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第8話 ただの旅のつもりが英雄扱いに
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黒の丘での戦いから三日が経った。フリアス討伐の報告が王都に届いた途端、街はまるで祝祭のような熱気に包まれた。王都壁面には旗が掲げられ、人々は「神の使徒が現れた」と口々に囁いている。
その“神の使徒”が、俺のことだなんて、皮肉でしかない。
宿屋の小窓から外を覗くと、広場の噴水前には屋台まで出ていた。
「何だか街全体が浮かれていますね」
リオナがスープを持ってきながら、呆れ半分に微笑んだ。
「俺としては、静かに旅してただけなんだがな」
「ところが、勇者一行も認めた“光の救世主”という話がもう広まっています」
「……ディナスたち、口軽すぎだろ」
俺は額を押さえた。リオナがくすくす笑う。
「でも、あなたのおかげで王都は救われました。人が喜ぶなら、それでいいじゃありませんか」
リオナの言葉は正しい。でも、どうにも落ち着かない。俺はもともと名誉を求めるタイプじゃないし、人前に立って褒められるなんて柄でもない。
「それより、教会の方から呼び出しがありました。枢機卿様が直接お話をしたいそうです」
「……嫌な予感しかしない」
「ふふ、たぶん正式に“神の代理者”として任命されるのでしょう。抵抗は無意味ですよ」
「代理者ってなんだそれ……」
***
白と蒼の大理石で築かれた神殿の中は、昼でも外より明るかった。聖光石が壁に埋め込まれ、淡い金色の光が天井を照らしている。
大広間の奥、長い赤絨毯の先に枢機卿と神官たちが並んでいた。
「加護持ちのレオン殿、並びに聖女リオナ殿。神聖会議がお待ちです」
厳格な神官に案内され、俺とリオナは跪いた。枢機卿の老人が静かに口を開く。
「神の右腕と噂される者……レオン・アルディス殿で間違いないな」
「ええ、まあ……」
「黒の丘を一撃で浄化したその光、我々の記録にも残る“聖審の輝界”と酷似しています。あなたが真なる加護の継承者だという噂、もはや疑いようがないでしょう」
重々しい声が響くたび、周りの神官たちが祈るように頭を垂れる。リオナは俺に目で「大人しくしてください」と訴えていた。
「あなたを、“光の守護者”に任命します」
「……守護者?」
「神殿直属の聖戦士です。教会の威信を背負い、闇の勢力を討つ者。あなたならば、この混乱の世を導けましょう」
まさか、旅人のつもりだったのに、いきなり国の象徴みたいな存在になれと言われるとは思わなかった。
断るわけにもいかず、俺は苦笑しながら頷くしかなかった。
***
任命式が終わると、なぜか王都中で“祝福の行進”なるものが行われることになった。街の人々は道に集まり、花弁を撒きながら手を振っている。
「……本気でやるのか、これ」
「ええ、王女殿下の発案だそうです。あなたを直々にねぎらいたいとか」
「王女って、あの……一番偉い人?」
「正確には、王位継承権第二位のクラリス殿下です。聡明で気高い方ですよ」
「……緊張してきた」
パレードと呼ばれるものに俺が乗せられたのは金装飾の馬車だった。リオナは隣で穏やかに微笑んでいるが、どう見ても“無自覚最強”とか言われてる場合じゃない。
民衆は「聖者レオン万歳!」と叫び、子どもまで花を投げる。手を振り返すたび、俺はどんどん罪悪感に苛まれた。
行列はやがて王城前の大広場に到着した。白亜のバルコニーから、純白のドレスをまとった王女がこちらを見下ろしていた。
陽の光に反射する銀髪と蒼の瞳。息を呑むほど美しい。
「あなたが、レオン・アルディス様ですね」
澄んだ声が広場全体に響く。
「王国を救った光の戦士に、心より感謝を」
俺が膝をつこうとしたその瞬間、王女が自ら階段を下りてきて、俺の目の前まで歩み寄った。
