異世界勇者はこの手で殺す!ー勇者を殺す魔剣の使い方ー

悩み猫

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プロローグ 6

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「……は?」

 俺の目の前にいた勇者が消えた。
 というより……この場所は何処だ?

 俺がさっきまでいたのは朝日が昇り、軽やかな風が吹く草原。
 しかし、今いる場所は星空が浮かび上がる荒野のど真ん中。
 ただ、そこで1人剣を振り下ろす俺がいる。
 勇者もそのお供2人もいない
 先ほど勇者が空けた穴も無い。
 俺がぶつかって破壊した岩も無い。 
 何が起きているのか全く理解できない。

 はっきりしているのは、勇者を斬った手応えがない事実。
 確実に……勇者を殺す事が出来ていない。
 手が震え、怒りで頭の中が真っ赤に染まる。

「何だよ……何だよこれ!! ふざけんな!」

 これも剣のスキルが関係するのか!?
 いや、スキルは発動させてないし、スキル欄にも追加なんてされてない。
 そうなると勇者が持ってた聖剣の……それも違う! あの時、聖剣は弾き飛ばしたんだ。
 どう考えてもそれはあり得ない。
 魔法や魔術の類でも、使用する直前には必ず陣は現れるはず。
 じゃあ一体何が起きてこの場所に……。 

 ぶつけようの無い怒りがただ溜まっていく。
 持っていた剣を今すぐ叩きつけようとする。
 その瞬間、背筋に寒気が走る。

「誰だ!」

 振り向くと、10m程度先に1人の女性が立っている。
 こんな荒野に似合わない、純白で、汚れが一切無い、エンパイア・ドレスを身に纏いならが。
 明らかに場違いだ。
 この場所にほんの数分いるだけで俺の着ている服は汚れだしているのに、そいつは全く汚れる事はない。

「初めまして。ウィル・ゴールド」
「俺の名前……あんた誰だ」

 すぐに黒刃の剣を構え、剣先を向けるが、女は何も臆しない。
 まるでそんな物じゃ、どうにも出来ないと言っているかのように。

「剣を下げてください。私の名前はエレナ……この世界を管轄する女神です」

 何の迷いも無くそう答える。
 女神……はっ!頭でも狂ってんのかこいつ!

「女神……か。今はそんな冗談なんて聞いてる暇なんて無いんだよ。さっさと消えろ!」

 すると、いきなり剣から黒い靄が噴出し、エレナに強襲すする。
 あ、しまっ……勝手に!
 溜まりに溜まった怒りが八つ当たりをするかのように動いてしまい、今まさにエレナを殺そうとする。
 しかし、女に当たる前に靄は霧散し、消え去る。
 女の周りに球体型の壁はあるかのように一切攻撃が通らない。

「……これで信じてもらえましたか?」
「なっ……一体何なんだ……まだ夢でも見てんのかよ……」
「いえ、現実です。今起きている事は、貴方の目の前に女神が光臨した……ただ、それだけの事です」

 にこりと微笑む自称女神。
 先に言っておく。今、俺の前に立つ女が女神だろうが謝ったり、口調を直したりはしない。
 昔、神様、女神様、助けてくださいと何度願った事か……それを今更ノコノコ出てきて、何の用だと言ってやりたい位だ。

「で、その女神とやらが何の用だ……用が無いならさっさと元いた所に戻れ……今、イライラしてんだよ……」
「貴方にお願いがあり、ここに来ました。剣崎 隼人……あの勇者を殺そうとするのはやめていただけないでしょうか?」
「……あ?」

 その言葉に俺は軽蔑したかのような目を向ける。
 こいつまでも……勇者だからってあいつを特別視してんのか?

「私はあの剣崎 隼人をこの世界に転生させました。理由はこの世界の魔王を倒させる為……2つある目標の中の1つになります。私が転生させる際、様々な能力と聖剣を授け、その目標に向かい、進んでもらっているのです」
「……で?」
「私は過去数回、この世界に異世界の者を転生させています。そうしないと力を授ける事が出来ないからです。しかし、全て失敗に終わりました……が、今度の勇者は絶対にやってくれると核心が持てるのです。それなのに、貴方はそれを邪魔しようとしました。その剣で」

 話を聞きながら、持っている剣に目をやる。
 確かに邪魔した。あいつの冒険を思いっきり。
 ……だから?

