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獣族の令嬢は力を望む

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ホールを出たところでこちらを睨んでいる王子と目が合った。
ちゃんと待っているところがおもしろい。

「どちらへ向かうのです?」

「王宮に決まっているだろう、寮は引き払っているのだから」

私が今日から王宮に住むこともちゃんと把握していたようだ。

「言っておくが、お前の部屋は他国の要人に貸し与える部屋だからな。
すでに荷物も移してある。
俺の部屋の側だと思っていたなら残念だったな」

多少残念ではあるけれど婚約が解消されたので当然のことだ。
必要であれば忍び込めなくもないし気にしない。それは本当の最終手段だけど。

「まったく公衆の面前であんな恥をさらすとは、これだから獣人は」

「そうはおっしゃいますが、王子も似た気質をお持ちだと思いますよ」

獣王も言っていたが『交渉』というものが世の中にはあるわけで。
根回しもなくいきなり婚約を破棄すると言い出した王子は権力という『力』で押し通そうとしたと言われても仕方ない。
普段の言動を見ていても率直なやり取りを好むようだし、あまり人族特有の――、といったら失礼だが策を弄したり口先で相手を操ろうとするのを見たことがない。
なんとなく苦手そうだ。

「馬鹿にしているのか?」

ぴしりと青筋を立てた王子が私を見下ろす。

「好ましいと言っているのです」

馬鹿になど全くしていない。

「ふん、信用ならないな。
何を企んでいるのやら」

俺の力が目当てというのもどうせ偽りだろうと吐き捨てられ、ぽっと炎が燃え上がる。怒りの炎が。
そこを疑われるのは許せない。

「王子」

行く手を遮って王子を見つめる。

「あなたの魔法は本当に美しいと思います。
魔力量や魔法の威力もさることながら、綺麗に混ざりあう水と風の魔力」

澄んだ青と緑を帯びた魔力をみなぎらせ戦う姿は本当に素晴らしかった。
うっとりと思い出す。

「2属性程度珍しくもないだろう。
父上の方が稀な力をお持ちだ」

「国王陛下は確かに均等に属性をお持ちで力も強いとわかりますが、好みでないのですよね」

4属性を表す赤、青、緑、黄、が均等に強くその色もそれぞれ主張が激しい色をしている。正直全く惹かれない。

「あなたの魔力の方がずっと綺麗です。
青と緑がすっと溶けて混ざる瞬間の魔力。
本当に美しい……」

とても好みで、強く惹かれる。
感情のまま表情を崩せば王子の顔が朱に染まる。

「お、前は恥を知らないのか!
婚約破棄を言い渡されたのに言い寄ってくるとは!」

「言い寄る女には慣れていらっしゃるのに、何を慌てているのですか?
学園で王子に色目を使っていた者こそ恥知らずと言うのだと思いますが」

婚約者がいる相手に言い寄るのはこの国でも褒められた行動ではない。
しかし学園では王子の周りを囲む女性は多かった。
今、王子は婚約者のない身。
咎められる筋合いはない。

「王子の望み通り婚姻は伴いませんし、他の場所に撒いていたものを私にも分けていただければよいだけです」

「は?」

私の暴露に王子は信じられないものを見る目で私を見た。



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