4 / 4
第4話 第一村人ならぬ、第一美少女発見。瀕死の『姫騎士』を拾う。
しおりを挟む
「あの、貴方は……?」
透き通るような銀髪の美少女は、不思議そうな顔で俺を見つめていた。
彼女が着ている鎧は見る影もなく砕け散り、その下の衣服もボロボロだ。白い肌が所々露出し、泥と煤で汚れているが、それでも彼女の持つ高貴なオーラは損なわれていない。
アメジストのような瞳。整った鼻筋。そして何より、凛とした意志の強さを感じさせる表情。
俺がこれまで見てきたどの貴族よりも、彼女は「本物」の気品を漂わせていた。
「俺はレント。しがない冒険者だよ」
「レント様……。私はシルヴィアと申します。……お恥ずかしいところをお見せしました」
シルヴィアと名乗った少女は、悔しそうに唇を噛み締めながら、何とか立ち上がろうとした。
だが、足元がふらつき、再び倒れそうになる。
俺はとっさに彼女の肩を抱いた。
「無理するな。傷は治したけど、体力と血液が足りてない。相当な期間、まともに食べてないんだろ?」
「……はい。この迷宮に入ってから三日、水一滴口にしておりません」
「三日も? よく生きてたな」
Sランク迷宮の最深部で、食料なしで三日生存。
それだけで彼女の実力が只者ではないことが分かる。
俺は【四次元収納】から、先ほどドラゴン討伐のドロップ品の中に混じっていた『世界樹の果実』を取り出した。
ひと口かじれば体力が全快し、満腹感も得られるという神話級のフルーツだ。
「これでも食ってろ」
「こ、これは……なんと芳醇な魔力……! よろしいのですか? これほど高価そうな物を」
「拾い物だから気にするな」
「かたじけない……!」
シルヴィアは果実を受け取ると、上品ながらも貪るように食べた。
その姿を見ながら、俺は尋ねる。
「で、お姫様みたいな格好のあんたが、なんでこんな地獄の底に一人でいたんだ?」
「……私は、ある王国から逃れてきたのです」
果実を食べ終え、少し顔色の良くなったシルヴィアが重い口を開いた。
「我が国は、隣国の帝国の侵略を受け、滅亡の危機に瀕しています。父である国王は病に倒れ、騎士団も壊滅状態……。私は、この状況を打開する力を求めて、伝説にある『竜の心臓』を手に入れるためにここへ来ました」
「竜の心臓?」
「はい。不老不死と万能の魔力を与えるという秘宝です。それがあれば、父の病を治し、帝国軍を追い払えるかもしれないと……」
なるほど。
典型的な「亡国の姫騎士」というやつか。
国を背負って単身でSランク迷宮に挑むとは、無謀だが、その覚悟は嫌いじゃない。
かつての俺も、自分の無能さを呪いながら、それでも必死にパーティに貢献しようとしていた。方向性は違うが、どこか親近感を覚える。
「でも、たどり着いた時にはもう限界でした。竜の部屋に入る前の番人……ゴーレムやキメラとの戦いで消耗しきって、竜の姿を見る前に力尽きてしまったのです」
シルヴィアは悔し涙を浮かべた。
彼女の視線が、奥の広大なドーム――ボス部屋の方へ向く。
「レント様、ここから先には『古の竜』がいるはずです。どうか、引き返してください。貴方がどれほどの使い手かは存じ上げませんが、あの竜は人間が勝てる相手ではありません」
「ああ、竜ならもういないぞ」
「え?」
「さっき俺が倒した」
俺は事もなげに言った。
シルヴィアがポカンと口を開ける。
可憐な顔が台無しになるくらいのマヌケ面だ。
「た、倒した? お一人で? あのエンシェントドラゴンを?」
「うん。なんかデコピン……じゃなかった、石を投げたら死んだ」
「い、石……?」
「素材は全部回収したから、ここにはもう何もないよ。あ、竜の心臓も持ってるけど、見るか?」
俺はポケットから、ドクンドクンと脈打つ真っ赤な結晶体を取り出した。
