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【45】
エリザベスは、散策のあとは午後も執務室で過ごした。
その横顔は相変わらず憂いを帯びて見えた。
恋に初いクリスティナにも解ってしまった。
エリザベス様は御心にお慕いする殿方がいらっしゃる。
その御心の向けられている先に見当がついて、クリスティナは甘酸っぱいトキメキを感じてしまった。
「今更だろう。」
「え、」
「エリザベス王女がアランを慕っているのは昔からだ。」
「し、知らなかった。」
一週間ぶりの休暇は明日である。
前日の晩をローレンの仮眠室に引き摺り込まれて漸く解放されたクリスティナは、自身の考察をローレンに確かめた。
「仮にアランが妻を得て、エリザベス王女も他家へ降嫁したとして、社交で妻を連れるアランを目にするのは辛いらしい。」
「それは王女のままでも同じ事では?」
「身分が違うだろう。王族であれば諦めも付く。」
「アラン様はエリザベス様の御心に気付いているのでしょうか?」
「先日気付いた。殿下が下手な探りを入れたからな。」
「えっ」
「それ以前から殿下は、アランの元に降嫁する事を王女に勧めていた。」
「だから最近のエリザベス様は憂い顔でいらしたのね。」
「アランが認めれば婚約となるだろう。宰相職を賜る侯爵家の嫡男だ。降嫁先に不足はなかろう。」
「なのにあんな後ろ向きなご様子で、」
「唐変木だからな。」
いや、貴方様もマリアンネ様に同じように呼ばれてましたよ、とは言えない。
「アラン様の御心は、一体何処にあるのでしょう。」
「本気で言っているのか?」
「ええ。」
「いやいい。お前は変わらずそのままでいてくれ。」
「...」
婚約ほやほやの恋人達が、勝手気ままに人の恋路を寝台で向き合いながら語らう。
それを知ってか知らずか、程なくして第一王女殿下と宰相令息の婚約が発表された。
夏の盛り。王家主催の舞踏会での事であった。婚約に関わる諸々の調整がされてから、正式な発表が為されるという。
「エリザベス様、ご婚約お目出度うございます。」
クリスティナ始め、侍女達が寿ぐ。
「ありがとう。皆。」
恥ずかしそうに頬を染める王女が美しい。
「アラン様はフレデリック殿下の側近でございますから、夫君をお支えする事は即ち殿下をお支えする事でございます。これからもエリザベス様がフレデリック殿下のお力になるので間違いございません。」
最古参の侍女メアリーは、エリザベスが心残りにしていた兄への懸念を払拭しようと心を砕いている。
エリザベスとアランの婚約は突然の決定に見えて、実のところ国王陛下と宰相の間で既に取り決められていたらしい。
王太子が地均しをしてもしなくても、エリザベスが悩んでも悩まなくても、アランの気持ちが何処にあるか分からずとも、王女のその身は国のものであり、王族が自分の行く先を選ぶ事など出来ないのである。
フレデリックを支えたいと思う王女の清廉な心を認めながらも、そのままにはしておいてはくれない。
けれども、父王は確かに娘の幸福を願っていたらしい。その恋心を叶えたのだから。
アランは必ずエリザベスを守り幸せにするだろう。彼の心が今は何処にあったとしても、王女を娶ると決めた後は、誠実に向き合い妻への思いやり忘れないだろう。そうして時が二人を真の夫婦に育てる筈である。
クリスティナには、アランの実直で思慮深く穏やかな人柄が、王女の未来を明るく照らすように思えた。
そうして、心の内で恋心を温めてながら政に向き合った来た王女の幸せを願った。
「クリスティナ、早めようと思う。」
「何をでしょう。」
「婚姻を」
「えっ、」
「ぼやぼやしてると君の兄が動き出す。」
「それは、」
「キャサリン嬢に決まっているだろう。嫡男が王女を娶るんだ。この機にその姉を得ようとする筈だ。」
「それでは漸くキャサリン様をお迎えできるのでしょうか。」
「多分。」
「何が問題で、兄達は婚姻を許されないのでしょう。」
「許さない訳では無かろう。宰相閣下と君の父上は盟友だ。」
「そうなのです。だから不思議なのです。やはり家格が劣るからでしょうか。」
「思うに、宰相閣下の側がゴネたのかもしれん。」
「何をでしょう。」
「何だろうな。」
陛下の執務室に詰める面々を思い浮かべながら、父達の思惑は到底理解出来ないと諦める。彼処は狸と狐の集まりであるから。
「騒がしくなる前にお前を得たい。」
「...」
「嫌か?」
珍しくローレンの語気が弱い。
「いいえ、そうではないのです。
ローレン様、王都の神殿でなければ駄目でしょうか。セントフォード伯爵領の教会では無理でしょうか。」
クローム領を訪って、クリスティナは自身の血の祖を省みた。クリスティナのルーツは山脈と大河に抱かれた温かく逞しい大地にあった。そこで思ったのは、ローレンの始祖についてであった。
「私は、貴方の領地で貴方と二人きりで神の御前で誓えたなら、他に望むものはありません。」
「何の変哲もない小さな領地だぞ。」
「構いませんわ。貴方の始まりの大地が良いのです。」
ローレンはクリスティナを見つめて、
「わかった」とだけ言った。
