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獣族の令嬢は求愛の許可を求む

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「お主の末息子を寄越せと言っておるわけではないぞ?
さすがにスペアを奪うのは気が引けるのでな」

獣王が第一王子へ向ける視線は刺すような鋭いもの。
悲願が形になる寸前で泡となったのでその怒りもわかる。

しかし、早計だとも思う。
相手の隙を逃さず自分の望むものを得るために攻めるのは当然のことではある。
けれど。 まだ、私は納得したとは言っていない。


「獣王様」

即座に了承させたいと交渉を進める獣王と何とか名言を避けたいこの国の王に、割り入り声をかける。
多少無礼ではあるが、当事者である私を無下にはできない。

「そのようなお話を進めるのは、まだ早いと思うのです」

「ほう?」

私に向ける視線が険のあるものに変わった。
己が悲願を邪魔する者への敵意を孕む視線を、意志を持って見返す。

「獣族は力が全て。
獣王様のご息女なればその身に類稀なる力をお持ちのこと疑ってはおりません。
また、他の子女たちも将来研鑽を積み、相応しい者も現れるとは存じます。
が、現時点でどれほどの力をお持ちなのか不明」

ちらりとこの国の王を見る。
王弟の子息とてその力が不明。
優れた血筋を持つのは確か。
魔法の能力も素質はあると認められている。
しかし、その力が開花するかどうかはまだわからぬ未来の話。

「獣族の常として勝ち抜いてここにいる私より優れているかどうか。
わからぬ以上はさらなる次代へというお話、承服いたしかねます」

国での熾烈な争いを勝ち抜いて素晴らしい力の持ち主との縁を掴んだ私が、賠償だけで納得などできるわけもない。
賠償を受け国に帰ったところで、いるのは私より弱い者ばかり。
しかも獣族同士で子に魔法の素養の遺伝など望めるわけもないとくる。

「ならば何を望む」

私の宣言に、獣王は心から楽しそうな笑みを浮かべる。

「こうなっては私も婚姻は望みません。
なれど王子への求愛の許可をいただきたく存じます」

「……ははっ、なるほど」

獣王が声を立てて笑う。
目を瞬かせているこの国の王はまだ状況がわかっていないらしい。
王たちの会話に入ってこれない第一王子も同様だ。
王子、と呼びかける。

「獣族は力が全て、そう厭われること悲しく思います。
しかし、獣族にそういった一面があることも事実。
力のある者に酷く惹かれるのはもはや本能だと思えるほどに」

「なにを」

「私はあなたがほしいのです。
あなたのその力、そのk……、血が」

危ない。
危うく公衆の面前で令嬢が発して良い言葉ではない単語を口走るところだった。
全部わかっている獣王は腹を抱えて笑っている。

「ふざけるな!」

第一王子が声を荒げる。
ふざけたわけでも馬鹿にしているわけでもない。
私は真剣に王子の血が、子が欲しい。

「ふざけてなどおりません。
私は本気で!」

ドレスを翻して駆ける。
怒りに顔を赤くする王子に肉薄し、その手を取った。

『本気で、あなたの子種が欲しいと言っているのです』



私の求愛の言葉に返ってきたのは、震えるような魔力の波動と怒りに満ちた目だった。


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