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こっちの方がずっといい
しおりを挟む「ううん、すっごく綺麗だよ」
彼は春人の言葉をあっけなく否定する。
「だからほら、前髪をね……」
安形が春人の顔に向かって手を伸ばしてきた。避けそうになる身体を必死で抑える。彼の指は優しく春人の長めの前髪をかき分けていった。
全然痛くも怖くもなかった。むしろ……少し体が熱くなる。そんな……きらきらしている目で僕を見ないで。
「これがいい」
春人の少し垂れた大きな左目が露わになる。右目は前髪に少し隠れているけれど視界が見えないほどではない。
「こっちの方がずっといい。俺も依田くんがよく見えるし、依田くんも俺がよく見える……そうだね?」
安形が屈託のない笑顔を向けてくる。この人が笑うと、この人が話すと、本当にそうかもしれないと、ほんの少しでも思えてしまう。そういう力が彼の言葉にはある気がする。
顔が見えるのは恥ずかしかった。恥ずかしくて後ろめたかった。誰にも見られたくなかったし、誰も見たくなかったから前髪で顔を覆っていた。でもせっかくこうしてくれたんだから、と思うと元の状態に戻すのは申し訳ない。
それに明るくなった片方の瞳から見える景色は、ほんの少しだけ暖かくて優しい。
「明日からそうしなよ。依田くんの綺麗な顔が見えるように……半分くらいがちょうどいいよ、綺麗すぎるから」
そんな簡単に綺麗じゃないって言葉を否定しないで。
どうしよう。自分がすごく惨めだ。
やっぱり見られたくない。こんな自分の生きる世界を見たくもない。
彼が語り始めた。チーズスフレのようにしっとりとした言葉で。
「どうして今朝、あんなにふらふらだったの? 今は少し良くなった? 寝てなかったの? 勉強のしすぎ?」
『援助交際相手が思った以上に絶倫でセックスが長引いたからです』なんて答えられるわけがない。こんな屈託のない人には。ただでさえ言えるようなことじゃないのに。
春人は黙り込んでしまった。
「……言いたくないならいいんだ、困らせたかったわけじゃない。ごめん」
初めて見た安形の寂しそうな顔に春人は我に返る。違う、そんな顔させたかったんじゃない。答えは言えないけれど場を紛らわすように首を横に振った。
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