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Ⅲ
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しおりを挟む僕は彼から距離を取るように手で体を引き離す。体が勝手に動いてしまった。他意はある。咄嗟に思ってしまった。親密な仲だと思われたくない。変な噂を立てられたくない。変わった視線を浴びたくない。
だって。
普通の男友達はこんな距離感にはならない。
それでなくとも僕は誰かと物理的にも心理的にも近付くのに慣れてない。
僕は彼から距離をとってしまった。
しまった、と思ってしまうくらいにはやってしまった、という気持ちもある。でも口は動かない。蕗ちゃんは豹のように目を一瞬鋭く光らせて翔を見やった。でもすぐにいつもの可憐な瞳に戻る。
「おはようございます。はじめまして、翔くん。私は蕗。蕗って呼んでいいわ」
「ありがとう、蕗」
二人は、線香花火みたいにぱちぱちしていた。空気も冬の朝のように張り詰めている。僕は口がどんどん重くなっているのを感じた。間に入れそうもない緊迫感がある。
すごく胸が苦しい感じがした。翔は笑っていたけれど、瞳は宇宙を貫く光が遮るように冷たく輝いていた。口調も硬く、のりの落ちきれていないスーツみたいに形式的でよそよそしかった。こんな話し方もするんだ、と僕は新しく見る翔の一面に若干動揺する。
僕と話す時と全然違う。それは蕗ちゃんも同じだった。でも彼女の方が分かりにくい。彼女は爪を隠している鷹のようだった。いつもは可憐で無邪気な雰囲気を漂わせる蕗ちゃんは、今の状態の翔の前ではずっとずっと大人の女性のように見える。
僕はそわそわしながらも二人の様子を見守ることしかできない。
「あなたは優月の友達?」
二音半上がる翔の声は朱鷺の鳴き声のようだった。
蕗ちゃんも負けてない。
「ええ、そうよ。サークルも一緒。学部は違うけと一緒の講義を履修したり、ご飯を一緒に食べたり、お茶したりしてる。一年生の頃からずっと一緒なの、そうよね?」
蕗ちゃんが突然僕に話しかけてきた。僕は息を呑むようにうん、と絶妙な角度で頷く。言わないで欲しい。翔にそれを言わないで。
「毎年花見もしてるのよ、休みの日は一緒に遊んだり出かけたりもしてる」
誤解されちゃったらどうしようって、苦しい。
……。
……?
……何が?
誰が、なにを、どんな風に……?
誤解されるっていうんだ?
それのなにが?
なにが嫌で胸が苦しい?
「私たち、長い付き合いなの」
言わないで言わないで言わないで、って、沸点間近の水みたいにぶくぶくと言葉が心に残る。
僕は、そう。
僕は翔に蕗ちゃんと僕の関係性が親密なものなんだと誤解されるのが嫌だと思った。
「あなたは樫崎くんのなに?」
蕗ちゃんは高い声で言った。
俺は、と翔は言う。
彼の言葉に覆いかぶさるように、僕は重い口を開けた。
「知り合いだよ」
誤解されるのが嫌だと思った。
僕はそう……蕗ちゃんに。
蕗ちゃんに僕と翔の関係が友達以上の何かなのかもしれないと、誤解されるのが嫌だと思った。
だから翔の口を遮った。
彼にはなにも、話して欲しくない。
そう思ってしまった。
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