囚われて

桃井すもも

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【29】

冬の厳しさも峠を越えて、季節は春の兆しを見せていた。

日照時間が伸びて日の出が早くなった。
夕暮れも日を追う毎に長くなり、それにつれて宵の闇は短くなる。

最も寒さの厳しい季節は、心も身体も固く閉ざされる様で石造りの王城は閉塞感が漂うのだが、この冬ばかりは例年とは異なっていた。

テレーゼの輿入れが近付くに連れて、王城内にもその華やかな空気が伝播して、愛らしく可憐な姫の婚姻は凍える季節に甘やかな暖かさを齎していた。

そんな風であったから季節が移ろうのもあっという間に思えた。
温み始めた早朝の空気を吸い込みながら、クリスティナはテレーゼの私室に向かう。

ローレンの心の内を確かめてから、逢瀬は一度も無いままにいる。
これまでもそれ程頻繁に会っていた訳ではないのだが、ふた月以上も二人きりで顔を合わせないという事は無かった。

共に王族に仕える身から、フレデリックがテレーゼを訪う際には当然顔を合わせるのだが、よいところ擦れ違う際に目線を合わせる程度で声を掛けられる事も無い。

当たり前の恋人同士であれば、ここで不安になるのだろうが、クリスティナは余りに長い年数をローレンに支配されていると思っていた為に、突然今日から恋人同士とは流石に思考の転換はならなかった。

このふた月はテレーゼの輿入れ支度で多忙な事を幸いに、ゆっくりと心の整理をしているのだった。

だからと言って、不安が全く無い訳ではない。
ローレンは令嬢達に頗る人気が高い。
あの夜確かめ切れなかった事は幾つもあったのだが、その一つがご令嬢達との関係であった。

モテモテなローレンは、とかく令嬢との噂が多く、多くの女性と浮名を流して来たのだが、彼女達との関係をどうするのか、果たして清算する気持ちがあるのかを、クリスティナは確かめられずにいたのだった。

そしてもう一つは、フレデリックに条件を突き付ける位にはクリスティナを欲していたと言うが、それでは何故にあれほど冷めた態度でクリスティナに接していたのかと言う事であった。だがそれは、未だ聞く気になれない。

彼に甘やかさを求める事自体間違っている様に思うし、何より愛を得た恋人の様にあれこれ質問攻めにしたなら、ローレンから容易く飽きられてしまうのではないかと、クリスティナは実のところローレンの心を信頼し切れずにいるの。

テレーゼの婚姻の仲立ちをしている事からフレデリックにも輿入れに関わる差配が求められて、王太子の執務も増えている様であった。

あれだけ悪巧みをしていればそりゃあ忙しいでしょうと、クリスティナは冷めた気持ちで思うが、それに侍る側近や文官はたまったものではないだろう。

兄などは、お前んとこ大変だな、なんて軽口で冷やかしてくる程である。
この件に陛下が関わっていて、ローレンの為す事を静観しているのが薄々感じられて、色々考えすぎてそれだけで疲弊してしまうクリスティナであった。

それもあと僅かである。
月が明ければテレーゼは輿入れをする。
最近のテレーゼは、珠も磨けば限界がある様に、磨きに磨かれもうこれ以上は輝くまいと思われる最高の状態にあった。

愛を他に持っているというアンソニーに今直ぐ迎えに来て欲しい。今、この瞬間のテレーゼを見たならば、もう他には愛を覚えられなくなるのでは、そう思う程に美の最高を極めていた。

湯浴みを終えたテレーゼに化粧を施しながら、これほど透ける肌を見たことが無いとクリスティナは心の内で感嘆する。

ロイヤルブルーの瞳は、虹彩は鮮やかであるのが中央に向かって深い色合いに色を変えていく。それが大きな瞳に見えて幼い表情を醸し出し、可憐な姫の容姿を更に可憐に飾るのであった。

瞳が宝石の様だなどと、この姫に接しなければ絵本か物語でしか知らない表現だろうと思う。ローレンが何故この姫に心を奪われなかったのか心底不思議であった。
真逆、彼は地味好きなのか。
恋人の性癖を勝手に判断するクリスティナであった。

テレーゼは輿入れに際して、帯同する侍女にクリスティナを選んだのだが、クリスティナはそれを辞退していた。
クリスティナを姉の様に慕うテレーゼには、どうしても駄目なのかとあの大きな瞳で強請られたのだが、心を鬼にしてお断りをしたのであった。

クリスティナはローレンと生きる事をローレン本人の面前で誓っている。
ローレンの心を知らぬままであったなら、きっと喜んでテレーゼに付いて公国に渡った事だろう。そうしてローレンを忘れようとした筈である。

現実はそうはならなかった。
ローレンは、あの夜向かい合う寝台でクリスティナに言った事がある。
テレーゼが輿入れしたならば、クリスティナの父に二人の仲を明かして許しを願うと。それは婚姻と云う明確な表現をしていなかったが、限りなくそうであるような響きを含んでいた。

はっきり明言しないのがローレンの狡さなのか、何かに用心しているからなのか、クリスティナには判断が出来なかった。

ただ待つしか出来ない。
ローレンを信じて待つことしか出来ないクリスティナなのである。

自分の人生に、こんな展開が齎されるとは思いもしなかった。
面白いほど婚約話の一つも無く、唯一のそれらしい話であったクローム家からの申込みは何故か父が難色を示して立ち消えとなってしまった。

いつの間にか自分でも気付かぬ内に用心深くなっていて、今だにどこかでローレンを疑っている。

ローレンは発する言葉に嘘は無いが、口に出さない事は偽りだらけの男である。

どこまで信じて良いのか見当もつかないローレンは別にして、自分自身はローレンに誠実であろうとクリスティナは心に誓った。
どんなに偽りに塗れた男であったとしても、自分はローレンに嘘は付くまいと決めている。

全くもってフェアな関係ではないのだが、それがクリスティナの矜持であった。

だから、天の神までその矜持を試すのかと驚く事になったのだろう。





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