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【47】
ローレンの生家であるセントフォード伯爵家の領地は、王都から然程遠くない位置にある。
王都郊外には公爵領が広がり、そこから更に東に進んだところが領地であった。
セントフォード伯爵領を目指して馬車は進んでいく。クリスティナは、領地に向かう道中、ふと気がついた。
「ここは、」
「ああ、分かるか?」
「ええ、王立森林公園に雰囲気が似ていると、」
昨年の秋、兄とキャサリン嬢の逢瀬の為に、アランと四人で訪れた森林公園。そこと風景が似ているように思った。
「森林公園となっている樹林帯の奥から先が領地になる。公園に選定されていない箇所はほぼ我が領内だ。人の出入りが限られているから、手つかずの自然の風景が見られる。」
「まあ!そうなのですね!」
「ふっ、どれだけ森林が好きなんだ。」
「森は貴方の香りがするわ。」
ローレンがクリスティナを見つめる。
昨秋、まだ一般に公開されていないエリアの湖をアランと散策していて、そこでテレーゼ王女と一緒にいるローレンを目撃した。
その後ろ姿を思い出すだけで今も胸がちくりと痛むのは、それだけ衝撃が大きかったのだろう。
思案に耽っていると、温かな手がクリスティナの手包む。
「何を考えている。」
「...」
「クリスティナ。」
「貴方を誰にも渡したくないと、」
テレーゼとローレンが心を通わせていると解釈した刹那の焦燥感。
奪われたくない、失いたくないと、ローレンへの執着を自覚した。
今、ローレンの心を得て幸福の最中にいると言うのに、愛を求める心は何処までも貪欲だ。確かな愛の在処を更に確かめたくなる浅ましさが恥ずかしい。
「私が、お前を奪われたくないと思っているとしたら?」
「そんな事はあり得ませんわ。私は若くもありませんし、この地味な容姿です。」
「無自覚に誑し込むのは令嬢のうちは勘弁してやろう。妻となってからは許さないから覚えておくんだ。」
「え、」
ローレンの不穏な発言に混乱していると、繋がれていた手が外されて、それが項を掴み込む。そのままローレンに引き寄せられて唇が重ねられる。
「今、愛を誓うんだ。」
「貴方を愛しています。」
ローレンは、満足気に親指の腹でクリスティナの下唇を翫ぶ。
「何度でも確かめたくなるから婚姻を結ぶのだ。」
「疑っているの?」
「お前はどうなんだ。」
「不安になるのは、きっと自分に自信が持てないからだと思っています。」
「私が自信満々に見えるか?」
「ええ。完璧かと。」
「そんな訳あるか。アランとの距離の近さも気になるし、殿下の執着も叩き落としたい。あの血縁の男も侮れない。私はお前に関しては狭量な男でしか無い。」
「欠けた月も美しいものです。何処も欠けるところの無い月は、次の瞬間から欠け始めることを恐れる。足りないくらいの方が人は強くなれるのかも知れません。」
ローレンは目を細めてクリスティナを見つめている。最近漸くこの表情が満足している表情なのだと解かり始めた。
森林を抜けるとぽつんぽつんと家屋らしきものが見え始める。
なだらかな牧草地帯が広がり、小高い丘を過ぎると街が遠目にも見て分かる。
広がる緑の中にそこだけが色を変えて、赤い屋根と白い壁の建物がこちゃこちゃ集まって見えて来る。
その中心に先端が高く尖った建造物が見えて、あれが教会なのだろうかとぼんやり思った。
夏の盛りを過ぎて、風はからりと湿度を無くして、秋の気配を感じさせる。
また今年もあの色とりどりの秋が見られるのだろうか。湖畔の水面に映った鮮やかな紅葉と針葉樹の緑色。風に舞いあがる木の葉がひらりひらりと降りてくる様。
日差しに照らされた頬を撫でる秋の風。
それらを懐かしく思い出す。
「クリスティナ、婚姻式をひと月後だ。見えるか?彼処で。」
窓の先を指差す方向には、あの尖り屋根が見えていて、やはり彼処が教会なのだと分かった。
「この辺りは穏やかな気候だ。秋には木々が色を変えて美しいそうだ。」
「まあ、ご覧になった事は?ご領地に戻る事は無かったので?」
「無いな。学園に入る頃と卒業した頃に両親に会いに来たくらいかな。紅葉が美しいというのは、両親からの受け売りだ。」
クリスティナの希望が通って、ローレンの領地の教会で式を挙げる事になっていた。
限られた親族のみを呼んでのごく小規模なもので、お披露目の茶会を改めて王都で開いて、関わりあいのある貴族達はそちらに招待することとなった。
クローム領内に足を踏み入れた時を思い出す。知らない土地に入り込む。其処に受け入れてもらう。
そうして祝福を受けて、ローレンの妻となる。
それが、ほんのひと月先の事なのだ。
「夢みたい。」
「それは喜んでいるのか?」
「ええ、勿論。」
「私の妻になることを?」
「勿論ですわ。」
「私も楽しみだ。」
「えっ、貴方にも楽しみが?!」
「人を無感情だと思わないでくれないか。」
「氷の貴公子と呼ばれているわ。」
「知ってる。」
「..なんだか悔しくなって来た。」
「氷は返上しよう。甘い夫になると誓う。」
「真っ先に破られる誓いを立てると?」