バスケットボール大の大きさがあるそれは、周囲の空間を歪めるほどの魔力を放っている。
「ひっ……!?」
シルヴィアが悲鳴を上げて後ずさった。
あまりの魔力濃度に、常人なら近づくだけで精神汚染を起こしかねない代物だ。
「こ、これが伝説の……! 本物……!」
「お前が欲しかったの、これだろ? まあ、国を救うのに必要ならやってもいいけど」
「そ、そのような! 国宝級どころか、世界そのもののバランスを変えるほどのアーティファクトです! 命を救われた上に、そのような高価な物を頂くわけにはいきません!」
真面目だな。
俺なら「ラッキー」と言って貰うところだが。
こういう実直なところも、彼女が「姫騎士」たる所以なのだろう。
「まあ、今はここを出るのが先決だ。話は地上に戻ってからにしよう」
「は、はい。ですが、帰りの道も危険です。魔物たちが……」
「大丈夫だ。俺について来れば、散歩みたいなもんだから」
俺はシルヴィアの手を取り、歩き出した。
彼女の手は震えていたが、俺が握ると少し安心したように力が抜けた。
二人で第百階層の階段を上る。
第九十九階層。
そこは、俺がゴーレムを沈めた場所だ。
「あっ……あれは!?」
シルヴィアが指差した先には、俺が置き去りにしていった(回収し忘れていた残骸の一部の)ゴーレムの腕が転がっていた。
かつては彼女を苦しめたであろう最強の番人のパーツが、まるで壊れた玩具のようにひしゃげている。
「アダマンタイトの腕が、飴細工のように……。レント様、これを貴方が?」
「まあな。ちょっと柔らかくしたんだ」
「柔らかく……? 物理法則を無視していますわ……」
彼女は戦慄の眼差しで俺の背中を見た。
尊敬と恐怖が入り混じったような目だ。
悪い気はしない。ずっと「役立たず」と言われ続けてきた俺にとって、誰かに認められる(というか畏怖される)のは新鮮な快感だった。
その時。
ズズズ……と地面が揺れた。
「グルアアアアッ!」
通路の奥から、無数の影が現れた。
『ブラッド・キメラ』の群れだ。
ライオンの頭、山羊の胴体、蛇の尾を持つ凶暴な合成獣。
その数、およそ五十体。
どうやら、ボスの死によってダンジョンの生態系が乱れ、魔物たちが暴走しているらしい。
「キメラの群れ! レント様、逃げましょう! この数は無理です!」
シルヴィアが俺の前に飛び出し、折れた剣を構えようとした。
騎士としての本能なのだろう。
自分が傷ついているのも忘れて、俺を守ろうとするその姿。
ああ、やっぱりこいつはいい奴だ。
俺を囮にして逃げたヴァルスたちとは大違いだ。
「下がってていいよ、シルヴィア」
俺は彼女の肩を軽く叩き、前に出た。
「でも、武器も持っていないのに!」
「武器? ああ、そういえば素手だったな」
俺は周囲を見渡した。
手頃な石ころもない。
あるのは、壁に生えている苔くらいか。
いや、武器なんて何でもいいんだった。
「じゃあ、これでいいか」
俺は『空気』を掴んだ。
比喩ではない。
空間そのものを掌の中に圧縮し、剣の形に固定する。
「【空間固定(スペース・ロック)】付与。【切断強化】付与。【範囲拡大】付与」
俺の手の中に、陽炎のように揺らぐ透明な剣が現れた。
空気の密度を極限まで高め、物理的な刃としたものだ。
重さはゼロだが、切れ味は空間ごと切り裂くレベル。
「キメラ風情が、俺の帰り道を塞ぐなよ」
俺は透明な剣を、無造作に横に薙いだ。
ヒュッ。
風を切る音さえしなかった。
ただ、視界の水平線が一度だけズレたような錯覚。
直後。
五十体のキメラの群れが、一斉に静止した。
そして次の瞬間、すべてのキメラの上半身と下半身が、まるで最初から別の物体であったかのように滑り落ちた。
ドサドサドサドサッ!!
