殺しの美学

村上未来

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 玄関を出た。車に乗り込んだ伊織は、スマホを取り出し電話を掛けた。

「伊織様、おはようございます。昨日はお戻りにならなかったんですね。何かご用ですか?」

 スマホから、花蓮の優しげな声が聞こえてきた。

「本は俺の部屋に置いてあるか?」

 朝の挨拶を返す事無く、伊織は尋ねた。

「はい、置いてあります」

「館山に俺の別荘があるのを知っているか?」

 伊織は車の中から見える、その別荘を視界に入れながら尋ねた。

「存じ上げております」

 専属になったばかりだが、伊織に関する事は既に頭に入っているのだろう。

「定期的に掃除をさせているのを止めさせろ。誰も入れるな」

「かしこまりました」

 花蓮の返事を聞くと、直ぐに電話を切った。車のエンジンを掛けた。伊織はアクセルを踏んだ。
 来た道を戻るように車で進む中、屋敷に一番近い高速道路の出口を通り過ぎ、車は埼玉県に突入した。
 高速道路を降り、車を走らせ続けた伊織は、とある駅に程近い、道の脇に車を停めた。車の中から見える電信柱には、『朝霞市』と書かれた緑色の看板が巻かれている。
 助手席に置いた鈴のバックから携帯電話を取り出し電源を入れた。
 ロックは掛かっていなかった。それは知っていた。鈴は伊織の要求により、別荘で携帯電話の電源を切っている。その際に鈴は、テーブルに置いたバックから携帯電話を取り出している。伊織はその時、隣に座っていた。伊織は見ていた。真っ黒な画面。ボタンを押された携帯電話の画面には、アプリのアイコンが幾つも並んでいた。指紋認証も顔認証も鈴はやっていなかったのは間違いない。何の認証もせずに、アプリのアイコンが並んでいるホーム画面を映し出すという事は、ロックが掛かっていなかったという事だ。
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