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第8話 聖女の依頼と危険な遺跡
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ルグランの街を後にしてから三日、俺たちは西方の荒野を進んでいた。
昼は焼けるような暑さ、夜は肌を刺す冷気。
砂に覆われた世界の中、歩けば靴に砂が入り、口の中まで乾いていく。
それでも、進まなければならなかった。
「くぅ……こんなに乾燥してるとは。巫女服が砂まみれです……」
「ソフィア、歩き慣れてないのか?」
「いえ……祈りの修行場って大抵は神殿の中ですから……こういう旅は初めてで」
苦笑しつつも、その頬にはうっすらと汗が光る。
リンはそんな彼女をからかうように、肩を軽く叩いた。
「神様の巫女様が砂で泣くとはね。ま、これも修行だと思え」
「うぅ……頑張ります……」
俺は笑いをこらえながら地図を開く。
大司祭オルフェンから託された情報によれば、この先に“聖女の遺跡”と呼ばれる地下神殿があるらしい。
そこには四柱目の神――風の加護を司る“エリアス”が封じられているという。
ただ、同時にこうも書かれていた。
“封印を破れば、風は死の嵐へと変わる”と。
「ただの祈りじゃ抑えられないかもしれないな」
呟くと、リンが真剣な表情で頷いた。
「風神エリアスは古の戦神と対で造られた存在だ。力が対立してる。扱い間違えたら、街ひとつ吹き飛ぶって話さ」
「……あいかわらず穏やかじゃないね」
「ま、安心しな。こうしてあたしがついてるんだ。吹っ飛んだら一緒に飛べばいい」
軽口のように言うが、その瞳の奥には戦士としての冷静さがあった。
やがて、赤茶けた砂丘の向こうに黒い石柱が見えてきた。
それが遺跡の入り口だった。
近づくと、風が悲鳴のような音を立てて吹き抜けている。
ソフィアが顔をしかめた。
「……“風が泣いている”。封印が弱まっている証拠です」
「入るしかないな」
三人で頷き合い、暗い石段を降りていく。
中は息が詰まるほど静かだった。
壁に刻まれた古代文字がぼんやりと光り、風の流れが足元を撫でていく。
不気味だが、どこか懐かしい。
レーヴァの声が頭に響く。
『この気配……エリアスはまだ完全には眠っていない。気をつけろ、葵』
「了解だ」
奥へと進むにつれ、空気が鋭くなっていく。
リンが剣を握り、ソフィアが祈りの詠唱を始めようとしたそのとき、風が形を成した。
人の輪郭をした透明な影が、ゆらりと立ち上がる。
その数十体。気配だけで肌が裂けそうになる。
「風の守護……エリアスの残滓か」
「来るよ!」リンの声と同時に、影たちが一斉に襲ってきた。
剣が閃き、風が弾ける。リンが前衛に立ち、ソフィアは俺の後方で聖光を展開。
俺は祈りを重ねる。
「祈祷・鎮風!」
光の符が空中で踊り、暴風を抑える。
だが数が多すぎる。次から次へと湧き出る影が、まるで怒りに満ちた風そのものだ。
息を整える間もなく、背後の石壁が爆ぜた。
奥から現れたのは、異様なほど巨大な影――頭部に角のような風の渦を持つ存在だった。
「本体か……エリアスの分身!」
風が刃のように吹き荒れ、リンが咄嗟にソフィアを庇う。
「やばいな、あれ。葵、どうする?」
「……風の神には風で応じるしかない。荒れるなら、受け止める」
俺は両手を広げた。
光と風が混ざり合い、祈りの陣が足元に拡がる。
それはまるで天と地を結ぶ螺旋。祈りが空に昇り、風神の怒りに呼応する。
頭の奥でレーヴァが囁く。
『風を鎮めるには、“受容”の祈りを使え。逆らうな、抱きしめるのだ』
息を吸い込み、意識を風に溶かす。
怒りの刃が皮膚を裂くが、恐怖よりも静寂が勝った。
ふと、嵐の奥に幼い声が聞こえる。
『なぜ……祈るの? 我らはもう、壊されたはず』
それは確かにエリアスの声だった。
俺は静かに答えた。
「壊されても、祈りは残る。誰かが救いたいと願ったなら、それだけが希望なんだ」
次の瞬間、暴風が止まった。