大量の肉塊が地面に落ちる音だけが、洞窟内に響き渡る。
鮮血の噴水が上がり、通路が赤く染まった。
一振り。
たった一振りで、Sランク魔物の大群が全滅した。
「……え?」
シルヴィアの声が裏返っていた。
彼女は自分の目を疑うように、何度も瞬きをしている。
「魔法? いえ、剣技? 今、何をしたのですか? 何も見えませんでした……」
「空気を固めて切っただけだ。便利だろ? 刃こぼれしないし」
「空気を……固めて……?」
シルヴィアは理解が追いつかないようで、フラフラと目眩を起こしていた。
まあ、無理もない。
俺も昨日までの自分が見たら気絶している自信がある。
「さて、掃除も済んだし行こうか」
「……レント様」
「ん?」
「貴方は、神様なのですか?」
真剣な顔で聞かれた。
「いや、ただの付与術師だ」
「付与術師……? 私の知っている付与術師と、定義が根本的に異なります……」
「よく言われる(今日からだけど)」
俺たちは再び歩き出した。
シルヴィアは、俺の背中を見る目が完全に変わっていた。
最初は恩人を見る目だったのが、今は「崇拝」に近い色を帯びている。
彼女の頬が微かに赤いのは、興奮のせいか、それとも――。
そんなことを考えながら歩いていると、シルヴィアが悲しげに自分の手元を見ているのに気づいた。
彼女が握りしめているのは、柄だけになった剣だ。
刀身のほとんどが砕け散り、残っているのは根本の数センチのみ。
「……大切な剣だったのか?」
「はい。これは王家に伝わる聖剣『白銀の誓い』……のなれの果てです。父から託された国宝でしたが、私の未熟さゆえに、ゴーレムの装甲に弾かれて折れてしまいました」
彼女は今にも泣き出しそうな顔で、折れた剣を胸に抱いた。
「この剣がなければ、私は騎士として……それに、国を救う資格も……」
「貸してみな」
「え?」
「直せるかもしれない」
「直すと言っても、刀身が失われています。鍛冶師でも、これは……」
「鍛冶じゃ直せないなら、付与(エンチャント)で直せばいい」
俺は彼女の手から、折れた聖剣を受け取った。
確かに酷い状態だ。
魔力も枯渇し、ただの鉄屑になりかけている。
だが、微かに残る「核」の部分は死んでいない。
「再生、強化、そして進化」
俺の無限の魔力が、剣の柄へと注ぎ込まれる。
俺自身の肉体を書き換えた時と同じ要領だ。
失われた刀身を魔力で補い、さらに、元の素材であったミスリルを超える『オリハルコン』以上の強度と魔導伝導率を持つ物質へと変換する。
カッ!!
眩い光が俺の手元から溢れ出した。
洞窟全体が昼間のように照らされ、神聖な鐘の音がどこからともなく聞こえてくる。
「な、何が起きて……!?」
シルヴィアが腕で顔を覆う。
光が収まると、そこには――。
かつての姿とは似ても似つかない、しかし圧倒的に神々しい輝きを放つ剣があった。
刀身は透き通るようなクリスタル状に変化し、内部には七色の光が脈打っている。
柄の部分には、俺が付与した新しい概念『絶対切断』と『所有者守護』の紋様が刻まれていた。
「はい、お返し」
「こ、これは……?」
「ちょっとバージョンアップしておいた。『真・聖剣』ってところかな。これならドラゴンだろうが魔王だろうが、豆腐みたいに切れるはずだ」
俺は軽く言って、生まれ変わった剣を彼女に渡した。
シルヴィアは震える手でそれを受け取る。
瞬間、剣が喜びの声を上げるように共鳴(ハウリング)し、シルヴィアの全身を清らかな光が包み込んだ。
「あ……ああ……力が、溢れてくる……。剣が、私に語りかけてきます……」
彼女の瞳から、大粒の涙が溢れた。
それは悲しみの涙ではなく、感動と歓喜の涙だった。
「レント様……! 貴方は、私の命だけでなく、騎士としての誇りまで救ってくださいました……!」
「大げさだって。さ、行こうぜ。地上に出たら、美味しいもんでも食おう」
俺は照れ隠しに先を急いだ。
背後で、シルヴィアが剣を天に掲げ、何かを誓うように呟いたのが聞こえた。
「この命、そしてこの剣。すべて貴方様に捧げます――我が主(マスター)」
……ん?