「顔を上げてください。光を持つ者が、地に頭を着ける必要はありません」
「は、はぁ……」
近くで見ると、彼女の肌は透けるように白い。まるでこの世の人とは思えないほどだった。
「王都のみならず、この国の民すべてが、あなたに希望を見ました。どうか、この手を――」
その瞬間、王女がそっと手を伸ばした。
俺の胸の竜印が微かに光を放つ。
辺りがざわめく。
「聖女リオナの加護に続き、竜の印まで……王女の前で共鳴を?!」
「こ、これは奇跡だ!」
俺は混乱した。ほんの触れ合っただけなのに、互いの手元が金色に輝いたのだ。
王女が微笑む。
「神は、私たちを結びつけたのでしょうね。レオン様、あなたが居れば、この国はきっと滅びません」
リオナがわずかに顔を曇らせたのを、俺は見逃さなかった。
***
夜。式典が終わり、神殿の客室に戻ると、リオナが珍しく黙り込んでいた。
「どうした、疲れたか?」
「いえ……少し考え事を」
「まさか王女のこと、気にしてるのか?」
「別にそういうわけでは……ですが、王女クラリス殿下には“選定の力”があります。光に選ばれた者と共鳴する特性を持つのです。つまり、あなたは殿下とも運命で結ばれた可能性が……」
俺は頭を掻いた。
「これ以上変な誤解が広まったら、マジで落ち着かないな」
「……ですが、殿下があなたに惹かれるのも無理はありません」
「どういう意味だそれは」
「私だって、同じ気持ちですから」
リオナの瞳が俺を見た。その目には、いつもの優しい光と違い、揺らぎのような切なさが宿っていた。
「……ありがとう。でも、俺はまだ何も分からない。ただ、この力がいつ暴走するかもわからないんだ」
「だからこそ……あなたのそばにいたい」
囁かれた声が胸に染みた。
短く沈黙が流れたのち、窓の外から警鐘の音が鳴り響いた。
リオナが顔を上げる。
「北門の方角……また、瘴気です!」
息つく間もなく、外の空が赤黒く染まり始める。
「ったく、英雄扱いされた翌日にこれかよ」
「きっと試されているのです、レオンさん!」
俺は剣を手に取った。光が刃に宿る。
「行こう。まだ終わってない」
無自覚のまま、俺はまた伝説の中心に足を踏み入れていた。
(第8話 終)
その“神の使徒”が、俺のことだなんて、皮肉でしかない。
宿屋の小窓から外を覗くと、広場の噴水前には屋台まで出ていた。
「何だか街全体が浮かれていますね」
リオナがスープを持ってきながら、呆れ半分に微笑んだ。
「俺としては、静かに旅してただけなんだがな」
「ところが、勇者一行も認めた“光の救世主”という話がもう広まっています」
「……ディナスたち、口軽すぎだろ」
俺は額を押さえた。リオナがくすくす笑う。
「でも、あなたのおかげで王都は救われました。人が喜ぶなら、それでいいじゃありませんか」
リオナの言葉は正しい。でも、どうにも落ち着かない。俺はもともと名誉を求めるタイプじゃないし、人前に立って褒められるなんて柄でもない。
「それより、教会の方から呼び出しがありました。枢機卿様が直接お話をしたいそうです」
「……嫌な予感しかしない」
「ふふ、たぶん正式に“神の代理者”として任命されるのでしょう。抵抗は無意味ですよ」
「代理者ってなんだそれ……」
***
白と蒼の大理石で築かれた神殿の中は、昼でも外より明るかった。聖光石が壁に埋め込まれ、淡い金色の光が天井を照らしている。
大広間の奥、長い赤絨毯の先に枢機卿と神官たちが並んでいた。
「加護持ちのレオン殿、並びに聖女リオナ殿。神聖会議がお待ちです」
厳格な神官に案内され、俺とリオナは跪いた。枢機卿の老人が静かに口を開く。
「神の右腕と噂される者……レオン・アルディス殿で間違いないな」
「ええ、まあ……」
「黒の丘を一撃で浄化したその光、我々の記録にも残る“聖審の輝界”と酷似しています。あなたが真なる加護の継承者だという噂、もはや疑いようがないでしょう」
重々しい声が響くたび、周りの神官たちが祈るように頭を垂れる。リオナは俺に目で「大人しくしてください」と訴えていた。
