どうして良いか分からなくなる。」
「ほ、本気で言っているの?」
「私はいつでもお前に本気だ。」
「嘘よ、絶対嘘よ、」
「嘘じゃない。お前を得るために殿下の指示に従った。」
「え?」
涙にぐしゃぐしゃになっていたのが、その言葉でいっぺんに止まってしまった。
「ふ、フレデリック殿下?」
「ああ。」
ローレンは、涙に濡れるクリスティナの頬を親指の腹で拭う。左右の頬を拭って、ついでとばかりに口づけを落とした。
話の流れにそぐわない口付けに、クリスティナは混乱して咄嗟に反応出来なかった。
そんなクリスティナを見透かした様に、喰む口づけをローレンは繰り返す。優しく唇を喰まれて柔らかな感触に酔いそうになるのを、必死に抑える。
両手でローレンの頬を抑えて、先の言葉を促した。
「フレデリック殿下が、一体何を貴方に指示したの?」
その問いに答える前に、ローレンが再びクリスティナの身体を持ち上げて、そうして寝台まで歩く。
クリスティナはまた放られるのかと身構えるも、ローレンはクリスティナを抱き上げたまま寝台の縁に座った。
膝の上にクリスティナを乗せたまま、その瞳を覗き込み話し始めた。
「全ては殿下の計画だ。」
「計画?」
「ああ。」
「いつから?」
「初めからだ。」
初めから?
「物品庫にお前が来た日からだ。」
「え?」
クリスティナは混乱する。
あの初夏の夕暮れ。物品庫に偶々クリスティナは入った。教師に頼まれたのも偶々だ。
なのにそれが殿下の計画?
混乱するクリスティナに乗じて、ローレンが何度目か分からない口付けを落とした。
一瞬の事であった。考えが追い付く前に腕を取られた。距離があった筈なのに、それともそれ程長くクリスティナが立ち尽くしていたのか。
ローレンは能面の様な表情の無い顔でクリスティナの腕を掴み、
「返してもらおう。」
中にいるアランに向けて、その一言だけを告げた。
そうしてまるで重みの無い人形を運ぶ様に、クリスティナを縦抱きに抱えて今しがた出て来た部屋に向かう。
アランがどんな顔をしたのか分からない。
ただ、ローレンの名を呼び、続けてクリスティナの名を呼ぶ声だけが聴こえた。
クリスティナを抱えたまま、ローレンは一度も歩みを止める事なく部屋に入り、そのままクリスティナを寝台に放った。
「そこで待てるな?」
まるで飼い犬に待てを教える様に言ってから、部屋を出て行く。
扉の外から微かにアランの声が聴こえる。クリスティナを案じているのだろう。それにローレンはなんと答えているのか。
ローレンは傷心の筈である。
テレーゼを失ってその傷にクリスティナをあてがうつもりなのか。
そんな事、まっぴら御免だ。
クリスティナは放り出されて強かに打った身体を起こして扉へ向かう。
この部屋を出なければ。今ならアランが助けてくれる。
駆け寄った扉からは出る事は叶わなかった。ドアノブに手を掛けた途端、力を入れていない筈の扉が開いて、そうしてローレンが入って来た。
「アラン様は何処?」
「何故あの男を探す。」
「アラン様!アラン様助けて!」
「アランは来ない。」
「嘘よ!アラン様!」
クリスティナは助けを求めてアランの名を叫ぶ。アランでなくても誰か通りかかったなら扉を開けてくれるかも知れない。
「クリスティナ。」
「ここから出して!」
「何故、アランを呼ぶ。」
「いや!私はここから出たいの!」
「クリスティナ。」
ローレンは感情を昂らせるクリスティナとは逆に、感情の見えない声でクリスティナを呼ぶ。
「クリスティナ。」
そうしてクリスティナの腕を引き寄せた。先程の様な性急なものでも乱暴なものでもなくて、怯える小動物を囲い込む様なゆっくりとした動作であった。
「お前は私のものだろう。」
すっかりローレンの腕の中に囲われ囚われて、クリスティナは先程の叫び声が嘘のように声を失ってしまった。
ガラス細工を囲い込む様に、ローレンは少しずつ少しずつクリスティナを抱き締める。
「何故離れた。」
耳に口付けながら話す声は、直接頭の中まで響いて聴こえる。
「お前を離したつもりは無い。」
何か話さなければと思うのに、言葉を忘れてしまった様に思い出せない。ただ深い森の香りに麝香の甘やかさが混じるのを懐かしく吸い込んだ。
「クリスティナ。お前は私のものだろう。」
再び同じ文句を囁かれて、
「違う、違うわ。私、貴方のものじゃない、」
「お前は私のものだ。ずっと前から。学園でお前の身体を暴いた日から。」
「あんなのは、あんなのは、あんな事、あってはならないことよ!」
「あれはただの切っ掛けに過ぎない。私はあの日にお前を得た。」
ローレンは腕の拘束を解いて両の手でクリスティナの頬を挟んだ。
やんわりと頬を持ち上げる。
ロイヤルブルーの瞳がクリスティナを見つめる。
この瞳を見るのはいつぶりだろう。もう二度とこんな間近に、この青い瞳を見ることなど無いと思っていた。
情け無いほど懐かしく思ってしまう。
悔しいほど安心してしまう。
焦がれるほど求めてしまう。
駄目だ、逃げなくては。また囚われてしまう。
逃げろ逃げろと本能は叫んでいるのに、身体も心も動けない。涙腺だけが涙を流し、クリスティナの頬を濡らしていく。
「泣くな、クリスティナ。お前に泣かれるのは辛い。」
「辛い?」
「どうして良いか分からなくなる。」
「ほ、本気で言っているの?」
「私はいつでもお前に本気だ。」
「嘘よ、絶対嘘よ、」
「嘘じゃない。お前を得るために殿下の指示に従った。」
「え?」
涙にぐしゃぐしゃになっていたのが、その言葉でいっぺんに止まってしまった。
「ふ、フレデリック殿下?」
「ああ。」
ローレンは、涙に濡れるクリスティナの頬を親指の腹で拭う。左右の頬を拭って、ついでとばかりに口づけを落とした。
話の流れにそぐわない口付けに、クリスティナは混乱して咄嗟に反応出来なかった。
そんなクリスティナを見透かした様に、喰む口づけをローレンは繰り返す。優しく唇を喰まれて柔らかな感触に酔いそうになるのを、必死に抑える。
両手でローレンの頬を抑えて、先の言葉を促した。
「フレデリック殿下が、一体何を貴方に指示したの?」
その問いに答える前に、ローレンが再びクリスティナの身体を持ち上げて、そうして寝台まで歩く。
クリスティナはまた放られるのかと身構えるも、ローレンはクリスティナを抱き上げたまま寝台の縁に座った。
膝の上にクリスティナを乗せたまま、その瞳を覗き込み話し始めた。
「全ては殿下の計画だ。」
「計画?」
「ああ。」
「いつから?」
「初めからだ。」
初めから?
「物品庫にお前が来た日からだ。」
「え?」
クリスティナは混乱する。
あの初夏の夕暮れ。物品庫に偶々クリスティナは入った。教師に頼まれたのも偶々だ。
なのにそれが殿下の計画?
混乱するクリスティナに乗じて、ローレンが何度目か分からない口付けを落とした。
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