その横顔は相変わらず憂いを帯びて見えた。
恋に初いクリスティナにも解ってしまった。
エリザベス様は御心にお慕いする殿方がいらっしゃる。
その御心の向けられている先に見当がついて、クリスティナは甘酸っぱいトキメキを感じてしまった。
「今更だろう。」
「え、」
「エリザベス王女がアランを慕っているのは昔からだ。」
「し、知らなかった。」
一週間ぶりの休暇は明日である。
前日の晩をローレンの仮眠室に引き摺り込まれて漸く解放されたクリスティナは、自身の考察をローレンに確かめた。
「仮にアランが妻を得て、エリザベス王女も他家へ降嫁したとして、社交で妻を連れるアランを目にするのは辛いらしい。」
「それは王女のままでも同じ事では?」
「身分が違うだろう。王族であれば諦めも付く。」
「アラン様はエリザベス様の御心に気付いているのでしょうか?」
「先日気付いた。殿下が下手な探りを入れたからな。」
「えっ」
「それ以前から殿下は、アランの元に降嫁する事を王女に勧めていた。」
「だから最近のエリザベス様は憂い顔でいらしたのね。」
「アランが認めれば婚約となるだろう。宰相職を賜る侯爵家の嫡男だ。降嫁先に不足はなかろう。」
「なのにあんな後ろ向きなご様子で、」
「唐変木だからな。」
いや、貴方様もマリアンネ様に同じように呼ばれてましたよ、とは言えない。
「アラン様の御心は、一体何処にあるのでしょう。」
「本気で言っているのか?」
「ええ。」
「いやいい。お前は変わらずそのままでいてくれ。」
「...」
婚約ほやほやの恋人達が、勝手気ままに人の恋路を寝台で向き合いながら語らう。
それを知ってか知らずか、程なくして第一王女殿下と宰相令息の婚約が発表された。
夏の盛り。王家主催の舞踏会での事であった。婚約に関わる諸々の調整がされてから、正式な発表が為されるという。
「エリザベス様、ご婚約お目出度うございます。」
クリスティナ始め、侍女達が寿ぐ。
「ありがとう。皆。」
恥ずかしそうに頬を染める王女が美しい。
「アラン様はフレデリック殿下の側近でございますから、夫君をお支えする事は即ち殿下をお支えする事でございます。これからもエリザベス様がフレデリック殿下のお力になるので間違いございません。」
最古参の侍女メアリーは、エリザベスが心残りにしていた兄への懸念を払拭しようと心を砕いている。
エリザベスとアランの婚約は突然の決定に見えて、実のところ国王陛下と宰相の間で既に取り決められていたらしい。
王太子が地均しをしてもしなくても、エリザベスが悩んでも悩まなくても、アランの気持ちが何処にあるか分からずとも、王女のその身は国のものであり、王族が自分の行く先を選ぶ事など出来ないのである。
フレデリックを支えたいと思う王女の清廉な心を認めながらも、そのままにはしておいてはくれない。
けれども、父王は確かに娘の幸福を願っていたらしい。その恋心を叶えたのだから。
アランは必ずエリザベスを守り幸せにするだろう。彼の心が今は何処にあったとしても、王女を娶ると決めた後は、誠実に向き合い妻への思いやり忘れないだろう。そうして時が二人を真の夫婦に育てる筈である。
クリスティナには、アランの実直で思慮深く穏やかな人柄が、王女の未来を明るく照らすように思えた。
そうして、心の内で恋心を温めてながら政に向き合った来た王女の幸せを願った。
「クリスティナ、早めようと思う。」
「何をでしょう。」
「婚姻を」
「えっ、」
「ぼやぼやしてると君の兄が動き出す。」
「それは、」
「キャサリン嬢に決まっているだろう。嫡男が王女を娶るんだ。この機にその姉を得ようとする筈だ。」
「それでは漸くキャサリン様をお迎えできるのでしょうか。」
「多分。」
「何が問題で、兄達は婚姻を許されないのでしょう。」
「許さない訳では無かろう。宰相閣下と君の父上は盟友だ。」
「そうなのです。だから不思議なのです。やはり家格が劣るからでしょうか。」
「思うに、宰相閣下の側がゴネたのかもしれん。」
「何をでしょう。」
「何だろうな。」
陛下の執務室に詰める面々を思い浮かべながら、父達の思惑は到底理解出来ないと諦める。彼処は狸と狐の集まりであるから。
「騒がしくなる前にお前を得たい。」
「...」
「嫌か?」
珍しくローレンの語気が弱い。
「いいえ、そうではないのです。
ローレン様、王都の神殿でなければ駄目でしょうか。セントフォード伯爵領の教会では無理でしょうか。」
クローム領を訪って、クリスティナは自身の血の祖を省みた。クリスティナのルーツは山脈と大河に抱かれた温かく逞しい大地にあった。そこで思ったのは、ローレンの始祖についてであった。
「私は、貴方の領地で貴方と二人きりで神の御前で誓えたなら、他に望むものはありません。」
「何の変哲もない小さな領地だぞ。」
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ローレンはクリスティナを見つめて、
「わかった」とだけ言った。
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