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第1章 魔法を極めた王、異世界に行く

2:転生

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 ……ん?
 おぉ、無事に世界へと辿り着けたのか。
 俺の今の姿は……あぁ、魂と呼ばれる霊体かこれは。
 ふむ、見渡す限り木が生い茂っているが……さて、新鮮な死体でも探すか。

 この状態で憑依できるのは意志が弱い子供か死んだばかりの死体だ。
 魔力を考えれば若い年齢の方が鍛えた時に伸びるのを期待できるが……そんな都合よく行かないだろう。
 まぁいいさ。増やす手段などいくらでもある。
 例えば無理やり増やすのであれば脳内の改造を施して容量を無理やり向上させたりとか……いや、魔力とは必ずしも脳ではないのがたまにキズか。

 お? なんか騒がしい場所があるな。
 あれは……子供か。子供が2人、動物を相手に狩りでもしているのか。それにしては苦戦してそうだな。

 俺は魂の状態のまま近付いていく。
 何かおかしい。1人の子供はすでに地面に伏しており、もう1人の銀髪の子供が武器を手に取って目の前の動物に対峙しているのはわかるが、その動物を俺は見たことがない。
 いや姿形は猪と全く同じなんだが、目が4つもあり牙も黒く変色している。
 なんなんだあれは。動きも普通の猪よりも早そうだ。

「ぐあっ!」

 そんな観察をしていると、銀髪の子供が突進を食らって吹き飛ばされた。
 倒れている子供はすでに血を流している。多分銀髪の子供が助けるために頑張ったのかもしれないが、どうやらもう決着がつく寸前なのだろう。
 都合がいい。俺は成り行きを見守ることにした。

「ちく……しょう……」

 子供が血を吐き出しながら猪を睨みつける。手を貸してやってもいいのだが、生憎この魂状態では何かできるわけでもない。
 猪はとどめと言わんばかりに子供に体当たりをし、大きな木に衝突させると勝ち誇ったような顔をした。
 決着だ。この世界も前と同じく弱肉強食であり、この子供は抗う力がなかったに過ぎない。

 猪が動かなくなった子供を尻目にいなくなる。食わない所をみると、腹が減っていなかったのか、それとも遊びで潰したのか。どちらにしろ俺にとっては好都合だ。
 俺はこの子供の死体を借りるために転成憑依魔法を唱えた。
 魂が子供に吸い寄せられ、そのまま全身を駆け巡るように視界が動いていく。
 定着させるには問題ない程の魔力もあり、この体の支配権を俺が征服していく。
 …………ふぅ、完了だ。

 目を開いた俺は体のあちこちが破壊されてることに目をやった。
 これぐらいの傷ならば簡単に修復できるだろう。

「グランデヒール」

 上位治癒魔法だ。骨折や肉体の欠損も治療することができ、失った血液まで復元することができる。
 体が緑色の光に包まれると、折れていた腕や肋骨がすべて治っていく。
 ものの数秒で完治できた。

「ふむ、悪くないな」

 魔力量が足りないと思ったが、この体は意外と保有しているらしい。少しだけ頭痛がするが想定の範囲内だ。
 まずはこの体で魔力量の底上げを行い、その後旅を続けるのがいいだろう。
 幸いにも上空からこの場所を見てみたが、休めそうな場所や飲み水にも困ることはなさそうだ。
 そして問題は……この隣にいる子供だ。背格好からも肉体を拝借した子供の連れだろうか。
 しかしこんな若い年齢のうちから森に狩りに出るほどこの世界は食糧難なのか、それともこんな生活をするのが普通なのかわからん。

「うっ……うぅ……」

 なんとまだ生きているのか。ふむ、困ったぞ?
 これで本当に知り合いなのであれば、俺は話を合わせなければならない。
 だがこのまま見殺しにするのもな。俺は無益な殺生をしないと決めているのだ。
 俺は右手を子供に向かって伸ばし、手のひらを広げながら魔法を唱えた。

「ハイヒール」

 見たところ欠損も無さそうだし血を流してる量も少ない。ハイヒールでも十分に治療可能であろう。
 光が収束すると、子供がゆっくりと起き上がってきた。

「%$◉★@……」

 おっと、こんな時用に俺には翻訳魔法があったんだった。
 さすがに話して分かり合える相手なら会話をした方がいい事もある。俺は小声で翻訳魔法を唱えると、目の前の子供が言ってる意味を理解できた。

「あれ? 私……フォレストボアに体当たりされて……あれ? 生きてる??」

 子供は両手を見つめ体の周りをキョロキョロしながら忙しない動きを始めた。
 さっきの猪はフォレストボアとか言うのか。ぱっと見はただの猪のくせに、この世界では個体名がしっかりついている。この調子ならマウンテンボアとかリバーサイドボアとかなんでも生まれてきそうだな。

 それよりも気になるのはこの子供は耳が少し長く尖っているのだ。金髪の髪に美しい青い瞳を持っている美形で、声の高さからも胸の膨らみからも女性なのだろう。
 年齢は10歳にも満ちていないのか? もしかすると、伝説と呼ばれているエルフではないのだろうか。

 俺は暫く独り言を呟く子供を観察していると、俺に見られてるのに気付いたのか少し頬を染めながら声をかけてきた。

「あ、君が助けてくれたんだよ……ね? あの……ありがとう」
「……あぁ、まぁ猪は逃げたけどな」

 嘘は言っていない。俺はフォレストボアにやられる迄見てただけだし、この傷を治したのも俺だ。
 だがこの反応を見る限りこの体とこの子供はどうやら知り合いではないらしい。
 それなら好都合だ。俺は記憶喪失でこの辺を彷徨いていたことにしよう。

「ちょっと俺も記憶が混乱していてな。ここはどこなんだ?」
「えっ? あ、ここは通称原始の森と言ってボアなどもいる動物達の生息地です」

 話を聞いていくと、どうやらここは街から少し離れた場所にある森らしい。
 この子供は最近この森に来たそうで、食べられる果実を探して森を散策していたら先ほどの猪とバッタリ出会った。
 普段のフォレストボアは臆病で人間を見ても逃げるだけだが、あのフォレストボアは向かってきたそうだ。
 逃げきれなくなり迎え撃とうとしたところ、魔法も物理も効かず体当たりを喰らって倒れてしまったと。

「その……お名前を伺ってもいいですか?」
「あ、あぁそうだったな。俺の名前はーー」

 さて困ったぞ。
 俺はもう魔法王を名乗ってから久しく自分の名前を名乗っていない。
 本名としては「カリジェスティ・アーベロアク・フォンマッシュ・リディーリアム」だがさすがに長すぎるだろう。
 困った顔をしていたのがばれたのか、怪訝そうな顔の子供が俺の首元を見て顔を明るくさせた。

「あ、冒険者なんですね! 名前はアーベルさんですよね!?」
「あ、あぁそうそう。すまんな、ちょっと記憶が混乱しているんだ」

 首にぶら下がっていたタグを取り外すとマジマジと見つめる。
 確かに名前が彫っており、小さな文字で「アーベル」と書いてある。
 翻訳魔法は全言語の理解と文字の識別や書く時にもしっかりと反応してくれるから便利だ。
 それにしても俺とほぼ同じ名前とは珍しい。このまま名乗らせてもらうことにしよう。

「あぁ、俺はアーベルで冒険者だ。記憶が曖昧だが、多分あての無い旅をしていたんだと思う」

 うむ、我ながら苦しい言い訳かもしれないが一度言ったことは貫くしか無い。
 願わくばこの子供が純粋である事を祈ろう……。

「わぁ! そうなんですね! 冒険者さんなんですね! 私のことはエリィって呼んでくださいね?」
(よしっっっ!)