今、主とか聞こえたような気がするが、空耳だろうか。
まあいい。
こうして俺は、最強の能力と、最初の仲間(兼、嫁候補?)を手に入れて、地上への帰路についたのだった。
だが俺はまだ知らない。
地上に戻った瞬間、俺を待ち受けている大騒動を。
そして、俺を捨てた元パーティ『栄光の剣』が、今まさに悲惨な状況に追い込まれつつあることを。
(続く)
透き通るような銀髪の美少女は、不思議そうな顔で俺を見つめていた。
彼女が着ている鎧は見る影もなく砕け散り、その下の衣服もボロボロだ。白い肌が所々露出し、泥と煤で汚れているが、それでも彼女の持つ高貴なオーラは損なわれていない。
アメジストのような瞳。整った鼻筋。そして何より、凛とした意志の強さを感じさせる表情。
俺がこれまで見てきたどの貴族よりも、彼女は「本物」の気品を漂わせていた。
「俺はレント。しがない冒険者だよ」
「レント様……。私はシルヴィアと申します。……お恥ずかしいところをお見せしました」
シルヴィアと名乗った少女は、悔しそうに唇を噛み締めながら、何とか立ち上がろうとした。
だが、足元がふらつき、再び倒れそうになる。
俺はとっさに彼女の肩を抱いた。
「無理するな。傷は治したけど、体力と血液が足りてない。相当な期間、まともに食べてないんだろ?」
「……はい。この迷宮に入ってから三日、水一滴口にしておりません」
「三日も? よく生きてたな」
Sランク迷宮の最深部で、食料なしで三日生存。
それだけで彼女の実力が只者ではないことが分かる。
俺は【四次元収納】から、先ほどドラゴン討伐のドロップ品の中に混じっていた『世界樹の果実』を取り出した。
ひと口かじれば体力が全快し、満腹感も得られるという神話級のフルーツだ。
「これでも食ってろ」
「こ、これは……なんと芳醇な魔力……! よろしいのですか? これほど高価そうな物を」
「拾い物だから気にするな」
「かたじけない……!」
シルヴィアは果実を受け取ると、上品ながらも貪るように食べた。
その姿を見ながら、俺は尋ねる。
「で、お姫様みたいな格好のあんたが、なんでこんな地獄の底に一人でいたんだ?」
「……私は、ある王国から逃れてきたのです」
果実を食べ終え、少し顔色の良くなったシルヴィアが重い口を開いた。
「我が国は、隣国の帝国の侵略を受け、滅亡の危機に瀕しています。父である国王は病に倒れ、騎士団も壊滅状態……。私は、この状況を打開する力を求めて、伝説にある『竜の心臓』を手に入れるためにここへ来ました」
「竜の心臓?」
「はい。不老不死と万能の魔力を与えるという秘宝です。それがあれば、父の病を治し、帝国軍を追い払えるかもしれないと……」
なるほど。
典型的な「亡国の姫騎士」というやつか。
国を背負って単身でSランク迷宮に挑むとは、無謀だが、その覚悟は嫌いじゃない。
かつての俺も、自分の無能さを呪いながら、それでも必死にパーティに貢献しようとしていた。方向性は違うが、どこか親近感を覚える。
「でも、たどり着いた時にはもう限界でした。竜の部屋に入る前の番人……ゴーレムやキメラとの戦いで消耗しきって、竜の姿を見る前に力尽きてしまったのです」
シルヴィアは悔し涙を浮かべた。
彼女の視線が、奥の広大なドーム――ボス部屋の方へ向く。
「レント様、ここから先には『古の竜』がいるはずです。どうか、引き返してください。貴方がどれほどの使い手かは存じ上げませんが、あの竜は人間が勝てる相手ではありません」
