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忌まわしい衝動
しおりを挟むアルヴィスから離れて大きく息を吐く。
やばい、やばい……!
「……っ」
少しの間しか側にいなかったのに、なんでこんな……。
口元を押さえてぶるりと震える。
明らかな発情の兆しに落ち着こうと呼吸を深く繰り返す。
残業してたらしきアルヴィスを見かけたのでちょっと話をしようと思っただけだった。
この前のことを謝って次の約束でもできればと。
なのにアルヴィスが他の人から差し入れをもらったとの発言だけでぶわっと感情が膨れ上がった。
差し入れ主がブラント女史だと聞いて落ち着いたけど。
アルヴィスの上司でもある彼女は毎日迎えにくる最愛の旦那さんがいる。差し入れは部下へのただの気遣いだ。
膨れ上がった嫉妬と独占欲は一瞬で萎んだけれど、これはまずいと感じた。
この前の話をするどころじゃない。
距離を取っていて良かった。もしわずかでも触れていたら止まれなかったかも。
あの夜のような凶暴な感情と情欲で襲い掛かっていたかもと思うと血の気が引く。
呼吸をして心を落ち着ける。
視線を感じて顔を上げるとウォルドがじっとこっちを見ていた。
冷静な瞳に波立っていた感情が落ち着いていく。
「あー、なんかウォルド見たら落ち着いてきた。 ありがと」
「お前本当失礼なヤツだな」
これだから竜族はという文句がまた聞こえた。ほんとに何があったんだろ。
「まあ、パートナー以外に反応しないなら生活もしやすいだろ。
勤務中困ったら声掛けろよ、落ち着くまで誤魔化してやる」
嫌そうな顔をしながらの親切に笑ってしまう。
「ありがたいな。
アルヴィスでなければ大丈夫なら誰か適当な男の顔を見て落ち着くことにするよ」
「人族でやるのはやめとけ、勘違いされるぞ」
あんな顔で見られたら誘われてるのかと思われると諭された。パートナーを固定しない獣族でも勘違いする者はいるという。
説明すればいいんじゃないかなとも思うけど。
まあでもアルヴィスに勘違いされても嫌なので止めよう。
あと今余計な男に寄ってこられたら危ない気がする。相手が。
殴ってしまったらどうしようというエイルの心を読んだのかウォルドがにやりと笑う。
「この国には発情休暇はないからな」
「なにそれ」
耳慣れない制度名だ。
聞かなくてもなんとなく内容のわかる名前だけど。
「獣族が多い国にはあるんだよ。
仕事にならないから休むっていう発想だ。
発情期は獣族が嫉妬深くて周りも迷惑するからパートナーの方を休ませるとかな」
「へえ……」
理に適っている、のかな。
とりあえずしばらくアルヴィスには近づかないでおこう。
あんな失態一度で十分だ。
自分で制御できない衝動なんて。いらない。
今ほど自分が竜族であることを忌まわしいと思ったことはない。
生まれた国が違うだけでなく種族も違うからすれ違いや摩擦が起こることはあると思っていた。
けれどアルヴィスといてそれを感じたことはない。
まさかこんな落とし穴があるなんて。
もう一つ息を吐いて気持ちを切り替える。
近くで待っていてくれたウォルドに礼を言って任務へ戻った。
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