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第1話 聖魔導師、追放される
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王都アルディナの大議会室に、冷たい沈黙が流れていた。
集まっているのは王族、宰相、大臣、そして勇者一行の面々。
中央に立たされているのは、白衣の青年――聖魔導師アレン=クロード。
彼は王国最年少で「聖魔統合術」を使いこなした天才であり、勇者パーティの支援役として数多の戦いを勝利へ導いた人物だった。
だがその表情は、今や疲弊した者のように曇っている。
「アレン=クロード。貴様を、今日をもって王国魔導師団から除名する」
玉座に座る第二王子レオニールが、冷ややかに告げた。
ざわ、と貴族たちがざわめく。だが、誰も驚いてはいなかった。
まるで、既に筋書きが決まっていたように。
「……理由を、伺っても?」
アレンは静かに問う。声には怒りも焦りもない。ただ妙に落ち着いていた。
「無能だからだ」
王子は笑った。それは青白い勝者の笑みだった。
無能。その言葉が、王都の空気を一瞬凍らせた。
数年前、魔王討伐の際、聖魔統合術を使ったアレンは仲間を癒し、結界を張り、攻撃魔法さえ同時展開して戦線を支えた。その活躍を覚えている者は多い。
だが今、その功績は都合よく消されたらしい。
「王子殿下、それはあまりに――」
勇者リオだ。彼が立ち上がりかけた瞬間、隣の女魔導師リリアが袖を引いた。
リオの口は、言葉の続きを失った。
「彼は……王国の指令に逆らい、勝手に禁忌の魔法を使いました。聖魔融合、あんな危険な術は……。彼の力は制御できません。ゆえに、追放が妥当かと」
リリアの声にはためらいがあった。それでも口にした。
それは“権力側につかねば死ぬ”という恐怖が滲んでいた。
アレンは軽く息を吐いた。
「……そうですか。禁忌、と呼ばれるのですね。あれで救った命も、多かったのですが」
淡々と言いながら、彼は自分の杖を見た。
古びた木製の杖。魔力の気配など感じさせない。だが、かつては無数の奇跡を起こした神器だ。
「弁明は不要だ。貴様のような者に、王国の未来は託せぬ」
レオニール王子が高らかに宣告する。
「アレン=クロードを追放せよ。以後、王国への立ち入りを禁ず。違反すれば反逆罪とする!」
近衛騎士たちが一斉に剣を抜いた。
アレンはわずかに眉をひそめたが、抵抗はしなかった。
「……わかりました。王国と勇者一行の繁栄を祈ります」
静かに頭を下げるアレン。
その態度が、場の誰よりも高貴に見えた。
だがその誇りだけは、誰にも見えていない。
騎士たちに両腕を掴まれ、彼は大広間を連れ出される。
長い廊下を歩く間、背後で聞こえたのは胸糞の悪い笑いだけだった。
「ふん、才能があると調子に乗るからこうなる」
「最強の聖魔導師様も、終わりだな」
耳に届くそれらの言葉も、アレンは一言も返さなかった。
ただ一歩ずつ、自分の靴音を確かめるように外へ進む。
石畳の出口へ出たとき、空は紅く染まっていた。
西の空に沈む太陽が、燃えるような橙を放っている。
「……夕焼けくらいは、綺麗だな」
呟いた声を聞いた者はいない。
その日、聖魔導師アレンは、王都アルディナから追放された。
◇
辺境への道のりは、驚くほど長かった。
馬車はなく、金もほとんど置いてきた。持ち物といえば、古びた杖と旅袋だけ。
それでも彼には焦りがなかった。
王都を出て三日目、ようやく森を抜けて小さな看板が見えた。
『ルーデン村 人口126人』
錆びた文字を指先で撫でると、どこか懐かしさが胸に残った。
農民の笑い声、家畜の鳴き声、家々から漂うスープの匂い。
“普通の暮らし”というものが、これほど安らげるとは思わなかった。
「……ここで、少し静かに過ごすとしようか」
アレンは独り言を漏らしながら、村の入口に立った。
農作業中の男性がこちらに気づき、手を止める。
「おや? 旅人さんですかい?」
「ええ。アレンといいます。……少し仕事を探して」
「仕事かぁ……。薬草に詳しいなら歓迎だがな。最近、病気が流行っててよ」
「薬草、ですか。多少心得があります」
多少――アレンにとっては控えめすぎる表現だった。
彼が持つ聖魔融合療法は、古代の神殿でも一人しか扱えなかった秘技だ。
だが村人はそんなことを知るはずもない。
