殺しの美学

村上未来

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 大男は照れたような顔で鈴を見詰めると、口から飛び出している稲荷寿司を噛み千切った。そして幾度か咀嚼した後、ゆっくりと飲み込み、ウーロン茶で食道の奥へと流し込んだ。

「…朝から何も食べてなかったんですよ。お恥ずかしい所をお見せしました」

 大男はにんまりと笑うと、噛み千切った残りの稲荷寿司を今度は箸を使いゆっくりと口に運んだ。
 大男は自分なりに考えたのだろう。伊織の前でも会話をするようになったようだ。

「…鈴さん、この建物の中には精密機械が置いてあるんです。電波に弱いので携帯の電源を切ってもらえますか?」

 鈴は伊織と会ってから、一度も携帯電源に触っていない。だが所持はしているだろう。伊織はそう思ったようだ。

「そうなんですか?分かりました」

 テーブルに置いたバックから携帯電話を取り出した鈴は、電源を切ると、再びバックの中に戻した。
 その後、食事を終えた三人は、三階にある違う部屋に移動した。
 部屋の真ん中に大きなベッドがある。主の為か来客用なのかは定かではないが、寝室として使われている部屋のようだ。一流ホテルのスイートルームよりもこの部屋は広いかもしれない。
 鈴は今、白い皮製のソファーに座っている。その対面に座っている伊織の椅子は、王様が座るような豪華な造りだ。
 大男は笑顔を浮かべ、窓際に置かれた芦で織られた椅子に座り、二人の様子を見詰めている。

「…鈴さん、今からカウンセリングを行います」

 肘掛けで頬杖を付く伊織は、鈴の目を穏やかな瞳で見詰め、微笑みを浮かべている。

「…はい」

 鈴は少し緊張していた。伊織には既に心を開いているが、このカウンセリングの後に新薬を服用すると思っている。その新薬を服用する事が緊張の要因のようだ。
 鈴は大男から新薬に副作用はないと聞かされている。それもあり、引き受けたのだ。単なるビタミン剤。天然由来の成分だけで作られている為、副作用は絶対にない。鈴は大男のその言葉を信じた。しかし、普段お気楽な鈴であっても、まだ発売されていない薬の被験者になる事が、どんな事かは分かっているようだ。副作用は絶対にないと言われ信じたが、多少の不安はあるのだろう。そんな鈴の変化に伊織は気付いた。
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