「ああ、竜ならもういないぞ」
「え?」
「さっき俺が倒した」
俺は事もなげに言った。
シルヴィアがポカンと口を開ける。
可憐な顔が台無しになるくらいのマヌケ面だ。
「た、倒した? お一人で? あのエンシェントドラゴンを?」
「うん。なんかデコピン……じゃなかった、石を投げたら死んだ」
「い、石……?」
「素材は全部回収したから、ここにはもう何もないよ。あ、竜の心臓も持ってるけど、見るか?」
俺はポケットから、ドクンドクンと脈打つ真っ赤な結晶体を取り出した。
バスケットボール大の大きさがあるそれは、周囲の空間を歪めるほどの魔力を放っている。
「ひっ……!?」
シルヴィアが悲鳴を上げて後ずさった。
あまりの魔力濃度に、常人なら近づくだけで精神汚染を起こしかねない代物だ。
「こ、これが伝説の……! 本物……!」
「お前が欲しかったの、これだろ? まあ、国を救うのに必要ならやってもいいけど」
「そ、そのような! 国宝級どころか、世界そのもののバランスを変えるほどのアーティファクトです! 命を救われた上に、そのような高価な物を頂くわけにはいきません!」
真面目だな。
俺なら「ラッキー」と言って貰うところだが。
こういう実直なところも、彼女が「姫騎士」たる所以なのだろう。
「まあ、今はここを出るのが先決だ。話は地上に戻ってからにしよう」
「は、はい。ですが、帰りの道も危険です。魔物たちが……」
「大丈夫だ。俺について来れば、散歩みたいなもんだから」
俺はシルヴィアの手を取り、歩き出した。
彼女の手は震えていたが、俺が握ると少し安心したように力が抜けた。
二人で第百階層の階段を上る。
第九十九階層。
そこは、俺がゴーレムを沈めた場所だ。
「あっ……あれは!?」
シルヴィアが指差した先には、俺が置き去りにしていった(回収し忘れていた残骸の一部の)ゴーレムの腕が転がっていた。
かつては彼女を苦しめたであろう最強の番人のパーツが、まるで壊れた玩具のようにひしゃげている。
「アダマンタイトの腕が、飴細工のように……。レント様、これを貴方が?」
「まあな。ちょっと柔らかくしたんだ」
「柔らかく……? 物理法則を無視していますわ……」
彼女は戦慄の眼差しで俺の背中を見た。
尊敬と恐怖が入り混じったような目だ。
悪い気はしない。ずっと「役立たず」と言われ続けてきた俺にとって、誰かに認められる(というか畏怖される)のは新鮮な快感だった。
その時。
ズズズ……と地面が揺れた。
「グルアアアアッ!」
通路の奥から、無数の影が現れた。
『ブラッド・キメラ』の群れだ。
ライオンの頭、山羊の胴体、蛇の尾を持つ凶暴な合成獣。
その数、およそ五十体。
どうやら、ボスの死によってダンジョンの生態系が乱れ、魔物たちが暴走しているらしい。
「キメラの群れ! レント様、逃げましょう! この数は無理です!」
シルヴィアが俺の前に飛び出し、折れた剣を構えようとした。
騎士としての本能なのだろう。
自分が傷ついているのも忘れて、俺を守ろうとするその姿。
ああ、やっぱりこいつはいい奴だ。
俺を囮にして逃げたヴァルスたちとは大違いだ。
「下がってていいよ、シルヴィア」
俺は彼女の肩を軽く叩き、前に出た。
「でも、武器も持っていないのに!」
「武器? ああ、そういえば素手だったな」
俺は周囲を見渡した。
手頃な石ころもない。
