殺しの美学

村上未来

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「んー?…和也さんに任せます」

 可愛らしく尖らした唇に人差し指を押し当て、鈴は身を捩らせた。

「では、何か買って行きましょう。コンビニでいいですか?」

「はい」

 俗にフェニックスと呼ばれるヤシ科の木が、真っ直ぐに続く一本道に小気味良い間隔で植えられている。ライトアップされた道。南国を思わせる風景に、鈴は目を輝かしている。
 左手にコンビニが見えてきた。駐車場には大型のトラックが二台停まっている。まだ何台も大型トラックが停められるだけのスペースが駐車場にはある。
 伊織はコンビニの駐車場の一番端に車を停めた。

「鈴さん、食べ物の好き嫌いはありますか?」

 車を降りる準備をしていた鈴は、動きを止めた。

「えっ?別にありませんよ」

「そうですか。田中さん、三人分の弁当と飲み物を買ってきて貰えますか?」

 伊織が後部座席へと振り返る時には、既に大男は外に飛び出していた。
 顔を鈴へと向け直した伊織は、笑い掛けた。

「…面白い人ですね」

「ふふふ…でも、二人きりですね」

 間近にある整端な顔を見詰める鈴は、何かを期待するような視線を伊織に向けた。

「…そうですね」

 意図的に二人きりになった伊織は、男の顔になり囁いた。
 伊織は鈴に店で食べるか買って食べるかの選択肢を与えた。しかし、端から店で食べる気などなかった。仮に鈴が店で食べたいと言っていたとしても、言葉巧みに買って食べる方向へと誘導するつもりだったのだ。
 車に乗せてからはトイレにも寄らせていない。これから行方不明になる者の手掛かりなど残したくないのだ。
 これから殺されるとも知らない哀れな女は、自分を殺める相手の顔を、うっとりとした表情で見詰めている。

「…和也さん、ほんとに素敵ですね」

 全てを捧げたい相手に、甘い言葉を投げ掛けた。

「…ありがとうございます。鈴さんも素敵ですよ」

 生まれて初めて歯の浮くような言葉を吐いた伊織は、心の中で嘲笑った。どこまでも馬鹿な女だ。大男がどれだけの金を渡したのか知らないが、見ず知らずの相手に何の疑いもなく付いて来た鈴を、伊織は心の底から馬鹿な女だと思った。
 真実を知らない鈴は、顔を赤く染め、キスをねだる乙女のようにそっと瞳を閉じた。
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