「あなたを、“光の守護者”に任命します」
「……守護者?」
「神殿直属の聖戦士です。教会の威信を背負い、闇の勢力を討つ者。あなたならば、この混乱の世を導けましょう」
まさか、旅人のつもりだったのに、いきなり国の象徴みたいな存在になれと言われるとは思わなかった。
断るわけにもいかず、俺は苦笑しながら頷くしかなかった。
***
任命式が終わると、なぜか王都中で“祝福の行進”なるものが行われることになった。街の人々は道に集まり、花弁を撒きながら手を振っている。
「……本気でやるのか、これ」
「ええ、王女殿下の発案だそうです。あなたを直々にねぎらいたいとか」
「王女って、あの……一番偉い人?」
「正確には、王位継承権第二位のクラリス殿下です。聡明で気高い方ですよ」
「……緊張してきた」
パレードと呼ばれるものに俺が乗せられたのは金装飾の馬車だった。リオナは隣で穏やかに微笑んでいるが、どう見ても“無自覚最強”とか言われてる場合じゃない。
民衆は「聖者レオン万歳!」と叫び、子どもまで花を投げる。手を振り返すたび、俺はどんどん罪悪感に苛まれた。
行列はやがて王城前の大広場に到着した。白亜のバルコニーから、純白のドレスをまとった王女がこちらを見下ろしていた。
陽の光に反射する銀髪と蒼の瞳。息を呑むほど美しい。
「あなたが、レオン・アルディス様ですね」
澄んだ声が広場全体に響く。
「王国を救った光の戦士に、心より感謝を」
俺が膝をつこうとしたその瞬間、王女が自ら階段を下りてきて、俺の目の前まで歩み寄った。
「顔を上げてください。光を持つ者が、地に頭を着ける必要はありません」
「は、はぁ……」
近くで見ると、彼女の肌は透けるように白い。まるでこの世の人とは思えないほどだった。
「王都のみならず、この国の民すべてが、あなたに希望を見ました。どうか、この手を――」
その瞬間、王女がそっと手を伸ばした。
俺の胸の竜印が微かに光を放つ。
辺りがざわめく。
「聖女リオナの加護に続き、竜の印まで……王女の前で共鳴を?!」
「こ、これは奇跡だ!」
俺は混乱した。ほんの触れ合っただけなのに、互いの手元が金色に輝いたのだ。
王女が微笑む。
「神は、私たちを結びつけたのでしょうね。レオン様、あなたが居れば、この国はきっと滅びません」
リオナがわずかに顔を曇らせたのを、俺は見逃さなかった。
***
夜。式典が終わり、神殿の客室に戻ると、リオナが珍しく黙り込んでいた。
「どうした、疲れたか?」
「いえ……少し考え事を」
「まさか王女のこと、気にしてるのか?」
「別にそういうわけでは……ですが、王女クラリス殿下には“選定の力”があります。光に選ばれた者と共鳴する特性を持つのです。つまり、あなたは殿下とも運命で結ばれた可能性が……」
俺は頭を掻いた。
「これ以上変な誤解が広まったら、マジで落ち着かないな」
「……ですが、殿下があなたに惹かれるのも無理はありません」
「どういう意味だそれは」
「私だって、同じ気持ちですから」
リオナの瞳が俺を見た。その目には、いつもの優しい光と違い、揺らぎのような切なさが宿っていた。
「……ありがとう。でも、俺はまだ何も分からない。ただ、この力がいつ暴走するかもわからないんだ」
「だからこそ……あなたのそばにいたい」
囁かれた声が胸に染みた。
短く沈黙が流れたのち、窓の外から警鐘の音が鳴り響いた。
リオナが顔を上げる。
「北門の方角……また、瘴気です!」
息つく間もなく、外の空が赤黒く染まり始める。
「ったく、英雄扱いされた翌日にこれかよ」
「きっと試されているのです、レオンさん!」
俺は剣を手に取った。光が刃に宿る。
「行こう。まだ終わってない」
無自覚のまま、俺はまた伝説の中心に足を踏み入れていた。
(第8話 終)
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