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故郷
しおりを挟む次の日も呼び出されたエイルは来賓用の食堂でクルードと顔を合わせていた。
この国の食文化を同族の視点から聞きつつ食事をしたいと言われたら断りづらい。
なぜか他の使節団のメンバーはおらずクルードと向かい会って座る。
昼食だったのがまだ救いか、と自分を納得させつつ食事を始めた。
さすがに他国の使節に出されるものだけあって、大勢が使用する食堂のものよりも料理が凝っていた。
煮込まれほろほろと崩れる肉料理を食べながらクルードが口を開く。
「この国は料理が凝ってていいよなあ。
温かくて美味いし、素材の味が生かされているのもいい」
「そんなに食事にこだわっているとは知らなかった。
いっぱい食べられれば満足なんだと思ってたよ」
同じく肉料理を味わいながらクルードの言葉に疑問を向ける。
最後に会ったときは食事なんかしなかったから共に食事をしたのは大分昔のことになる。
ひたすら胃に料理を詰めていて、味には興味がなさそうに見えた。
「そりゃ食っても食っても腹が減るガキの頃とは違うだろ」
そんなものかな。
確かに成長期は量が重要だろうけど。
「料理の種類も豊富だし、色んな国の料理の店があるみたいだしな。
俺らの国の料理もあるとは思わなかったぜ」
誰が伝えたのか、あるいは立ち寄った誰かが持ち帰ったのか王都の料理店には故郷の料理を出す店がいくつかあった。そこの店では色々な国の料理が味わえるのが売りで、何度か行ったことがある。
クルードも食べたのか中々悪くなかったと言っていた。
「でも帰って故郷の味を食べるとまた落ち着くんだよな不思議なことに」
ふうん、と気のない相槌を打つ。
この国向けに少し味わいの違う故郷の料理ならたまに食べるが、本当の故郷の味が懐かしくなることはない。
もしかしたらもう忘れてるのかもしれないな。
「帰って来れない距離じゃないんだからたまには帰ってこいよな」
そうだっけと思いながら「帰らない」と返す。
この国に来たときは他の国から入ってきたからあまりピンとこない。
故郷で成人を迎えてすぐ国を出てから何か国かをふらふらした後たどり着いたのがこの国だったからか、故郷からの距離や移動にかかる日数などはよく知らない。
どのみち数日で行けるほど近くはなかったはずだ。
やけに帰還を促すクルードに実家に何か言われたのかと勘繰りたくなる。聞かないけど。
エイルの反応が芳しくないからかクルードが話を変えた。
「この国は人族の国だけど獣族もいるんだな」
「そうだね、騎士団にもいるし」
獣族は竜族よりは色々な国にいる。
数が多いのもあるんだろうけれど。
竜族ほど同族に固まって暮らすことを好まない。
そう思えばクルードも竜族としては珍しい部類に入るのかな。他国に来て交流や交渉を担うのだし。
「へえ、じゃあお前の同僚ってわけか」
同僚だし先輩だ。今回の発情期のことでは助けてもらっているし、意外と世話焼きなところがあるんだなと感謝している。
自分も発情期を持つ種族として見かねたのかもしれない。
「他種族に囲まれて暮らすのに困ることもあるんじゃないか」
「さあ、よく順応してると思うけど」
ウォルドはエイルより年上でもあるし、竜族よりも発情期の回数が多いのである程度コントロールが効くんだろう。
隊長がエイルを夜勤に振り替えたのもウォルドや他の獣族たちの例があって慣れていたのかもしれない。
先達のおかげで助かっている。
「何?」
なんだかクルードが変な顔をしている。別にと言われたので食事の話に戻った。
この国のことを話すというより世間話をしながらの食事を終え席を立つ。
食事は美味しかったけれど、なんの思惑があるのか考えてしまって疲れた。
アルヴィスとの穏やかな時間が恋しい。
「美味かったな、余所の国に来たときは食事が楽しくて良いな」
何しに来てるんだと思ったけどさすがに食事だけを楽しんでいるわけはなく、ただの冗談だろう。
「お前と食事っつうのも楽しかったし、滞在中に酒も飲もうぜ」
「飲まないよ」
いいだろと馴れ馴れしく肩に触れようとした手を払う。
足早に進むエイルの後ろを騒ぎながらクルードがついてくる。
鬱陶しくてうるさい。
聞き流しながら足を進めていたエイルは使節団に与えられた部屋の前で止まる。
まだしゃべろうとするクルードを止め、気になっていたことを聞いてみた。
「クルード、私の恋人に会った?」
「いいや?」
「……そう」
否定の言葉を吐いたクルードに目を細める。
これ以上話をしても意味がなさそうだ。
客室へクルードを押し込め詰め所へ戻る。後ろから聞こえた文句は無視した。
クルードが嘘を吐いていたことはどうでもいい。どうせ口を割らないだろうから。
ただアルヴィスに何を言ったのかだけが気にかかる。
どこまでのことを話したのか。
アルヴィスの態度がおかしくなったのに関与しているのか。
もし、そうなら。
目を覆ってゆっくりと息を吐く。
明るい日の下でもわかるほど黄みを増した瞳を隠してこれから取れる行動を考える。
怒りをぶつけるよりも先にすることがあった。
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