ラピスラズリの夢

sweet martini

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第1章

ひらめき

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ナタリーは部屋に駆け込むと、ベッドに突っ伏した。
思わず大粒の涙がこぼれる。
3日後に結婚するなど、彼女には信じがたかった。

「恋人さえいたことがないのに」
彼女はしゃくり上げる。

決められていた婚約者と結婚するにしても、お互いに愛が生まれてから結ばれたいのだ。
例えば社交界デビューをした彼女が男性の注目を引いてチヤホヤされ、それに嫉妬心を覚えた婚約者がとうとう彼女に告白し、2人は真実の愛に気がついて身も心も結ばれるとか。
偶然出会って恋に落ちたら、実は婚約者であったとか。
それなのに、ハーギストン家はいたいけな少女の夢をぶち壊そうというのだ。

自分の初めても、ロイに奪われるのだろうか。
また目が潤む。
経験がないからこそ、ナタリーは初めてということに対して憧れを抱いていた。
愛している人に恥ずかしながらも体をさらし、お互いを深め合う…そんな行為であってほしかった。
彼はきっと、他の女の人と同じように自分のことも抱くだろう。
それが1番許せなかった。
ロイに抱かれるくらいなら、ギルバートに初夜を捧げたい。

その時彼女の頭にぴりって電流が駆け抜けた。
ギルバートのところに行けばいいんだわ!
初恋の相手である彼になら抱かれてもいい。
ましてや、ハーギストン家がお手つきの娘を嫁にとることもないだろう。
自分の名案に、彼女は顔をほころばせた。

ギルバートと出会ったのは、12歳の時。
父と共に訪れた屋敷の庭で見かけたのだ。
樹にもたれて眠っていた彼はナタリーの視線に気がつくと、目を開け、そっと微笑んだ。
あの瞬間は一生忘れない。
時間が止まり、一陣の風が吹き抜けたようだった。
彼女は少し哀しげなその笑みに魅了されたのだ。
そして屋敷を訪れる度にギルバートを探すようになった。
彼はいつも寂しげな表情で、それがまたナタリーの心を打った。
それが恋だと気が付いたのはずっと後のこと。
しかしあの思い出は大切な宝物だった。


ナタリーは机からペンと紙を取り出して、計画を立てた。
決行は明後日の夜、全員が寝静まったら。
ベランダから庭に飛び降りれば誰も気づかないだろう。
あらかじめ馬小屋の鍵を盗んでおけば愛馬のシュガーに乗っていける。
何より、前日にいなくなれば式は取りやめになるに違いない。
彼女がペンを置いた瞬間、ドアがノックされた。
「ディナーのお時間です」
ナタリーは慌てて紙を机につっこむと、意気揚々と下に降りていった。
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