「じゃぁ、うちの婆さん見てやってくれよ。咳が止まらなくて……」
男に案内されて訪れたのは、小さな茅葺きの家だった。
寝かされている老婆の呼吸は浅く、顔色も悪い。
周囲に漂う瘴気――魔力汚染の初期症状だ。
(まさか、こんな村まで魔力汚染が……王都の管理が行き届いていないな)
アレンは小さくため息をつくと、老婆の額に手を置いた。
ほとんど反射的な動きだった。
次の瞬間、指先から淡い蒼光が――溢れ出る。
「ひ……? な、なんだ、これぇ……!」
村人が後ずさる。
光は柔らかく揺れ、家全体を包み込む。
風が止み、時間さえも穏やかに沈黙するような瞬間だった。
老婆の呼吸がゆっくりと整っていく。
血色が戻り、閉じていた瞼がわずかに開かれる。
「……あの、ありがとう、ございます……」
「無理なさらず、しばらく安静に」
アレンがそう告げると、村人は信じられないという顔で口を開けた。
「す、すげぇ……! 奇跡だ……!」
「まて、今、魔法使ってたよな!? この村じゃ見たことねぇ光だった!」
「あ、いや……ただの癒しの術を少々」
「いやいや、ただのって……」
村人たちが口々に驚きの声を上げている間、アレンは微笑を浮かべて立ち去ろうとした。
だが、老婆の孫と思しき少女が彼の袖を掴んだ。
「お兄さん……名前、教えてください!」
「アレン。ただの旅の治癒師ですよ」
「……アレンさん! うちの村を、助けてくれてありがとう!」
その無垢な笑顔に、アレンは一瞬だけ言葉を失った。
王都で散々な扱いを受け、信頼など失った彼の胸に、久しく感じなかった温もりが灯る。
「こちらこそ、ありがとう。……少し、ここで暮らさせてもらえるかな」
「当たり前ですよ! 今夜は宴だーっ!」
村人のひとりが叫ぶと、周囲から笑い声が起こった。
アレンは少し戸惑いながらも、静かに笑みを返した。
夕暮れの風が吹き抜ける。
金色に染まる穂の海が、遠くまで揺れていた。
その中心に、追放された“元聖魔導師”が立っている。
(……まあ、王国もこれで少しは静かになるだろう)
完全に勘違いだった。
その夜、村の空に立ち昇った光柱は、王都からもはっきりと見えた。
そして、貴族たちが青ざめるほどの“奇跡”が、ただの一介の村で起きたという噂が、翌日には王城に届くこととなる。
――無能と呼ばれた聖魔導師、アレン=クロード。
その名が再び王国を震撼させるまで、あとわずか三日。
集まっているのは王族、宰相、大臣、そして勇者一行の面々。
中央に立たされているのは、白衣の青年――聖魔導師アレン=クロード。
彼は王国最年少で「聖魔統合術」を使いこなした天才であり、勇者パーティの支援役として数多の戦いを勝利へ導いた人物だった。
だがその表情は、今や疲弊した者のように曇っている。
「アレン=クロード。貴様を、今日をもって王国魔導師団から除名する」
玉座に座る第二王子レオニールが、冷ややかに告げた。
ざわ、と貴族たちがざわめく。だが、誰も驚いてはいなかった。
まるで、既に筋書きが決まっていたように。
「……理由を、伺っても?」
アレンは静かに問う。声には怒りも焦りもない。ただ妙に落ち着いていた。
「無能だからだ」
王子は笑った。それは青白い勝者の笑みだった。
無能。その言葉が、王都の空気を一瞬凍らせた。
数年前、魔王討伐の際、聖魔統合術を使ったアレンは仲間を癒し、結界を張り、攻撃魔法さえ同時展開して戦線を支えた。その活躍を覚えている者は多い。
だが今、その功績は都合よく消されたらしい。
「王子殿下、それはあまりに――」
勇者リオだ。彼が立ち上がりかけた瞬間、隣の女魔導師リリアが袖を引いた。
リオの口は、言葉の続きを失った。
「彼は……王国の指令に逆らい、勝手に禁忌の魔法を使いました。聖魔融合、あんな危険な術は……。彼の力は制御できません。ゆえに、追放が妥当かと」
リリアの声にはためらいがあった。それでも口にした。
それは“権力側につかねば死ぬ”という恐怖が滲んでいた。
アレンは軽く息を吐いた。
「……そうですか。禁忌、と呼ばれるのですね。あれで救った命も、多かったのですが」
淡々と言いながら、彼は自分の杖を見た。
古びた木製の杖。魔力の気配など感じさせない。だが、かつては無数の奇跡を起こした神器だ。
「弁明は不要だ。貴様のような者に、王国の未来は託せぬ」
レオニール王子が高らかに宣告する。
「アレン=クロードを追放せよ。以後、王国への立ち入りを禁ず。違反すれば反逆罪とする!」