あるのは、壁に生えている苔くらいか。
いや、武器なんて何でもいいんだった。
「じゃあ、これでいいか」
俺は『空気』を掴んだ。
比喩ではない。
空間そのものを掌の中に圧縮し、剣の形に固定する。
「【空間固定(スペース・ロック)】付与。【切断強化】付与。【範囲拡大】付与」
俺の手の中に、陽炎のように揺らぐ透明な剣が現れた。
空気の密度を極限まで高め、物理的な刃としたものだ。
重さはゼロだが、切れ味は空間ごと切り裂くレベル。
「キメラ風情が、俺の帰り道を塞ぐなよ」
俺は透明な剣を、無造作に横に薙いだ。
ヒュッ。
風を切る音さえしなかった。
ただ、視界の水平線が一度だけズレたような錯覚。
直後。
五十体のキメラの群れが、一斉に静止した。
そして次の瞬間、すべてのキメラの上半身と下半身が、まるで最初から別の物体であったかのように滑り落ちた。
ドサドサドサドサッ!!
大量の肉塊が地面に落ちる音だけが、洞窟内に響き渡る。
鮮血の噴水が上がり、通路が赤く染まった。
一振り。
たった一振りで、Sランク魔物の大群が全滅した。
「……え?」
シルヴィアの声が裏返っていた。
彼女は自分の目を疑うように、何度も瞬きをしている。
「魔法? いえ、剣技? 今、何をしたのですか? 何も見えませんでした……」
「空気を固めて切っただけだ。便利だろ? 刃こぼれしないし」
「空気を……固めて……?」
シルヴィアは理解が追いつかないようで、フラフラと目眩を起こしていた。
まあ、無理もない。
俺も昨日までの自分が見たら気絶している自信がある。
「さて、掃除も済んだし行こうか」
「……レント様」
「ん?」
「貴方は、神様なのですか?」
真剣な顔で聞かれた。
「いや、ただの付与術師だ」
「付与術師……? 私の知っている付与術師と、定義が根本的に異なります……」
「よく言われる(今日からだけど)」
俺たちは再び歩き出した。
シルヴィアは、俺の背中を見る目が完全に変わっていた。
最初は恩人を見る目だったのが、今は「崇拝」に近い色を帯びている。
彼女の頬が微かに赤いのは、興奮のせいか、それとも――。
そんなことを考えながら歩いていると、シルヴィアが悲しげに自分の手元を見ているのに気づいた。
彼女が握りしめているのは、柄だけになった剣だ。
刀身のほとんどが砕け散り、残っているのは根本の数センチのみ。
「……大切な剣だったのか?」
「はい。これは王家に伝わる聖剣『白銀の誓い』……のなれの果てです。父から託された国宝でしたが、私の未熟さゆえに、ゴーレムの装甲に弾かれて折れてしまいました」
彼女は今にも泣き出しそうな顔で、折れた剣を胸に抱いた。
「この剣がなければ、私は騎士として……それに、国を救う資格も……」
「貸してみな」
「え?」
「直せるかもしれない」
「直すと言っても、刀身が失われています。鍛冶師でも、これは……」
「鍛冶じゃ直せないなら、付与(エンチャント)で直せばいい」
俺は彼女の手から、折れた聖剣を受け取った。
確かに酷い状態だ。
魔力も枯渇し、ただの鉄屑になりかけている。
だが、微かに残る「核」の部分は死んでいない。
「再生、強化、そして進化」
俺の無限の魔力が、剣の柄へと注ぎ込まれる。
俺自身の肉体を書き換えた時と同じ要領だ。
失われた刀身を魔力で補い、さらに、元の素材であったミスリルを超える『オリハルコン』以上の強度と魔導伝導率を持つ物質へと変換する。
カッ!!
