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羽黒町に着くまで蕗ちゃんはとても嬉しそうにいろんな話を僕にしてみせた。大学の期末試験のこと、サークルのこと、誰かと誰かが付き合ったこと、新しいブティックができたこと……そんな当たり前の日常のことだった。
ありきたりな日常を聞くことは僕もその一部になっているという証に思えるから好きだ。彼女は話し上手だから、聞いていて退屈に思うことはない。
いつもなら。
今は上手な彼女の話の十分の一くらいしか頭に入らなかった。とてもじゃないけど彼女のありきたりな話を完璧に傾聴した上で感想を述べることなどできない。できないなりにやろうとはしている。だけど、『DEAR ROI』を出た時の光景がまるで断罪のように頭からこびりついて離れなかった。
普段は聞き分けのいいノエルが泣いて喚くほどの願いを受け止めてあげられなかった自分が嫌だ。嫌だ嫌だと後悔するのは苦しい。でも僕は多分この苦しさを味わうことで赦されたつもりになっている。それが一番楽だから。
僕は世界を変えられない。
蕗ちゃんは僕にぴったりと寄り添っていた。払いのけることなど地球の自転を止めようとするくらいに無謀でできることではない。通行人が僕と彼女をちらちら見ていた。彼女がその視線に気づかないわけがない。とても満足しているようだった。いつもより上機嫌だったから。彼女は美しくて目を惹く。意思も強い。私怨を向けられること以上に、隣に並んだところで僕のことなど誰も見てなどいない。
そんな彼女に僕ごときが文句を言うことなんて宇宙の誕生からできることがないと決まっているようなものだ。僕はこの感情にどんな名前をつければいいのか分からない。
だから諦めよう、身を任せよう、って、いつもならなる。でも今日は違う。
宇宙の誕生から、到底できないことだと、決まっていたとしても……それが大泣きして行かないでと訴えるノエルを置き去りにしていい理由にはならない。
ここまで頭で理解しているのに、たまごのからを破れない。
僕に勇気がないから。意気地がないから。
ありきたりな日常が壊れることがどんなことよりも怖いから。
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