近衛騎士たちが一斉に剣を抜いた。
アレンはわずかに眉をひそめたが、抵抗はしなかった。
「……わかりました。王国と勇者一行の繁栄を祈ります」
静かに頭を下げるアレン。
その態度が、場の誰よりも高貴に見えた。
だがその誇りだけは、誰にも見えていない。
騎士たちに両腕を掴まれ、彼は大広間を連れ出される。
長い廊下を歩く間、背後で聞こえたのは胸糞の悪い笑いだけだった。
「ふん、才能があると調子に乗るからこうなる」
「最強の聖魔導師様も、終わりだな」
耳に届くそれらの言葉も、アレンは一言も返さなかった。
ただ一歩ずつ、自分の靴音を確かめるように外へ進む。
石畳の出口へ出たとき、空は紅く染まっていた。
西の空に沈む太陽が、燃えるような橙を放っている。
「……夕焼けくらいは、綺麗だな」
呟いた声を聞いた者はいない。
その日、聖魔導師アレンは、王都アルディナから追放された。
◇
辺境への道のりは、驚くほど長かった。
馬車はなく、金もほとんど置いてきた。持ち物といえば、古びた杖と旅袋だけ。
それでも彼には焦りがなかった。
王都を出て三日目、ようやく森を抜けて小さな看板が見えた。
『ルーデン村 人口126人』
錆びた文字を指先で撫でると、どこか懐かしさが胸に残った。
農民の笑い声、家畜の鳴き声、家々から漂うスープの匂い。
“普通の暮らし”というものが、これほど安らげるとは思わなかった。
「……ここで、少し静かに過ごすとしようか」
アレンは独り言を漏らしながら、村の入口に立った。
農作業中の男性がこちらに気づき、手を止める。
「おや? 旅人さんですかい?」
「ええ。アレンといいます。……少し仕事を探して」
「仕事かぁ……。薬草に詳しいなら歓迎だがな。最近、病気が流行っててよ」
「薬草、ですか。多少心得があります」
多少――アレンにとっては控えめすぎる表現だった。
彼が持つ聖魔融合療法は、古代の神殿でも一人しか扱えなかった秘技だ。
だが村人はそんなことを知るはずもない。
「じゃぁ、うちの婆さん見てやってくれよ。咳が止まらなくて……」
男に案内されて訪れたのは、小さな茅葺きの家だった。
寝かされている老婆の呼吸は浅く、顔色も悪い。
周囲に漂う瘴気――魔力汚染の初期症状だ。
(まさか、こんな村まで魔力汚染が……王都の管理が行き届いていないな)
アレンは小さくため息をつくと、老婆の額に手を置いた。
ほとんど反射的な動きだった。
次の瞬間、指先から淡い蒼光が――溢れ出る。
「ひ……? な、なんだ、これぇ……!」
村人が後ずさる。
光は柔らかく揺れ、家全体を包み込む。
風が止み、時間さえも穏やかに沈黙するような瞬間だった。
老婆の呼吸がゆっくりと整っていく。
血色が戻り、閉じていた瞼がわずかに開かれる。
「……あの、ありがとう、ございます……」
「無理なさらず、しばらく安静に」
アレンがそう告げると、村人は信じられないという顔で口を開けた。
「す、すげぇ……! 奇跡だ……!」
「まて、今、魔法使ってたよな!? この村じゃ見たことねぇ光だった!」
「あ、いや……ただの癒しの術を少々」
「いやいや、ただのって……」
村人たちが口々に驚きの声を上げている間、アレンは微笑を浮かべて立ち去ろうとした。
だが、老婆の孫と思しき少女が彼の袖を掴んだ。
「お兄さん……名前、教えてください!」
「アレン。ただの旅の治癒師ですよ」
「……アレンさん! うちの村を、助けてくれてありがとう!」
その無垢な笑顔に、アレンは一瞬だけ言葉を失った。
王都で散々な扱いを受け、信頼など失った彼の胸に、久しく感じなかった温もりが灯る。
「こちらこそ、ありがとう。……少し、ここで暮らさせてもらえるかな」
「当たり前ですよ! 今夜は宴だーっ!」
村人のひとりが叫ぶと、周囲から笑い声が起こった。
アレンは少し戸惑いながらも、静かに笑みを返した。
夕暮れの風が吹き抜ける。
金色に染まる穂の海が、遠くまで揺れていた。
その中心に、追放された“元聖魔導師”が立っている。
(……まあ、王国もこれで少しは静かになるだろう)
完全に勘違いだった。
その夜、村の空に立ち昇った光柱は、王都からもはっきりと見えた。
そして、貴族たちが青ざめるほどの“奇跡”が、ただの一介の村で起きたという噂が、翌日には王城に届くこととなる。
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