巨大な影の中心に淡い人影が浮かぶ。透き通った女神のような姿。
彼女は泣いていた。
『……あなたの祈り、温かい。人の声、久しぶりに聞いた』
「俺たちが、もう一度この世界と神々を繋げる」
『そう。祈祷士……ならば授けましょう。風の加護を。世界を包む穏やかな風となって――』
光が砕け、風が柔らかく吹き抜けた。
嵐の空間は澄んだ微風に変わり、遺跡全体が穏やかに輝いた。
リンが剣を下ろし、ソフィアが涙ぐむ。
「見事です……葵様。これが、神々との真の祈り……」
俺は微笑みながら頷く。
「封印、これで四柱目だな」
だがその瞬間、背後の壁が亀裂を走らせた。
空気が再びざわめき、黒い煙がわずかに吹き出す。
リンが眉をひそめた。
「おい、何か変だ。封印の奥から、別の――」
『……目覚めよ、“虚無”の欠片』
どこからともなく、低い男の声が響いた。
黒煙の中から現れたのは、漆黒のローブをまとった影。
顔を隠したその存在が、ゆっくりと俺たちに歩み寄る。
「誰だ」
「……祈祷士葵。神々に寄るものよ。お前たちの祈りは、世界を壊す」
その声に、風が凍りつく。
レーヴァの声が慌ただしく響いた。
『葵、離れろ! そいつは……“堕神”の器だ!』
目の前の影が、静かに微笑んだ。
「また会おう。神に愛された“最弱職”よ」
次の瞬間、黒い風が爆ぜ、遺跡全体が崩れ始めた。
俺たちは必死に駆け出し、崩落する天井の下を抜け出す。
外へ出たとき、風は止み、空だけが不気味な薄紅色に染まっていた。
「今の……何だったんだ」
「“堕神”って言ってたな。あれが敵の正体か」リンが険しい顔で言う。
ソフィアは肩で息をしながら祈りを結んだ。
「風神が浄化されたことで、闇に封じられていた力も目を覚ましたのかもしれません」
レーヴァの声が響く。
『葵、神々の封印を解くほど、世界の均衡は揺らぐ。覚悟せよ。それでも進むのか?』
「進むよ。闇が何であろうと、神々が何を隠していようと、俺の祈りは人を救うためのものだ」
風が頬を撫でる。
砂漠の地平線の向こうで、太陽が赤く沈んでいく。
光と闇の狭間で、俺たちは再び歩き出した。
(第8話 終)
昼は焼けるような暑さ、夜は肌を刺す冷気。
砂に覆われた世界の中、歩けば靴に砂が入り、口の中まで乾いていく。
それでも、進まなければならなかった。
「くぅ……こんなに乾燥してるとは。巫女服が砂まみれです……」
「ソフィア、歩き慣れてないのか?」
「いえ……祈りの修行場って大抵は神殿の中ですから……こういう旅は初めてで」
苦笑しつつも、その頬にはうっすらと汗が光る。
リンはそんな彼女をからかうように、肩を軽く叩いた。
「神様の巫女様が砂で泣くとはね。ま、これも修行だと思え」
「うぅ……頑張ります……」
俺は笑いをこらえながら地図を開く。
大司祭オルフェンから託された情報によれば、この先に“聖女の遺跡”と呼ばれる地下神殿があるらしい。
そこには四柱目の神――風の加護を司る“エリアス”が封じられているという。
ただ、同時にこうも書かれていた。
“封印を破れば、風は死の嵐へと変わる”と。
「ただの祈りじゃ抑えられないかもしれないな」
呟くと、リンが真剣な表情で頷いた。
「風神エリアスは古の戦神と対で造られた存在だ。力が対立してる。扱い間違えたら、街ひとつ吹き飛ぶって話さ」
「……あいかわらず穏やかじゃないね」
「ま、安心しな。こうしてあたしがついてるんだ。吹っ飛んだら一緒に飛べばいい」
軽口のように言うが、その瞳の奥には戦士としての冷静さがあった。
やがて、赤茶けた砂丘の向こうに黒い石柱が見えてきた。
それが遺跡の入り口だった。
近づくと、風が悲鳴のような音を立てて吹き抜けている。
ソフィアが顔をしかめた。
「……“風が泣いている”。封印が弱まっている証拠です」
「入るしかないな」
三人で頷き合い、暗い石段を降りていく。
中は息が詰まるほど静かだった。
壁に刻まれた古代文字がぼんやりと光り、風の流れが足元を撫でていく。
不気味だが、どこか懐かしい。
レーヴァの声が頭に響く。
