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神官ルート
もたらされた便り
しおりを挟むアレクシオに言われたことが理解できなくて言葉を探す。
「あなたの姉から便りを預かっています」
取り出した封筒に書かれた名前に胸がざわついた。
家名は聞いたことのない名前になっている。
恐らく婚家の名前でしょう。
私が娼婦になってしばらくして婚姻したと噂を聞いた。
「どうして……」
「勝手なこととは思いましたがあなたと婚姻したことは手紙で伝えています」
あなたに伝えずに申し訳ありませんとアレクシオが目を伏せる。
それは別に、いいのだけれど。
名前を記した美しい筆致から、目が逸らせない。
「それの返信が来ています。
あなたに一目会いたいと」
「私、私は……」
アレクシオが手紙を私に差し出す。
手を出すことを躊躇う。
だって私はこの手紙を受け取って良い人間ではない。
生まれた時からずっとお姉様から奪い続けてきたはずだ。
周囲の関心や愛情を。
そして侯爵子息に魅了を掛け、危険な力を持つことが大っぴらに知られたせいで生家の伯爵家は没落した。
お姉様のことはお婆様の実家が引き取ってくれたと聞いたけれど、口さがない人からの嫌がらせは避けられなかったはず。
私が生まれたことで何にも悪くないお姉様が苦労をした。その事実は変わらない。
だから、ずっと関わらないできたのに、どうして。
手を出せないでいる私にアレクシオが口を開く。
「彼女はずっと後悔していたんです。
幼いあなたを一人にしたことを、縁を保つ努力をせずあなたを一人放置してしまったと」
「そんな、お姉様は何も悪くない」
お姉様が後悔をするなんておかしなことだった。
「引き取られた家で大切にされ、あなたの行く末を気にしながらも何も言えず連絡を取ることもしなかったことをずっと悔やんでいます。
自分があなたに手を差し伸べていたら、何もできなかったとしても連絡のできる環境を作っていれば、あなたは過酷な……。
……娼婦になる道を歩まずに済んだのではないかと」
お姉様がそんなことを感じていたなんて。
「……私は自由がほしかっただけです。
娼婦になれば、制限はあっても心を縛られることはなくなるからと……。
浅はかな考えで娼婦になることを選んだんです」
「それは違います!
あなたがそう考えるようになったのはあの事件が起こってからでしょう?
もう自分には普通の幸せは望めないと思ったからではないですか?」
アレクシオの予想は正しい。
魔法の失敗を装い身を汚された時、自分にはまともな生き方はできないのだと悟った。
選択肢にあった結婚をしたところでミリアレナはもう綺麗な身でない。
夫となる人にもミリアレナの汚名が付きまとい、負い目を持ちながら生きるのかと思えば結婚をしようとは思えなかった。
魔法を封じて市井に降りるのはもっと考えられなかった。
世間は身持ちの悪い女に厳しい。
純潔でないことを知られたらどんな目に遭うかわかったものではない。
浅慮な頭で考えたのが管理された娼婦になることだった。
しっかりと管理された娼館であれば、危険な客が来ることもなく、元々伯爵令嬢であった身や魅了の力といった付加価値を考えれば給金だって悪くない。
仕事をできなくなるまで勤めればその後の人生をどうにか生き過ごすくらいはできるだろうと思ったのだ。
反論する要素がなく、ミリアレナはただ黙る。
「罪悪感からだけではありません。
幼い頃、彼女はいつも言っていました、自分には可愛い妹がいるのだと」
アレクシオの言葉にぱっと顔を上げる。
「あの事件から離れて暮らすことになって、会えないのが悲しい。
父親や母親のことではあなたを恨んだこともある。
けれどそれでもあなたのことを大切に想っていたと、その気持ちが本当の気持ちだったのかもわからないけれど今でもあなたを思い浮かべると一緒に過ごしたときの愛らしい笑顔を思い出すと言っていました。
……それから、あの日の助けを求める泣き顔を」
言葉を切ったアレクシオが手紙を置き私の前に立つ。
頬にアレクシオの手が触れ、指を伝って雫が落ちていった。
温かいものが次から次に溢れる。
お姉様がそんなに私のことを想ってくれていたなんて知らなかった。
何も知らないのに、勝手にきっと恨んでると思い込んで死ぬまで合わない方がいいなんて思っていた。
「……お姉様が大好きだったの。
優しくて、私が強請るといつも遊んでくれて、ときどき悲しそうな顔をしていたけれど私には何も言わないで頭を撫でてくれたわ」
思い出すのは憂いを帯びた微笑み。
悲しそうに周囲を見ている横顔が心に焼き付いている。
けれど、私に向ける笑みは温かかった。
「いつも勉強してて何でも知ってる自慢のお姉様だった」
魅了の力が発覚して、急に怖い大人たちに囲まれて怖かった。
何度も同じことを聞かれて、ミリアレナが悪いことをしたから家には帰れないって言われて悲しかった。
お父様お母様とももう会えないって言われて涙が枯れるくらい泣いた。
けれど、一番悲しかったのはお姉様と会えなくなったことだった。
事件のときは何もわからず泣くだけだった。
けれど長じてくれば自分が何をしてしまったのか理解できるようになる。
そして親切な人はどこにでもいた。
実家の没落、被害者の男の子の様子。それからお姉様の行方。
お姉様が引き取られた家は厳格な家で、優秀なお姉様が養子に来て喜んでるって。
けれど身を持ち崩すような危険を孕んだ私の存在を疎んでいると。
「だから思ったんです、私がいたらお姉様が困るんだって。
会いたいなんて言ったら迷惑がかかってしまう。
お姉様が今のお家で幸せに暮らすためには私はいちゃいけないって」
それはきっと間違っていなかった。
社交界というところは何度も何度も繰り返し人の苦しみをネタにして楽しんでいるところだから。
貴族の世界から離れた私とは違ってお姉様はその世界で生きている。
邪魔になっちゃいけない。それは私の人生の確かな指標だった。
「でも、お姉様は会いたいって思ってくれてるの?
会いたいって、言ってもいいの?」
アレクシオが拭う側から新しい涙があふれて零れる。
「いいんですよ」
優しい、赦しの言葉が降ってくる。
「家族に会いたいと思うのは当然の想いなのですから。
我慢しなくて良い。
想いのまま口にしていいんです」
目を閉じるとまた雫が零れた。
「会いたい……。
お姉様に、会いたい……っ!」
服の裾を握りしめて泣く私の涙をアレクシオはずっと拭い続けてくれた。
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