DEAR ROIに帰ろう

紫野楓

文字の大きさ
96 / 104

しおりを挟む



 自分の人生を賭けた大勝負の数日前に子どもの世話をすると言って勉強から離れる度胸もすごいし、僕が言うのもあれだけど、誰かと喧嘩別れしたっていうのにそれで揺るがない精神力もすごいし……なにより医学部を現役で合格するような才能があるということにもびっくりだ。もういろいろ驚きだ。

 僕の反応を見た翔は、苦笑した穏やかに口を開く。

「いいんだよ、もうあの時には全部やり切っていたから。不合格だったとしても、俺は自分が選んで過ごしてきたことに少しも後悔しないと思う」

 翔は過去を思い返すように遠くを見やる。

「息抜きしたかったんだ。……本当はね、ひと月前くらいまでは根を詰めすぎていて、気がおかしくなりそうだった。一分一秒すら惜しくて、やってもやっても足りない気がして、全然駄目な気がして、孤独で、すごく怖かった、かっこ悪いだろ」

 格好とかそういう問題ではないし、その反応は至極当然だと思った。学部が学部なので尚更だ。

「だから一回距離置こうと思って、気分転換に下見も兼ねて大学へ行くことにした」

 僕はそこでようやく口を開く。

「そうしたら大冒険中のノエルと駅でばったり会ったと」

「そういうこと」

 彼はウインクする。マダムのウインクを思い出す。

 彼は照れ臭そうだったけど、僕は翔も怖かったり苦しかったりするんだって思ったらすごく安堵した。あんなに明るくて闊達そうに見えた彼も、ずっとずっと一人で戦って苦しかったんだ。ノエルや僕との出会いが彼の気持ちを軽くしたのならば光栄なことだと考え直す。ばかって言ってごめん。

 翔は僕の顔を覗き込むように見た。

「優月が後押ししてくれたから、力を出し切れたんだと思う」

「え、僕が?」

 微塵も心当たりがなくて焦っていたら翔が困ったように笑う。

「『子どもと関わる仕事がしたい』って俺が言ったら、『素敵だね、君ならなれると思う』って、言ってくれた」

 ああ……朝起こしに行った時だ。

 あんな……あんな一瞬の何気ない一言が?

 彼の後押しになったの……?

「あの時やっと肩の力が抜けたんだ。その言葉にどれだけ救われたか分からない。ありがとう。俺は俺が目指したいものを目指していいんだって、失敗してもまた挑戦しようってすごく前向きになれた。他の誰でもなくて優月に背中を押してもらえたから、結果を出せたんだと思う」

 僕は首を横に振る。

「僕はなにもしてないよ、君が頑張ったんだ」

「頑張ってるって教えてくれたのは優月だから」

 春風と一緒に桜の花びらが僕らに向かって激しく舞った。





しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

出来損ないΩの猫獣人、スパダリαの愛に溺れる

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
旧題:オメガの猫獣人 「後1年、か……」 レオンの口から漏れたのは大きなため息だった。手の中には家族から送られてきた一通の手紙。家族とはもう8年近く顔を合わせていない。決して仲が悪いとかではない。むしろレオンは両親や兄弟を大事にしており、部屋にはいくつもの家族写真を置いているほど。けれど村の風習によって強制的に村を出された村人は『とあること』を成し遂げるか期限を過ぎるまでは村の敷地に足を踏み入れてはならないのである。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

わがまま子息は七回目のタイムリープで今度こそ有能執事と結ばれる! ……かな?

大波小波
BL
 上流階級・藤原家の子息である、藤原 昴(ふじわら すばる)は、社交界の人気者だ。  美貌に教養、優れた美的センスの持ち主で、多彩な才覚を持っている。  甘やかされ、ちやほやされて育った昴は、わがまま子息として華やかに暮らしていた。  ただ一つ問題があるとすれば、それは彼がすでに故人だということだ。  第二性がオメガである昴は、親が勝手に決めた相手との結婚を強いられた。  その屋敷へと向かう道中で、自動車事故に遭い短い人生を終えたのだ。  しかし昴には、どうしても諦めきれない心残りがあった。  それが、彼の専属執事・柏 暁斗(かしわ あきと)だ。  凛々しく、寡黙で、美しく、有能。  そして、第二性がアルファの暁斗は、昴のわがままが通らない唯一の人間だった。  少年以上・青年未満の、多感な年頃の昴は、暁斗の存在が以前から気になっていた。  昴の、暁斗への想いは、タイムリープを繰り返すたびに募る。  何とかして、何としてでも、彼と結ばれたい!  強い想いは、最後の死に戻りを実現させる。  ただ、この七回目がラストチャンス。  これで暁斗との恋を成就できなければ、昴は永遠に人間へ転生できないのだ。    果たして、昴は暁斗との愛を育み、死亡ルートを回避できるのか……?  

黒とオメガの騎士の子育て〜この子確かに俺とお前にそっくりだけど、産んだ覚えないんですけど!?〜

せるせ
BL
王都の騎士団に所属するオメガのセルジュは、ある日なぜか北の若き辺境伯クロードの城で目が覚めた。 しかも隣で泣いているのは、クロードと同じ目を持つ自分にそっくりな赤ん坊で……? 「お前が産んだ、俺の子供だ」 いや、そんなこと言われても、産んだ記憶もあんなことやこんなことをした記憶も無いんですけど!? クロードとは元々険悪な仲だったはずなのに、一体どうしてこんなことに? 一途な黒髪アルファの年下辺境伯×金髪オメガの年上騎士 ※一応オメガバース設定をお借りしています

魔王に転生したら、イケメンたちから溺愛されてます

トモモト ヨシユキ
BL
気がつくと、なぜか、魔王になっていた俺。 魔王の手下たちと、俺の本体に入っている魔王を取り戻すべく旅立つが・・ なんで、俺の体に入った魔王様が、俺の幼馴染みの勇者とできちゃってるの⁉️ エブリスタにも、掲載しています。

ペイン・リリーフ

こすもす
BL
事故の影響で記憶障害になってしまった琴(こと)は、内科医の相澤に紹介された、精神科医の篠口(しのぐち)と生活を共にすることになる。 優しく甘やかしてくれる篠口に惹かれていく琴だが、彼とは、記憶を失う前にも会っていたのではないかと疑いを抱く。 記憶が戻らなくても、このまま篠口と一緒にいられたらいいと願う琴だが……。 ★7:30と18:30に更新予定です(*´艸`*) ★素敵な表紙は らテて様✧︎*。 ☆過去に書いた自作のキャラクターと、苗字や名前が被っていたことに気付きました……全く別の作品ですのでご了承ください!

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

処理中です...