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Ⅱ
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しおりを挟む「娘が出かけるっていうから、もしかしたら今日、ノエルがここへ来るだろうと思ってたのよ、だから貴方にお使いを頼んだの。ノエルは人を選ぶのが上手だから、絶対に貴方を捕まえると思ってたわ。さすがノエル、誰に似たのかしら! 私ね!」
マダムは言い訳がましく言った。最後のほうはただの孫の自慢だったけど。
「どうしてばっちり僕とノエルが絶妙なタイミングで出会えたんですか、マダム?」
僕の詰問に、マダムはやれやれ、みたいな顔をした。言っておくけど、そういう顔をしたいのは僕のほうなんだ。僕が答えを知るまでテコでも動かないと察したマダムは渋々と黒うさぎのノエルを持ち上げた。水分をたくさん含んでさらに真っ黒になっている。
僕は不思議そうな顔をしていたに違いない。マダムはすんなりうさぎのノエルの背中についている金色の荒いチャックを下げると、うさぎのノエルに入っていた小さなGPS発信器を取り出して、僕らに楽しそうに見せるんだった。
「やべえなこの人」
翔がボソッと呟いた。もしガムを噛んでいたら風船を作ってそうな適当な言い方だったけれどその発言に僕はおおむね同意だ。同意しかない。
マダムは翔の呟きに対していいえ、と笑う。
「賢いっていうのよ、魔法みたいでしょ」
「いやGPS使ってるじゃないすか、科学じゃん」
「理屈をつけることができた魔法を、人は科学と呼ぶのよ」
まあ確かにね、と翔はやれやれってポーズをして続ける。
「娘さんともグルでしょ」
「まあグルね」
「まあってなんすか」
「可愛い子にはなんとやらってわけよ、ここまで予定通り……貴方の存在を除いて、ね」
翔とマダムはさっき会ったばかりなはずなのに、ずっと前から知り合いみたいに馴染んだ会話をしている。不思議だ。この人たちは本当に不思議だ。
「俺邪魔だったかな?」
翔が少しも悪びれたようすもなく乾いた笑いをする。マダムはいいえ、と言ってウィンクした。可愛い。可愛いけどうんざりだ。
「大歓迎よ、ノエルもすっかり懐いてしまったみたいだし、ユヅキも……」
そういって僕の方をちらと見たマダムが、言葉を止めてくす、と笑ったんだ。僕は知ってる。この笑い方は、何か面白いことを思いついたって顔だ。このお茶目さんめ。
僕は大きなため息を吐く。
「頭が痛い」
額に手を当てて、それから濡れた髪をかきあげる。梳くと直ぐに指が濡れた。目の前からバスタオルが飛んできて僕の顔面に直撃する。僕は変な声を出してしまった。マダムが投げたのは明白だ。翔が隣でくすくす笑ってる。
「さぁ、あなた達も、風邪を引いてしまうから着替えてきなさい。ユヅキはコートと足元だけで大丈夫そうね。カケルは……だめね。全部着替えたほうがいいわ」
カケル、って言った。
下の名前で。下の名前しか教えてないからなのかな。僕のことは初め、苗字で呼んでいたのに。社交辞令、って言って。翔はすごいな、社交辞令、なんてくだらない垣根、簡単に乗り越えさせることができるんだから。僕も、こんな風になっていたら今、全く違うところで、全く違う人生を遅れていたのだろうか。
翔は僕にはないものを、たくさん持っている気がする……少し羨ましい。
ぼーっとする重い頭で、そんなことを思った。
「二階の貴方の部屋に案内して、ユヅキ。シズクのクローゼットから勝手に適当なもの着て頂戴」
濡れたのがコートと足元だけで平気なのはたぶん、翔が前を走ってくれたからだと思う。
僕の手を引いて。
僕は繋がっていた右手に視線を落とす。右手は雨に当たってつるつるしていた。
「あら、思ってたより似合う」
マダムが意外そうな声を出したのでそちらのほうを向くと、そこにはリネンのワンピースを着たノエルがいた。きなり色のプルオーバーのナチュラルなワンピースで、スクエアネックの周りにはカントリーな刺繍がしてある。切り替えのギャザーがふわふわしていて、やっぱり女の子用の服なんだとはっきり分かる服だった。下には七部丈の黒のレギンスをはいていて、妖精みたいだ。
マダムは、私の娘のおさがりなんだけど、と言った。つまりノエルの母親が着ていた服ということだ。
「どう?」
ノエルが裸足で僕らの前にやってきて、見せびらかすようにくるりと一回転する。濡れている細い髪が束になってくるりとつむじのように揺れた。
僕はなにも言えずにそれを見ている。
背筋がぞわぞわして、胃がぎゅっと締めつけられるような感じがした。
昔の自分と重なって、すごく苦しい気持ちになる。
「似合ってるよ、可愛い」
少しの間があって、翔が言った。言葉は単純だったけれど熟考した発言のような感じがした。
ノエルがえへへ、と言ってにこにこする。嬉しそうだった。不思議だ。
すごく、すごく嫌な気持ちになった。ノエルは可愛いし、リネンのワンピースもよく似合ってるけど、ダメだ、本当に、昔のことを思い出してしまう。
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