 心のガッツポーズを決めながら、ちょっとした罪悪感が生まれるが問題ない。
 この子はエリィ、そして俺はアーベル。彷徨っていたらボアに体当たりされた可哀想な子供2人ってだけだ。
 以前、何人目かの勇者が魔王城で愚痴ってたが、異世界から渡ってきただけで過度な期待や腫れ物扱いをされるそうだからな。
 俺の正体はバレない方が動きやすい。

「君はなぜこんなところにいたんだい?」
「君じゃなくて、エリィって呼んで!」
「えぇ……」

 初対面の相手を呼び捨てにするのか。俺も魔法王を名乗っていたときは確かにそうだったが……まぁいいか。
 この世界では呼び捨てが普通なのかも知れん。

「んじゃエリィ、何をしていたんだい?」
「んー、えっとね? 私ってさ……ほら、なんか変じゃない?」

 そう言うとエリィは自分の髪を撫であげた。そこに見えるのはやはり尖った耳だ。
 俺の知ってる世界ではエルフは伝説上の生き物だったが、もしかするとこの世界では……彼女の耳からもエルフが存在する可能性が出てきた。

「その……耳のことかい?」
「正解。私ってさ、エルフにしては耳が短いでしょ?」

 ………まさか??
 まるでエルフがこの世界には存在しているかのような物言いだ。女神だめがみに詳しく聞かなかったが、もしかするともしかするのか? 話していた亜人族の中にエルフがいるのか!?
 困惑した様子の俺を他所に、エリィは言葉を続ける。

「そうなの、私はハーフエルフなの。お母さんが人間でお父さんがエルフ。それでね、お母さんが病気で死んじゃったからお父さんを探す旅に……」
「いや、まてまてまてまて。この世界にはエルフがいるのか!?」
「えっ? あ、うん……」

 エルフがいる! その事実だけでもこの世界にやってきた甲斐があるってもんだ!!
 あの女神だめがみのやろう、最初からエルフがいるって言いやがれ!
 エルフと言えば森の民として精霊魔法を駆使し、人間よりも強大な魔力を保有しているのが常だ。
 もし俺がエルフと出会えたなら、魔力の根源や精霊魔法を研究するのに素晴らしい出会いとなる!!
 これは……これはチャンスだ!! 前の世界では試せなかった魔法が試せるかもしれない!!
 俺の顔がヤバそうに見えたのか、少し怪訝な顔をしているエリィの目線に対して一度咳払いをすると、俺は優しい口調で口を開いた。

「そうなると、エリィはお父さんを探す旅に出ているのか?」
「あ、うん、そうだよ? 森にいるって聞いてたから、この森なら深いし大きいし手がかりがあるかなーって」
「わかった! 俺も一緒に探そう!! 俺の記憶は曖昧だが、ここであったのも運命かもしれん。エリィ、一緒に旅をしようではないか!」
「えぇ!? で、でも私……」

 何かもじもじしながらこちらを見ている。早く差し出したこの手を取ってもらわないと、プロポーズで振られた惨めな男みたいになりそうだ。
 お互い無言になって5秒、微動だにしてない俺に向かってようやくエリィが口を開いた。

「わたしハーフエルフだよ? 見た目も人間ともエルフとも違うし……気持ち悪いし……」
「何を言ってるんだ? その尖った耳は魔力が多い証拠だ。それにエリィの見た目は十分に可愛い。一緒に旅をする仲間としても最高のパートナーになりそうじゃないか!!」
「か……可愛い……!?」

 一気に顔を赤くしたエリィが今度は身をよじり始めた。
 俺としても歯が浮くようなセリフだが、ここは背に腹を変えられない。俺の野望のためにもエリィは大事なキーとなる。
 子供を蔑ろにする親などいるはずがない。それならば一緒に旅をしてエルフの里を見つければ間違いなく取り入る隙はあるはずだ。

「さぁ、手を取って。 俺たちは今から一緒のパーティーだ」
「…………はい!」

 目に少し涙を浮かべながら俺の手を取ったエリィ。
 その瞬間俺の腹が大きな唸り声を上げた。

「ぷっ……あははは!」
「いやー、腹が減ったら戦が出来ぬ! どこか休める場所はあるか?」
「うん、向こうに湖があるよ!」

 ひょんな事から大きな拾い物をしたものだ。この世界が俺にとっていい方向へ向かうだろうと予感する。
 俺はエリィと一緒に湖へ向かうこととした。
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