転生勇者なのに最弱職?──気づいたら神々すら平伏す世界最強でした

たまごころ

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第6話 魔物を祈りで討つ男

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 森の夜が明け、朝の陽光が木漏れ日となって降り注いでいた。  
 昨夜の焚き火の残り火を足元で潰しながら、俺は静かに伸びをする。  
 隣ではリンが剣を磨き、ソフィアが祈りの言葉を唱えていた。穏やかな朝の光景だが、心の奥には緊張があった。  

 昨夜、レーヴァの声が警告していた。「闇もまた目を覚ます」と。  
 そして――それはまるで予知だったかのように、村から東に広がる街道沿いで異常が起きていた。  
 木々が呪われたように枯れ、人を襲う魔物が群れを作るという報せが届いたのだ。  

「行こう、放っておけない」  
 俺の言葉に、リンが肩をすくめる。  
「まったく。あんた、休むって言葉知らないの?」  
「放っておいたら誰かが死ぬ」  
「……はぁ、しょうがないね。巫女様、あたしら行くよ」  
「ええ。神々の導きが、きっと私たちを守ってくれます」  

 三人は荷をまとめ、森を抜けて街道へと向かった。  
 道中、風に混じって血の匂いが漂い始める。嫌な予感がした。  
 やがて一つの集落に出たとき、その予感は的中する。  

 家屋が崩れ、瓦礫の中に黒い爪跡が残っていた。  
 人影はない。代わりに、家の影から伸びる長い尾と鋭い息づかい――。  
 巨大な狼。だが普通の魔獣ではない。背中に歪んだ紋章、どす黒い霧のような祈りがまとわりついていた。  

「黒祈り人の仕業だな……これ」  
 リンが呟く。  
「祈りの歪みが増してる。あんたの力、また貸してもらうよ」  
「言われなくても」  

 狼が咆哮した瞬間、その声だけで瓦礫が粉砕された。空気が震え、虹色の閃光が走る。  
 俺は反射的に両手を組み、祈りの詠唱を展開する。  
 胸の奥で光が脈打ち、空間が反転したように静寂が訪れた。  

「癒祈・護輪!」  

 淡い光の輪が三人を包み、衝撃を吸収する。  
 だが狼の速さは凄まじい。気づけば目前に迫っていた。  
 リンが剣を抜きざまに斬りつけ、ソフィアが後方で詠唱を続ける。  
 その一瞬の間に俺は祈りを重ねる。  

「断罪・聖嵐!」  

 掌から放たれた光の柱が狼の体を貫いた。  
 耳を裂くような咆哮、そして爆発。  
 衝撃で地面が抉れ、砂塵が舞う。  
 視界が晴れたとき、狼は倒れていた。胸から光が溢れ、やがて静かに砕ける。  

 その場に残ったのは、淡く光る結晶。祈りの核だ。  
 リンがそれを拾い上げ、苦々しく言う。  
「間違いない、こいつ、人の祈りを喰ってた。近くの村の連中……」  
 言葉の続きを飲み込んだ。  

 俺は膝をつき、胸の前で手を合わせる。  
 黒祈りに侵された命を、せめて祈りで見送る。  
 ソフィアがそっと膝をつき、肩に手を置いた。  
「葵様。貴方の祈りは、ただの力ではありません。亡き者を癒すこともできる。それこそが神選の証です」  
 静かにうなずく。  
「でも、できることなら……こんな祈り、使わずに済む世界にしたい」  

 そうして三人は瓦礫を越え、奥の森へ進んだ。  
 しかし、そこで予想外の光景に出くわす。  
 壊れた祭壇の前で、ひとりの老人が祈りを捧げていた。  
 痩せた体、煤けたローブ。まるで何年もこの場を離れていないかのように見える。  

「……誰?」  
 リンが剣に手を掛けると、老人はゆっくり顔を上げた。  
 その瞳は白濁していた――盲目なのだ。  

「私はこの地の守人。祈りの番をしておったが、もう止められぬ」  
「止められない?」  
「かつて“祈祷士”の禁忌に触れた者がいた。人の願いすべてを一つに束ね、神を越えようとした。  
 それを封じたのが、この祭壇じゃ。だが封印は解けかけておる。おぬし、あの黒狼を見たであろう。あれは前兆にすぎん」  

 空気がざわめく。  
 老人の語る調子は、まるで遠い記憶をなぞるようだった。  
「封印を守るために何が必要だ?」  
「“神選”が再び祈ること。おぬしのような者しか、この歪みを正せぬ」  

 言われるまでもなく、胸の奥から光が反応する。  
 祈りは呼ばれている。ここが次の封印の地なのだ。  
 俺は一歩前へ出て、静かに目を閉じた。  

「レーヴァ、聞こえるか」  
『聞こえるとも。そこに眠るは三柱目“地の神グラナ”。祈りの土台を司る神だ。』  
「封印をどうすればいい?」  
『闇の祈りが根を張っている。君の力で浄化せよ。祈りの形は問わぬ――君自身の想いを放て』  

 言葉の意味を感じるまま、俺は両手を組んだ。  
 光が地面に吸い込まれるように流れ出し、岩が震える。  
 足元から光の文様が広がり、祭壇全体を包み込んだ。  

「祈祷・大地結界――静土!」  

 大地そのものが歌うように共鳴する。  
 闇の瘴気が裂け、黒い根が切り離されていく。  
 老いた守人が涙を流しながら手を合わせた。  
「これで……ようやく眠れる……」  

 音が止んだ。  
 祭壇の中心から澄み渡る緑の光が立ち昇り、空へ消える。  
 レーヴァの声が再び頭に響いた。  
『よくやった、アオイ。これで二柱は解放された。』  

 息をつく。体が重く、膝が震える。力の消耗が激しい。  
 その手を、ソフィアが支えてくれた。  
「無理をなさらないで。貴方の祈りは強すぎる。肉体が追いついていないんです」  
「大丈夫だ。……少し休めば平気」  

 少し離れたところで、リンが拾い上げた石を見つめていた。  
「これ、封印の核、か。あんたの祈りで石が生まれたってこと?」  
「封印が正常に戻った証拠だ。これでこの地の闇はしばらく安らぐはずだ」  

 リンが石を懐にしまいながら笑った。  
「ふん、あんたといると退屈しないね」  

 いつの間にか太陽が傾いていた。  
 森を吹く風が優しく、空には鳥の群れが舞っている。  
 穏やかな夕暮れ。だが、心の中では確かに不安もあった。  
 神々の封印はあと五つ。  
 そして闇もまた、確実に力を増している――そんな空気を感じてならなかった。  

 夜、篝火の前でリンとソフィアが眠りについたあと、俺はひとり空を見上げた。  
 星々が瞬くその奥で、レーヴァの声が小さく囁く。  
『君の祈りが世界を繋ぐ。だが、それを望まぬ者が必ず現れる。』  
 風が頬を撫でた。  
「それでも構わない。俺は祈る。誰かの希望でありたいんだ」  

 闇の中でも、祈りだけは消えない。  
 そう信じて、俺は静かに目を閉じた。  

(第6話 終)
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