眩い光が俺の手元から溢れ出した。
洞窟全体が昼間のように照らされ、神聖な鐘の音がどこからともなく聞こえてくる。
「な、何が起きて……!?」
シルヴィアが腕で顔を覆う。
光が収まると、そこには――。
かつての姿とは似ても似つかない、しかし圧倒的に神々しい輝きを放つ剣があった。
刀身は透き通るようなクリスタル状に変化し、内部には七色の光が脈打っている。
柄の部分には、俺が付与した新しい概念『絶対切断』と『所有者守護』の紋様が刻まれていた。
「はい、お返し」
「こ、これは……?」
「ちょっとバージョンアップしておいた。『真・聖剣』ってところかな。これならドラゴンだろうが魔王だろうが、豆腐みたいに切れるはずだ」
俺は軽く言って、生まれ変わった剣を彼女に渡した。
シルヴィアは震える手でそれを受け取る。
瞬間、剣が喜びの声を上げるように共鳴(ハウリング)し、シルヴィアの全身を清らかな光が包み込んだ。
「あ……ああ……力が、溢れてくる……。剣が、私に語りかけてきます……」
彼女の瞳から、大粒の涙が溢れた。
それは悲しみの涙ではなく、感動と歓喜の涙だった。
「レント様……! 貴方は、私の命だけでなく、騎士としての誇りまで救ってくださいました……!」
「大げさだって。さ、行こうぜ。地上に出たら、美味しいもんでも食おう」
俺は照れ隠しに先を急いだ。
背後で、シルヴィアが剣を天に掲げ、何かを誓うように呟いたのが聞こえた。
「この命、そしてこの剣。すべて貴方様に捧げます――我が主(マスター)」
……ん?
今、主とか聞こえたような気がするが、空耳だろうか。
まあいい。
こうして俺は、最強の能力と、最初の仲間(兼、嫁候補?)を手に入れて、地上への帰路についたのだった。
だが俺はまだ知らない。
地上に戻った瞬間、俺を待ち受けている大騒動を。
そして、俺を捨てた元パーティ『栄光の剣』が、今まさに悲惨な状況に追い込まれつつあることを。
(続く)
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
竜騎士の俺は勇者達によって無能者とされて王国から追放されました、俺にこんな事をしてきた勇者達はしっかりお返しをしてやります
しまうま弁当
ファンタジー
ホルキス王家に仕えていた竜騎士のジャンはある日大勇者クレシーと大賢者ラズバーによって追放を言い渡されたのだった。
納得できないジャンは必死に勇者クレシーに訴えたが、ジャンの意見は聞き入れられずにそのまま国外追放となってしまう。
ジャンは必ずクレシーとラズバーにこのお返しをすると誓ったのだった。
そしてジャンは国外にでるために国境の町カリーナに向かったのだが、国境の町カリーナが攻撃されてジャンも巻き込まれてしまったのだった。
竜騎士ジャンの無双活劇が今始まります。
極寒の国を追放された俺、南の島で『日光浴』無双!常夏ハーレムを築いて最強リゾートライフ~凍える故国が泣きついてきても、もう遅い~
たまごころ
ファンタジー
「役立たずの『日光浴』スキル持ちなど、我が極寒の王国には不要だ!」
万年雪に閉ざされた北の軍事国家。
そこで兵站係をしていた少年・カイは、寒さに震えるだけの無能と罵られ、国外追放を言い渡される。
身一つで流された先は、魔物が蔓延ると噂される未開の『南の島』だった。
死を覚悟したカイだったが、強烈な日差しを浴びた瞬間、スキルが覚醒する。
彼のスキルはただ日光を浴びるだけのものではなく、太陽のエネルギーを魔力に変え、植物を操り、天候すら支配する太陽神の権能『トロピカル・ロード』だったのだ!