「お前さ……あいつの行動見てたんだよな?」
「はい、じっくり観察させていただいています」
「じゃあさ、あいつが俺に何したか……見たんだよな?」

 俺の言葉にほんの少しだけだが、女神の体が反応する。
 今まで見てきたって事は、あいつが俺にしてきた事も見てきた事になる。
 そして、確実にそれを見てきて俺に会いに来たんだ。
 
「……はい」
「へぇ、あれを見て、それでも邪魔するなって言うんだ……仮にも、この世界を管轄する女神様がな」
「……」

 嫌味ったらしくそう言うと女神は表情自体は変えていないが、少しばかり、口元を引く付かる。
 普通、女神って言ったらみんなに平等ぐらいの精神じゃないといけないはずだ。
 それを魔王を倒すってだけのために俺にやった行いを全部見逃せって言っているようなもんだ。

「言っておくが……俺はどんな事があろうと奴に復讐する。この剣がどんなものか全く知らない。この黒い靄だって、色々出てくるスキルとかの原理すら全く分かっていない。正直、俺が持っててもいいのかってぐらい異常な武器だよ。聖剣にだって対抗出来るんだからな。だが、復讐の為ならそんなのどうだっていい。奪おうとする奴がいればそれは敵だ。渡せと言えばそいつも敵だ! 誰にも邪魔なんてさせない……」

 イラ付きを全部ぶちまける。
 俺だって……どうせなら俺だけの力で復讐をしたいさ。でも、出来ない……そんな力なんて俺には無いからだ。
 ただの平凡なガキが、いくら頑張っても、そんなの一捻りで潰される。
 情けないし、みっともない。
 女にこんな文句ばっかぶつけて、何様だと言われても文句すら言えないだろうさ。
 だけど、俺は許す事が出来ない……しちゃいけない。
 そんな考えを持ったら、俺は今度こそ立ち直る事が出来ない。 

 怒りを込めた俺の発言を全て聞き終えると、女神は人差し指を立て、俺に見せる。

「……約束をしましょう」
「約束?」
「勇者に今後二度と手を出さない事、勇者を殺す可能性のあるその剣を私に返還する。その両方を誓えば、貴方の願いを1つ叶えます」
「……!」

 女神は、微笑む表情を一切変えず、一呼吸起き、話す事を続ける。

「貴方の事を見てきました……生まれてすぐ、孤児院に捨てられた事、毎日のように虐待を受けた事、黒髪だった事で周りに苦しめられた事、街の住人から優しくされた事が今までにない事、勇者に騙され必死に溜めたお金を取られた事、勇者殺しの罪を演出され、人生すらも全てめちゃくちゃにされた事、その剣が無ければ貴方は今日の朝に処刑されていた事、全て知っています」
「全部……見てきたって事か」
「えぇ。それを全て知ってお願いしています。願いを叶える事が出来れば、貴方の望む人生を手にする事が出来ます」
「俺が……望む人生……?」
「えぇ、例えば……無粋な行為ですが、お金持ちになりたいといえばこういうことも出来ます」

 女神が片手を前に出すとそこには皮袋が突如、出現する。
 それは俺の目の前にまで浮いて移動すると地面にゆっくりと降りていく。
 中身が少し開かれ、そこから覗くのは金貨の姿。
 俺が今まで見た事のないような量だ。
 だけど……。

「しかし、貴方はお金なんて物はいらないと言うでしょう。望んでいるのはそんな物じゃない。貴方望む人生は……」

 見透かされている。
 俺の望む物を……。
 俺はかみ締めていた口をゆっくりと開く。

「俺の望む人生は……平凡だろうが、楽しいと思える人生……」
「約束します。誓えば、望む願いを必ず叶えます」
「あぁ……ははっ、はははは……」

 何だこれ……そんな簡単に俺の望む人生、手に入れれるのかよ。
 まぁ、俺の望むのは楽しいと思える人生だ。
 それ以外何もいらない。
 黒髪だろうが周りが普通に接してくれる生活。
 金だって最低限生活出来るレベルで十分だ。
 俺は女神の目を見つめる。

「本当にさ……俺の願い叶えてくれるのか? どんな願いでも……」
「はい!」
「そうか……じゃあ、俺の願い、叶えてくれたらこんな剣、すぐに渡すよ」

 それを聞いた女神は先ほどの微笑みとは変わり、満面の笑みに変わる。
 流石女神。この世界にいれば王女にさえ、負けないぐらいの美貌だ。
 女神は胸に手を置き、安心したかのように息を吐く。

「よかったです……貴方が分かってくださって。それでは貴方の願いを言ってください。私はそれに全力で答えます」
「俺も良かったよ……。あぁ……そうだ、俺の願いを言わないとな。俺の願いは」

 俺は大きく息を吸い込み、願いを言う。    
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