恋人達の戯れ合うお喋りは続く。
こんな何気ないひと時が、案外心に残って生涯忘れられない思い出になる事を、クリスティナはまだ知らない。
王都郊外には公爵領が広がり、そこから更に東に進んだところが領地であった。
セントフォード伯爵領を目指して馬車は進んでいく。クリスティナは、領地に向かう道中、ふと気がついた。
「ここは、」
「ああ、分かるか?」
「ええ、王立森林公園に雰囲気が似ていると、」
昨年の秋、兄とキャサリン嬢の逢瀬の為に、アランと四人で訪れた森林公園。そこと風景が似ているように思った。
「森林公園となっている樹林帯の奥から先が領地になる。公園に選定されていない箇所はほぼ我が領内だ。人の出入りが限られているから、手つかずの自然の風景が見られる。」
「まあ!そうなのですね!」
「ふっ、どれだけ森林が好きなんだ。」
「森は貴方の香りがするわ。」
ローレンがクリスティナを見つめる。
昨秋、まだ一般に公開されていないエリアの湖をアランと散策していて、そこでテレーゼ王女と一緒にいるローレンを目撃した。
その後ろ姿を思い出すだけで今も胸がちくりと痛むのは、それだけ衝撃が大きかったのだろう。
思案に耽っていると、温かな手がクリスティナの手包む。
「何を考えている。」
「...」
「クリスティナ。」
「貴方を誰にも渡したくないと、」
テレーゼとローレンが心を通わせていると解釈した刹那の焦燥感。
奪われたくない、失いたくないと、ローレンへの執着を自覚した。
今、ローレンの心を得て幸福の最中にいると言うのに、愛を求める心は何処までも貪欲だ。確かな愛の在処を更に確かめたくなる浅ましさが恥ずかしい。
「私が、お前を奪われたくないと思っているとしたら?」
「そんな事はあり得ませんわ。私は若くもありませんし、この地味な容姿です。」
「無自覚に誑し込むのは令嬢のうちは勘弁してやろう。妻となってからは許さないから覚えておくんだ。」
「え、」
ローレンの不穏な発言に混乱していると、繋がれていた手が外されて、それが項を掴み込む。そのままローレンに引き寄せられて唇が重ねられる。
「今、愛を誓うんだ。」
「貴方を愛しています。」
ローレンは、満足気に親指の腹でクリスティナの下唇を翫ぶ。
「何度でも確かめたくなるから婚姻を結ぶのだ。」
「疑っているの?」
「お前はどうなんだ。」
「不安になるのは、きっと自分に自信が持てないからだと思っています。」
「私が自信満々に見えるか?」
「ええ。完璧かと。」
「そんな訳あるか。アランとの距離の近さも気になるし、殿下の執着も叩き落としたい。あの血縁の男も侮れない。私はお前に関しては狭量な男でしか無い。」
「欠けた月も美しいものです。何処も欠けるところの無い月は、次の瞬間から欠け始めることを恐れる。足りないくらいの方が人は強くなれるのかも知れません。」
ローレンは目を細めてクリスティナを見つめている。最近漸くこの表情が満足している表情なのだと解かり始めた。
森林を抜けるとぽつんぽつんと家屋らしきものが見え始める。
なだらかな牧草地帯が広がり、小高い丘を過ぎると街が遠目にも見て分かる。
広がる緑の中にそこだけが色を変えて、赤い屋根と白い壁の建物がこちゃこちゃ集まって見えて来る。
その中心に先端が高く尖った建造物が見えて、あれが教会なのだろうかとぼんやり思った。
夏の盛りを過ぎて、風はからりと湿度を無くして、秋の気配を感じさせる。
また今年もあの色とりどりの秋が見られるのだろうか。湖畔の水面に映った鮮やかな紅葉と針葉樹の緑色。風に舞いあがる木の葉がひらりひらりと降りてくる様。
日差しに照らされた頬を撫でる秋の風。
それらを懐かしく思い出す。
「クリスティナ、婚姻式をひと月後だ。見えるか?彼処で。」
窓の先を指差す方向には、あの尖り屋根が見えていて、やはり彼処が教会なのだと分かった。
「この辺りは穏やかな気候だ。秋には木々が色を変えて美しいそうだ。」
「まあ、ご覧になった事は?ご領地に戻る事は無かったので?」
「無いな。学園に入る頃と卒業した頃に両親に会いに来たくらいかな。紅葉が美しいというのは、両親からの受け売りだ。」
クリスティナの希望が通って、ローレンの領地の教会で式を挙げる事になっていた。
限られた親族のみを呼んでのごく小規模なもので、お披露目の茶会を改めて王都で開いて、関わりあいのある貴族達はそちらに招待することとなった。
クローム領内に足を踏み入れた時を思い出す。知らない土地に入り込む。其処に受け入れてもらう。
そうして祝福を受けて、ローレンの妻となる。
それが、ほんのひと月先の事なのだ。
「夢みたい。」
「それは喜んでいるのか?」
「ええ、勿論。」
「私の妻になることを?」
「勿論ですわ。」
「私も楽しみだ。」
「えっ、貴方にも楽しみが?!」
「人を無感情だと思わないでくれないか。」
「氷の貴公子と呼ばれているわ。」
「知ってる。」
「..なんだか悔しくなって来た。」
「氷は返上しよう。甘い夫になると誓う。」
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