「え、このヤシの実、食べるとステータスが倍になる?」
「俺が作ったハンモックで寝るだけで、HPが全回復?」
カイは瞬く間に安全地帯を作り上げ、極上のリゾートライフを開始する。
助けた人魚の姫、森に住む褐色のハイエルフ、漂着した女騎士……。
集まってきた美少女たちと、南国フルーツや海鮮BBQに舌鼓を打ち、夜はハーレムで大忙し。
一方、カイを追い出した故国では、彼が密かに行っていた気温調整や物資管理が途絶え、未曾有の大寒波と飢饉に襲われていた。
勇者パーティもカイの支援なしではダンジョン攻略ができず、没落の一途をたどる。
「頼む、戻ってきてくれ!」と泣きつかれても、カイは冷たいトロピカルジュースを飲みながらこう答えるのだ。
「いまさら? 俺はこの楽園で忙しいから、帰らないよ」
これは、南の島で最強の力を手に入れた少年が、極上のスローライフを送りながら、自分を捨てた者たちを見返す、爽快成り上がりファンタジー。
世界最強の賢者、勇者パーティーを追放される~いまさら帰ってこいと言われてももう遅い俺は拾ってくれた最強のお姫様と幸せに過ごす~
aoi
ファンタジー
「なぁ、マギそろそろこのパーティーを抜けてくれないか?」
勇者パーティーに勤めて数年、いきなりパーティーを戦闘ができずに女に守られてばかりだからと追放された賢者マギ。王都で新しい仕事を探すにも勇者パーティーが邪魔をして見つからない。そんな時、とある国のお姫様がマギに声をかけてきて......?
お姫様の為に全力を尽くす賢者マギが無双する!?
隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜
桜井正宗
ファンタジー
能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。
スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。
真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。
最上級のパーティで最底辺の扱いを受けていたDランク錬金術師は新パーティで成り上がるようです(完)
みかん畑
ファンタジー
最上級のパーティで『荷物持ち』と嘲笑されていた僕は、パーティからクビを宣告されて抜けることにした。
在籍中は僕が色々肩代わりしてたけど、僕を荷物持ち扱いするくらい優秀な仲間たちなので、抜けても問題はないと思ってます。
(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います
しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。
防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました
かにくくり
ファンタジー
魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。
しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。
しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。
勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。
そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。
相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。
※小説家になろうにも掲載しています。
『農業スキルはいらない』と追放されたが、魔境の開拓ライフが勝手に世界配信されていた件。聖女や竜が集まり、元仲間は完全に詰みました
たまごころ
ファンタジー
「悪いがクビだ。魔王討伐に『農業』スキルなんて役に立たないからな」
幼馴染の勇者からそう告げられ、俺、アレンはパーティを追放された。
あてがわれたのは、人が住めないと言われるS級危険地帯『死の荒野』。
しかし、彼らは知らなかった。俺の農業スキルが、レベルアップによって神の領域(ギフト)に達していたことを。
俺が耕せば荒野は豊潤な大地に変わり、植えた野菜はステータスを爆上げする神話級の食材になり、手にしたクワは聖剣すら凌駕する最強武器になる!
「ここなら誰にも邪魔されず、最高の野菜が作れそうだ」
俺は荒野で拾ったフェンリル(美少女化)や、野菜の匂いにつられた聖女様、逃げてきたエルフの姫君たちと、にぎやかで楽しいスローライフを送ることにした。
その一方で、俺の生活が、荒野に落ちていた古代のアーティファクトによって、勝手に世界中に『生配信』されていることには全く気づいていなかった。
「え、この野菜食べただけで瀕死の重傷が治った!?」
「主様、強すぎます! ドラゴンを大根で叩き落とすなんて!」
『コメント:なんだこの配信……神か?』
『コメント:勇者パーティが苦戦してるダンジョン、この人の家の庭じゃね?』
これは、無自覚に最強の農園を作り上げた男が、世界中から崇拝され、一方で彼を追放した勇者パーティが没落していく様子を、リスナーと共にほのぼのと見守る物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる