殺しの美学

村上未来

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神になりたい男

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「素晴らしいですね!催眠術はどのような命令も掛けられるのですか!?」

 進行役の男性アナウンサーが、興奮気味に催眠術師へとマイクを向けた。

「命令するのとは違いますけど、催眠術は全ての人間に掛けられるものではありません。暗示に掛かりやすい人もいれば、それとは逆に、本心から催眠術の存在を信じていない人には掛ける事が出来ません」

「へぇー!そういうものなのですね!」

 アナウンサーは大袈裟に相槌を打った。

「そして、どんなに暗示に掛かりやすい人でも、掛けられないものがあります」

「へぇー!?先生程の人でも、掛けられない催眠術があるんですか!?」

「いえ、私だけでは無く、催眠術を扱う人間に言える事なのですが、自殺や殺人などは、人間が持つ自分を守る本能が働き、掛ける事が出来ません」

 その言葉を聞き、伊織の整端な顔に浮かぶ眉がぴくりと動いた。
 画面下に番組テロップが流れる中、アナウンサーと催眠術のやり取りは続いている。

「そうなんですね!それを聞いて安心しました。そんな催眠術が掛けられたら、世間はとんでもない事になってしまいますからね」

「そうですね。我々催眠術師は神ではありませんからね」

「先生、ありがとうございました!では皆様、またどこかで会いましょう!」

 アナウンサーの言葉を最後に、コマーシャルへと切り替わった。
 伊織の脳の細胞が急速に動きだした。そして、一瞬で答えを弾き出した伊織は立ち上がると、ソファーを離れ、パソコンがある机に向かった。
 三十分程、パソコンの画面を眺めていた伊織は眉を顰めた。
 伊織が調べていたのは、催眠術を掛け、罪を犯させる事ができるかどうかだ。しかし、意見は真っ二つに分かれていた。可能だと書いているものも複数あれば、その正反対の不可能だと書いてあるものも複数あった。
 素人が妄想で書いてあるものもあれば、専門家が書いているものもあるだろう。しかし、それは見ただけでは分からない。
 調べればその文章を、信じるに足りる人物が書いるかは分かるだろう。しかしそれは、文章を書いた者の名が書いてある場合だけだ。中には文章を書いた者の名を書いていないものも数多くあった。
 イライラとしながら、マウスを動かす伊織の手が止まった。

『催眠術を掛けられている被験者は、自分の意思に反するものの催眠を掛けられる事はない』

 言い回しは違うが、これと同じ内容を見るのは五度目だ。これが催眠術の定説なのかもしれない。
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