『この気配……エリアスはまだ完全には眠っていない。気をつけろ、葵』
「了解だ」
奥へと進むにつれ、空気が鋭くなっていく。
リンが剣を握り、ソフィアが祈りの詠唱を始めようとしたそのとき、風が形を成した。
人の輪郭をした透明な影が、ゆらりと立ち上がる。
その数十体。気配だけで肌が裂けそうになる。
「風の守護……エリアスの残滓か」
「来るよ!」リンの声と同時に、影たちが一斉に襲ってきた。
剣が閃き、風が弾ける。リンが前衛に立ち、ソフィアは俺の後方で聖光を展開。
俺は祈りを重ねる。
「祈祷・鎮風!」
光の符が空中で踊り、暴風を抑える。
だが数が多すぎる。次から次へと湧き出る影が、まるで怒りに満ちた風そのものだ。
息を整える間もなく、背後の石壁が爆ぜた。
奥から現れたのは、異様なほど巨大な影――頭部に角のような風の渦を持つ存在だった。
「本体か……エリアスの分身!」
風が刃のように吹き荒れ、リンが咄嗟にソフィアを庇う。
「やばいな、あれ。葵、どうする?」
「……風の神には風で応じるしかない。荒れるなら、受け止める」
俺は両手を広げた。
光と風が混ざり合い、祈りの陣が足元に拡がる。
それはまるで天と地を結ぶ螺旋。祈りが空に昇り、風神の怒りに呼応する。
頭の奥でレーヴァが囁く。
『風を鎮めるには、“受容”の祈りを使え。逆らうな、抱きしめるのだ』
息を吸い込み、意識を風に溶かす。
怒りの刃が皮膚を裂くが、恐怖よりも静寂が勝った。
ふと、嵐の奥に幼い声が聞こえる。
『なぜ……祈るの? 我らはもう、壊されたはず』
それは確かにエリアスの声だった。
俺は静かに答えた。
「壊されても、祈りは残る。誰かが救いたいと願ったなら、それだけが希望なんだ」
次の瞬間、暴風が止まった。
巨大な影の中心に淡い人影が浮かぶ。透き通った女神のような姿。
彼女は泣いていた。
『……あなたの祈り、温かい。人の声、久しぶりに聞いた』
「俺たちが、もう一度この世界と神々を繋げる」
『そう。祈祷士……ならば授けましょう。風の加護を。世界を包む穏やかな風となって――』
光が砕け、風が柔らかく吹き抜けた。
嵐の空間は澄んだ微風に変わり、遺跡全体が穏やかに輝いた。
リンが剣を下ろし、ソフィアが涙ぐむ。
「見事です……葵様。これが、神々との真の祈り……」
俺は微笑みながら頷く。
「封印、これで四柱目だな」
だがその瞬間、背後の壁が亀裂を走らせた。
空気が再びざわめき、黒い煙がわずかに吹き出す。
リンが眉をひそめた。
「おい、何か変だ。封印の奥から、別の――」
『……目覚めよ、“虚無”の欠片』
どこからともなく、低い男の声が響いた。
黒煙の中から現れたのは、漆黒のローブをまとった影。
顔を隠したその存在が、ゆっくりと俺たちに歩み寄る。
「誰だ」
「……祈祷士葵。神々に寄るものよ。お前たちの祈りは、世界を壊す」
その声に、風が凍りつく。
レーヴァの声が慌ただしく響いた。
『葵、離れろ! そいつは……“堕神”の器だ!』
目の前の影が、静かに微笑んだ。
「また会おう。神に愛された“最弱職”よ」
次の瞬間、黒い風が爆ぜ、遺跡全体が崩れ始めた。
俺たちは必死に駆け出し、崩落する天井の下を抜け出す。
外へ出たとき、風は止み、空だけが不気味な薄紅色に染まっていた。
「今の……何だったんだ」
「“堕神”って言ってたな。あれが敵の正体か」リンが険しい顔で言う。
ソフィアは肩で息をしながら祈りを結んだ。
「風神が浄化されたことで、闇に封じられていた力も目を覚ましたのかもしれません」
レーヴァの声が響く。
『葵、神々の封印を解くほど、世界の均衡は揺らぐ。覚悟せよ。それでも進むのか?』
「進むよ。闇が何であろうと、神々が何を隠していようと、俺の祈りは人を救うためのものだ」
風が頬を撫でる。
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(第8話 終)
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