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避けられた――
しおりを挟む久々のアルヴィスとの夜は実に濃密だった。
やけに明敏な感覚が焦らすようなアルヴィスの手の動き全てに反応して――。
同僚たちが言う戦闘後の高ぶりとはああいうものだろうか。
いつにない夜を過ごした感じがする。
翌日アルヴィスに「痛い」と言われてしまったけど。
肩に残った跡を思い出す。
気をつけていたつもりだけどうっかり力加減を間違えたらしい。
謝って手当てをしていたら、薬が沁みたのかもういいと言われてしまったし。
失敗したな。
反省しつつ剣を振るう。
騎士団の訓練場にある剣は馴染んだ物とは違うが訓練で振るう分に支障はない。
普段通りの訓練を終え、訓練場を出ようとしたところで勤務の同僚に声を掛けられる。
「よう、エイル!
休暇中も朝から訓練なんて真面目だな!」
休みは休めよと言ってくる同僚も体を鍛えることに余念がない相手なので適当に流しておく。
「ちゃんと休んでるよ。
少しは体を動かさないと落ち着かないだけ」
「わかるぜ、筋肉が張ってくるまでは動かさないと気持ち悪いよな」
いや、そこまではない。
首を振ると残念そうな顔をされた。
同志じゃないから。違うから。
「じゃあ街に行ってくるから」
「そうか、邪魔して悪かったな」
長々と話すのも悪いので早々に同僚と別れて城下に向かう。
なぜか今日は警備の日勤が多いので使節団の日程の変更でもあったんだろう。
警備の計画表を思い出しながら考える。
いずれにせよエイルたちの隊は休暇中なのであまり気にする必要はない。
さしあたってエイルが一番に済ませなければならないのは新しい剣を仕入れること。
熊型魔獣に突き刺した剣は案の定使えなくなった。
刃こぼれだけではなく切っ先が欠けてしまったため、砥ぎに出してもどうにもならない。
入団した時から使っていただけに多少の愛着はあるが諦めて処分することにした。
予備の剣はあるけれど、新しい物を買うなら早いに越したことはない。
職務中壊れた装備の新調なら補助金が下りるし。
どこから行こうかなといくつかの武器店を思い浮かべ城を出た。
エイルの休暇はいたって普通に過ぎていった。
幸いなことに新しい剣はすぐ見つかり、新調した剣を体に慣らしたり、久しぶりの城の食事を楽しんだりとしていたらあっという間に。
普段と違うのはアルヴィスに会えないくらい。
討伐後に一度会ったっきり、それから会えていない。部屋を訪ねても留守が続いていた。
お互いの予定が合わないことは珍しくなく、長い時には数か月時間を取れないこともある。
けれど顔すら見ないというのはあまりない。
一度新しい剣の補助金申請のついでに通りがかったアルヴィスの部署に寄ってみたけれど、不在だった。
文官が一人だけ残っていたけれど特に慌ただしい雰囲気はせず、タイミングが合わなくて残念だというくらいで、このときエイルは特に気にしなかった。たまたまかな、と。
しかし、それからも会えず連絡もない日々が続いた。
夜勤の者に警備の引継ぎを終えて詰め所に戻ってきたエイルは書類の山が積まれた机に目を見張った。
「なんですかこの山」
珍しい光景が気になり聞いてみる。
机に書類があるのが嫌いという理由で書類を溜めない隊長は基本的に処理も早い。
振れる仕事は人に振るし、自分で処理をするのも早いため机はいつもきれいにしてある。
なのでこんな山になることは通常考えられないのだけれど。
「討伐の資料だ」
「すぐ出したんじゃないんですか?」
エイルの疑問に隊長が不機嫌な顔を作る。
「当たり前だ。
帰ってきてすぐ作って団長に渡した」
仕事が早い。
感心しているエイルに、だからだと隊長が重い溜息を吐いた。
「拠点を作るかどうかの調査をしただろう。
実際に拠点を作るとして金を出せそうな領主を調べて報告しろだと」
ああ、とエイルも溜息のような返事になってしまう。
資金を出せるかあるいは運用時の食料や備品などの現物供与が可能かなどを調べろということか。
「文官に頼めるのでは?」
そうはならないだろうなと思いながら聞いてみる。
案の定隊長から返ってきたのは否定の言葉。
「どうせなら騎士団に都合が良い相手の方がいいだろ」
騎士団に友好的な相手に花を持たせるのか、非友好的だが騎士団の遠征で利を得る相手に金を出させ力を削ぐのか。あるいはその両方か。
面倒……、と思ったのが顔に出たのか隊長が皮肉気に口の端を上げる。
「せっかくだから手伝っていくか?
どうせ暇してるんだろ」
隊長が知るはずもないのに、アルヴィスと会えていないことを揶揄された気がして微かに胸に苛立ちがよぎる。
感情が波立ったのはアルヴィスの部屋に残した手紙に返事が来ないから。
これまで半日を超えて返事が来なかったことなんてなかったのに。
見ていないのか、見たけれど返事をする時間がないのか。けれど今は忙しい時期でもない。
どうして、と自問していたエイルを隊長が観察していることに気づき思考を止める。
確かに部屋に帰って寝るだけだ。明日は非番だし残業に支障はない。
少し考えてエイルは了承の返事をした。
よし、と笑った隊長の指示に従い書類を分ける。
丁度部屋に入ってきた書類仕事が苦手ではない同僚を一人確保して執務に当たった。
同僚は書類の山に悲愴な顔をしたけれど隊長が晩飯はおごってやると宣言したら嬉々としてペンを手に取った。現金だなあ。
素直な同僚にちょっと和みつつエイルもペンを手にした。
隊長の労いと晩御飯を頂いて部屋に戻る。
手伝って良かったかな。
親切心を出すのも悪くない。
廊下の先に見えた恋人の姿にらしくもなくそんな考えが過る。
書類の束を手に歩くアルヴィスは何か難しいことを考えているのか眉間に皺が寄っている。
視線を感じたのか顔を上げたアルヴィスへにこりと微笑む。
久々に見えた青に心を躍らせる。ようやく会えた。
自然緩む頬が途中で強張る。
エイルの顔を見て驚きに目を瞠ったアルヴィスは歩み寄ろうとするエイルを避けるように近くの角へ入り姿を消した。
歩み寄ろうとした格好のまま呆然と立ち尽くす。
――――避けられた。
衝撃で何も考えることができない。
避けられているのかもしれないとは一応考えていた。
けれど心当たりが何もない以上、気のせいかタイミングが合わないのだとばかり。
避けられていることを決定づける態度を目の当たりにした衝撃でしばらく動けなかった。
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