57 / 58
第59話 偶像は悪
しおりを挟む「もう、戻れないんだな」
「戻れないです」
僅かに震えた声で吐き出すように話したジノ兄さんは、ゆっくりと近づいてきた。
「最後にお願いがあるんだ」
「なんですか?」
「あの首輪をしてくれないか?」
「ごめんなさい、それはもう持ってないです」
ジノ兄さんに頭を下げた。ジノ兄さんは俺の隣まで来た。そして、その手は素早くこちらへと伸びてきた。
そして、俺の首をグッと掴んだ。
「んっ、ぅンッ……!」
苦しい、苦しい、俺は喉を掴まれたため、必然的に彼と向き合う状態になる。
ジノ兄さんが近づけば近づくほど、俺たちの視線は確りと交りあって、ジノ兄さんのが先に視線を落とした。
あと少しで、俺はもう駄目だろう。虚ろになりかけたところで、急に手を離された。
「ゔぇっ、ぇほッ、ぐぇ、ぇッ」
急に取り込まれる酸素。思わず汚く噎せる俺。ジノ兄さんは落ち着くまで、隣で俺を見ていた。
暫くして、落ち着いた頃、恐る恐るジノ兄さんを見上げる。彼はもうすでに穏やかな表情をしていた。
「カナヤマくん、今日はありがとう。俺は仕事あるから、ここでお暇するよ。さようなら」
まるでお茶だけ頂いたくらいの軽い様子に拍子抜けしてしまうが、俺は早く帰ってほしくて彼を玄関まで案内する。
「さようなら、キムジノプロデューサー」
それが、俺たちの最後の言葉だった。
マシューさんが彼をここに呼んだ理由は、わからない。けれど、俺的には俺たちはあるべき姿に戻ったのだと思う。なにせ本来ならば、俺たちは交わるべきではなかったのだから。
彼が去った次の日、俺は部屋に大事にしまっていた一つの箱をゴミ収集ボックスの中へと入れた。
そして、また半年。
その頃にもなると勉強もかなり進み、元々外国語系は得意だったので、そのあたりの試験を受けたりしていた。
まだ、目立った功績はないが、着実に良い点数にはなってきている。
この半年、『パラニュイ』は事実上の解散となった。何せ、事務所が破産してしまったからだ。メンバーたちとは連絡が取っていないので、詳しいことはわからない。
でも、前々から潰れるかもしれないと思っていたので
「ああ、やっぱり」
となってしまった。
悲しいけれど、韓国でアイドルを続けるのは難しい。特に小さい事務所から出るとアイドルが、残るのは難しいだろう。
(それでも、偶に売れてしまうから、皆、期待してしまう)
最近、古典の教科書で読んで覚えた「諸行無常」というのだろう。
マシューさんから許可をもらい、料理をすることも増えた。大きな部屋で、自分の食べたいものを作る。解禁された最初はとても楽しかった。料理本や料理動画を見て、作ったことないものもチャレンジした。
けれど、それも日に日に落ち着いていき、宿舎で皆のために作ったあの日が恋しくなっていく。
(もう、誰かに、ああやって、振る舞うことは出来ないのかもしれない)
自分が捨てた日々を、恋しく思ってしまう。
本当に自分は勝手な人なのかもしれない。
ホームシックみたいなものに今更なってしまい、落ち込む日々を過ごしていたある日だ。
通信高校のスクーリングのため、珍しく電車に乗って学校に向かっていると、道の途中で一人の男子に声を掛けられた。
「あの、パラニュイの時雨くんですか?」
自分より少し下の制服を着た男子。中学生くらいだろうか。彼の鞄にはエストラガンのペンライトを模したキーホルダーが付けられていた。
「元、ですけどね」
「わ、わあ!俺、ファンだったんです。握手してもらってもいいですか?」
「もう、一般人ですけどね」
「いや、でも、俺『墨』も『ナイトタイムコール』も好きで……!蛇姫様ヘア似合ってました」
「わあ、ありがとうございます」
まさか、まだ自分を好きでいてくれるファンがいるとは思わなかったため、本当に驚きであった。しかも、随分若い子であったから余計だ。
「あ、あの、もしかしたら、失礼かもしれないんですが、一つ質問いいですか?」
「何ですか?」
改まった様子の彼に、俺はなんだろうと思いつつ、質問を促した。すると彼は決意した顔で口を開いた。
「俺って、韓国で、アイドルになれますか?」
その質問を、俺にするのか。
若さというものは残酷だなあと思うが、あの前置きに対して促したのは俺だ。
俺は、微笑みを貼り付けて返答した。
「想像以上に大変だけど、成れはするよ。でも、成れてからが、もっともっと大変。
それでも、成りたいなら、やるしかないよ」
間違ったことは言っていない。けど、この返しは正しくないと自分でもわかる。
「……そうなんですね、わかりました。ありがとうございます。時雨さんは俺の憧れのアイドルです。これからも応援してます」
「うん、俺も君を応援しているよ」
俺の進行方向とは逆に去っていく少年の足音を感じる。俺とは違って、彼は誤った道をいかないと良いと願った。
そして、止まっていた足を進める。
彼を振り返ることはしない。
もう彼の憧れには戻らない。
だって、もう俺は偶像ではないから。
END
0
あなたにおすすめの小説
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる