上 下
33 / 103

好きよ

しおりを挟む


「約束、するわ。力になりたい。鞄、ありがとう、依田くん……」

 なにもかも分かっているみたいな顔で小夜はようやく笑ってくれた。

 今日初めて見た小夜の笑顔は力強い。

「わたし、あなたのこと、好きよ」

 恋愛感情の好きじゃないことは伝わる。たんぽぽが好き、菫が好き、水あめが好き、アイスクリームが好き、と同じ意味の好き。

 僕も小夜が、多分、好きだったんだと思う。

 かつて彼女は僕になにも聞かなかった。なにも聞かないで僕を受け入れて、高校生になっても一緒に部活動をしてくれた。それが心地よかった。でもそうもいかなくなってしまった。僕らは二人だけの秘密を共有してしまった。そしてその秘密は、僕が誰にも知られたくない僕にあと一歩のところで届きそうな秘密だった。

「好きだから心配なの……」

……僕は、なんでも見透かしてしまいそうな彼女が怖い。

 予鈴のチャイムが鳴った。あと五分でHRが始まる。

 行きましょうか、と言ったのは小夜だった。小夜は泣いてすっきりしたのかすごく元気な感じがした。でも昨晩一睡もしていない上に泣いて体力を使ってしまったんだから今日の授業は睡魔との戦いになること間違いなしだろう。特に昼過ぎ。

 家庭科室の扉を開けた。

 そこに誰もいないと当たり前のように思っていた。

 扉を閉めたらなにも聞こえるわけがないと当然のように思っていた。

 野乃花が立っている。

 二人で言葉を失った。

「おめでとう」

 野乃花は薔薇の花のように微笑む。

 なにに対するおめでとうなのかなんてすぐに分かる。

「違う」

 小夜がすかさず否定する。その反応は逆効果かもしれない。

「照れることないわ。布川さん、好きって言ってたじゃない」

「言った、けど、そういう意味じゃなくて……!」

「A組のみんな、気になって仕方ないみたいだったから……立ち聞きしたのは謝るわ。ごめんなさい」

 慌てている小夜とは裏腹に、春人は、そういえばこの人、情報通だったなとのんきに思った。

「依田くんのおうちに忘れたの? 鞄」

 なにか言いたげな言い方だ。

 小夜が真っ赤な顔で反論する。





しおりを挟む

処理中です...