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エイルとアルヴィスの出会い
しおりを挟む光の差し込む気配に目を開ける。
先に目覚めた朝には楽しみがあった。
朝の光に照らされるアルヴィスの寝顔を眺め口元を綻ばせる。
意識のあるときにじっと見つめると目を逸らされてしまうから貴重な時間だ。
もっとも視線を逸らされても、その頬をわずかに赤く染めていることに愛おしさを感じられるので全く気にしない。
残念なのは瞳が隠れてしまっていることだけ。
静謐な泉のような青で見つめられることがエイルは好きだった。
その後、様々な感情に形を変える表情も好きだ。
もっと色々な表情を見たくなってしまう。時に怒らせてしまうことがあっても。
こうして先に目を覚ましたときにはじっくりと眺めることにしている。
まだ忙しい時期ではないから今は目の下にクマはできていない。
目元をなでるとわずかに眉が寄った。可愛い。
そのままさわさわ触っていると皺が深くなる。
「ふふ」
楽しんでいると嫌がるようにつついていた手を取られて抱き込まれた。
肩にかかる腕の重みといたずらできないように掴まれたままの手に目を瞬く。
「もう、起きられないじゃないか」
ゆるんだ口から出た言葉はどう聞いてもうれしそうだった。
アルヴィスと恋人になったきっかけを思い出す。
あの時たまたま声をかけられなかったら今もまだただの知り合いだったかもしれない。
そう思うと縁とはおもしろいものだと楽しくなる。
まだ起きる気配のないアルヴィスの規則正しい寝息を聞きながら目を閉じる。
温かい腕の中、2度目の眠りに落ちるのはあっという間だった。
◇◇◇
エイルとアルヴィスが知り合う切っ掛けになったのは慰労会だった。
アルヴィスの部署とエイルの隊が合同で捜査をし見事摘発に至った案件の祝勝会というか。
合同捜査が半年と長きに亘ったこともあり、慰労会を開こうということになったのだ。
エイルは騎士団の者が多く付いていた卓で酒を飲んでいたが、隣の卓にいたのがアルヴィスだった。
卓には騎士団の者が多いためか酒精の強い酒が多い。
故郷でもよく飲まれていた馴染みのある酒は喉を通ると同時に焼けるような熱を生む。
寒冷地で身体を温めるために飲むようなもので味を楽しむものではない。
とはいえ他の苦みのある水のような酒では全く酔わないし、このような場で水や果汁を頼むほど空気が読めないわけではないのでエイルは味には目を瞑りつつグラスを傾けていた。
武勇伝を語る同僚の話に相槌を打ちながら何とはなしに他の卓に目を向ける。
エイルたちのように騎士たちで固まっている卓と文官たちで囲んでいる卓、程よく混ざり合った卓で雰囲気が全く違う。
騎士たちの卓は賑やかで明るい雰囲気、文官たちは物静かでありながら真剣に言葉を交わしている。双方混ざり合った卓は一番和やかに会話を楽しんでいるようだった。
――……。
氷の音で酒が終わったのに気づく。次の酒をどうしようか考えていると、こちらを見ていた文官と目が合った。
エイルは実働部隊だったのであまり話したことのない相手だったけど、名前は知っている。
アルヴィスだったかな、たしか。
礼儀として微笑むと何故か眉を顰められた。
驚いて何か気分を害すことをしたのか考えているとアルヴィスから潜めた声で聞かれた。
「さっきから大分飲んでいるが大丈夫か? よければ水を持ってこさせるが」
心配されたことに驚きつつ答えを返す。
騎士団ではあまり見られない気遣いが新鮮だった。
「それほど酔ってはないから大丈夫だよ、ありがとう」
至って普通に返事をしたつもりなのにアルヴィスの顔が苦虫を噛み潰したようなものになる。何故?
「あんな強い酒を麦酒みたいに飲んでおいて酔ってないわけないだろ。
さっきは顔をしかめていたし、無理をしてるんじゃないのか?」
なるほど、と心配された理由に納得する。
「体質的にあまり酒では酔わないんだ。
顔をしかめてたのは、……あんまりおいしくないなって」
飲みに来てる店の手前最後の一言はアルヴィスだけに聞こえるように囁いた。
これだけ何杯も飲んでおいてまずいって失礼にも程があるよね。
そもそも味を求める酒ではないんだし。
理由を伝えたアルヴィスは呆れた顔をしている。
「口に合わないのなら別の酒を頼めばいいだろう。
これなどは味もそうだが香りも良くておすすめだぞ」
給仕を呼び止めたアルヴィスが酒を注文した。
ほどなく運ばれてきたグラスへ顔を近づける。
「へえ、綺麗だね」
葡萄酒にしては鮮やかな赤色は花みたいでとても綺麗だ。
口に含むとふんわりとした甘味と微かな酸味、薔薇のような複雑な香りが広がる。
「いいね」
美味しいと口にするとアルヴィスの青い目が自慢げに輝く。
葡萄酒はもっと渋みがあるものだと思っていた。
物によってはこんなに華やかな味がするものなのかと感心する。
「お酒って酔うための物だと思ってたからあんまり葡萄酒は飲んだことがないんだけど、美味しいお酒ってなんだか幸福な気持ちになるね」
「口に合わない物を飲むより美味いと感じる物を飲んだほうがいいだろ。
酩酊するのが好きなら別かもしれないが、あんまり酔えないんだろ」
目から鱗が落ちた気分。
周りがそうだから酒はそういうものだと思ってたけど、味や香りを楽しむという考え方もあるのか。
酔いやすさ優先で酒を選んで飲み、騒がしさの増した同僚を見て視線を戻す。
あれはあんまり見本にしちゃいけないやつだったんだね。
1人納得して頷く。
「アルヴィスはお酒に詳しいんだね」
空いていたアルヴィスの前の席へ誘われたので席を移る。
こんなに酒を美味しいと思って飲んだのは初めてだ。
よかったら他にも選んでくれないかなとメニューを差し出すと、エイルの好みを聞いて色々選んでくれた。
そのどれもが美味しい。
美味しくてペースの上がったエイルに呆れつつグラスに酒を注いでくれるアルヴィス。
注がれる酒の説明やこれが好きなら口に合うだろうと教えてくれる酒の銘柄、それに合うつまみの話など、アルヴィスの話は面白い。
呑むのが好きなようだけれど、グラスを傾ける速度はゆったりとしている。
アルヴィスはそれほど酒に強い訳ではないようだ。
エイルもゆっくりと味わうことにしてペースを落とす。
不思議と酔うために飲んでいたときよりも満足感があった。
これまで話したことがなかったのが不思議なくらい話題が途切れない。
あまり表情が豊かなタイプではないようだけど、気にならないくらいには話が合った。
次の店でも酒を選んでくれないかと頼んでみると快く承諾してくれる。
せっかくなので色々飲んでみたい。
そろそろお開きにしようという時間になり、飲み足りない者で他の店に移動しようとしていたとき、騎士の一人が給仕に絡んでいるのが目に入った。
「もう店も上がりなんだろう?
いいじゃん、俺と飲みに行こうぜ」
「何やってるのかな、ダメだよ」
典型的な困った酔っ払い客になった同僚を止めるべく口を挿んだエイルに対して、同僚は不満そうに給仕の娘の肩を引き寄せた。
「なんだよ邪魔すんなよ。 今いいとこなのに」
いいところかな?
どう見ても困っているようにしか見えない。
邪魔?と給仕の娘に首を傾げると本当に困ってますというように首を振られた。
やっぱり。
「こーら、ちょっと酔いすぎじゃないかな。
いくら可愛い子だからって困ったことしないの」
せっかくの慰労会なのに騎士として問題になるような行為は慎んでもらいたいんだけど。
騎士団が出入り禁止とか飲み会禁止令が出たらどうするんだと思いながら咎める。
「早く離してあげて。
彼女の華奢な肩にその筋肉は重過ぎると思うんだ」
鍛え上げた腕に抱き寄せられて怖がっている。かわいそうに。
「ほら、早く」
渋々腕を離した同僚をせっついて店から出る。
ごめんねと給仕の娘に手を振ると頬を染めてお礼を言われた。
うん、可愛いのはわかる。
「なんだよー、せっかくかわいい子だったのに」
「それは残念だけど女の子には優しくね」
怖がらせることしちゃだめだよと諭していると同僚が駄々をこねだした。
「じゃあエイルでいーや。
もっと飲もーぜ!」
「えー? いやかな」
面倒な酔っ払いと一緒に飲みたいとは思わない。
「いーだろ! ほら次行こうぜ」
断りの言葉を聞かず絡んでくる同僚。
思ってたより酔ってるな。早く帰らせた方が良いかも。
他の同僚を呼んで運んでもらおうとした瞬間、反射的に手が出た。
抱きついてこようとしたのか肩を組んでこようとしたのか不明だが、同僚の手がエイルの首元を掠めたと同時に足を払っていた。
伸ばしてきた手を払い、腕を掴み足を払う。
一連の動作は綺麗に決まった。
引き倒された同僚はエイルが腕を掴んでいたため頭を打たずに済んだが、次いで首のすぐ横に落とされたブーツの踵に一気に酔いが醒めた顔をしている。
あえて外したのがわかるようにゆっくりと足をどけ、手を伸ばす。
「ごめん、ごめん。
君だけじゃなくて私も結構酔っていたみたいだね。
今日はここまでにして帰ろっか」
にっこり笑うエイルに同僚は青褪めた顔で頷く。
別の同僚に酔っ払いを任せると少し離れたところで見てたアルヴィスに手振りで謝る。
酒に詳しくてエイルの好みをよく捉えているアルヴィスと飲むのは楽しかった。
次の店はアルヴィスもよく行く店だというから楽しみにしていたのに。
残念だけど同僚が一般人に迷惑を掛けないようエイルも一緒に戻ることにした。
小さく頷いて次の店へ移動する集団に混ざっていくアルヴィスを見送って、エイルもその場を後にする。
とても残念だったのでたまたま顔を合わせたときに誘ったら休みの日に飲みに行くことになった。
それから何度も飲みに行くようになったけど、これが最初の切っ掛け。
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