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1.命運なんて人それぞれ①
しおりを挟むルチアが学園生だったとき。
将来のこととか恋のこととか。
悩みばかりが満ち満ちて辟易となって、その解決法は結婚しかないと思っていた。
結婚さえすれば、ルチアの悩みは一挙に解決する、そう思っていた。
だって物語でお姫さまは『結婚してめでたし』となるし。
――そんなこと信じていたルチアは子どもだった。
◇
「え? ルチア、あなた結婚してたの? いつ? どうして披露宴に呼んでくれなかったの?」
街角で偶然会った親友の立て続けの問いに対し、ルチア・アラルコンは困ったような笑みを浮かべた。
ルチアはピンクブロンドの髪と、晴れ渡った空色の青い瞳を持つ二十歳の女性である。たぶんだれが見ても『可愛い』と評する容貌。全体的に小柄で細い手足を包むのは王宮で支給される侍女のお仕着せ。その左手薬指に嵌められた指輪は既婚者の証。
このグランデヌエベ王国における貴族の結婚は、貴族院に婚姻届けを提出したあと、それぞれの領地や自邸宅で親族や友人たちを招いて大々的にお披露目するのが習わしである。
ルチアは書類提出こそ済ませているものの、親戚や友人たちを招いての御披露目パーティをしていない。
「ごめんね。すぐに実務に入っちゃったから、披露宴ってやってないんだ」
そう言ったルチアを、親友はこの世の者とは思えないような絶望の表情で見詰めたあと叫んだ。
「なんでっ⁈ 人生で一番着飾って、みんなに可愛い、綺麗ね! って褒められて、旦那さまとお幸せにねって祝福される場よ? 精霊もたくさん集って祝福してくれる場なのよ⁈ それをやらないなんて、悪霊を呼び寄せるんじゃないの⁈」
ルチアは一歩仰け反った。親友の言い草と、その剣幕の凄さに。
「悪霊なんて……大袈裟だよぉ」
苦笑いしたルチアに親友は畳みかける。
「いーえ! 決して大袈裟じゃありませんっ。実際、精霊に祝福されない結婚なんて呪われて上手くいかなくなって、早々に離婚する羽目になるわよっそういう実例を私は見てきたわっ実の姉っていう!」
「……え? ほんとう?」
詳細を聞けば。
彼女の姉は駆け落ち同然で秘密の恋人と結婚したという。ごくごく少数の友人には結婚の報告をしたらしいが、親族を集めて大々的に行う披露宴は行わなかったらしい。
……その結果。彼女の姉は離婚をし、子どもひとり抱えて実家に帰ってきたのだとか。
とはいえ。
貴族令嬢が駆け落ちなんかして、うまく生活できると考える方が浅はかだ。
おおかた、資金が枯渇し生活できなくなり破綻した結婚生活だったのだろう。精霊や悪霊のせいにするのはお門違いだ。
ルチアは、そう思う。
「それに、実務に入っちゃったって……ルチア。あなた働いているのね? その恰好……王宮侍女?」
「そうよ。いまセレーネさまのいる宮で働いているの!」
ちなみに『セレーネさま』とはこの国の第二王子妃で、由緒正しいポルフィリオ侯爵家のご令嬢だった。
ルチアのふたつ年上で、学園生時代から女生徒みんなの憧れの先輩。ルチアが最高学年のときご成婚あそばされている。
王宮で支給される制服を着たルチアが得意げに胸を張り宮殿で働いている事実を言えば、親友は呆れたように溜息混じりに告げた。
「それは、まぁ……ずっと希望していたものね……おめでとう? 結婚相手はもしかしなくてもグスタフ卿よね? そうじゃなかったら身売り?」
「身売りなんて! まさかそんなことないよ! もちろん、旦那さまはグスタフ・アラルコンさまですっっっ」
ルチアが学園に在学中、王子専属の騎士さまに見初められた。ふたりの交際はわりと有名だった。――ルチアの以前の婚約者のせいで。
「そう、ならよかった。その点だけは安心したわ。そんな、人に隠れて結婚なんて……駆け落ちか身売りしかないと思っていたもの」
ルチアには隠れて結婚したつもりなどない。――急いだ理由は、あるが。
「でもねぇ……結婚してまで王宮で働かなくても……」
「うん。でも充実してるからそう心配しないで。じゃあね! お使いで出てきただけだから時間ないの。また連絡するからそのときお喋りしようね!」
ひさしぶりに城下に来て、学園生時代の親友にばったりと出くわした。彼女は貴族夫人然とした衣装に、日傘を持った侍女を伴っていた。王家御用達のドレス専門店の前である。近々王家主催の舞踏会が開催されるから、そのためのドレスの注文(あるいは手直しか受け取りか)に来たのだろう。
「いまのはフロレス子爵夫人ですよね? ひさしぶりの再会だったのでしょう? 場所を変えてお話ししても良かったかと思いますが」
護衛として同行してくれている女性騎士のポーラ卿に優しく声をかけられたが、ルチアは首を振って不要だと答えた。
そういえばこの親友の王都での結婚お披露目パーティ(領地でも親戚一同を集めて開催したらしい)には出席した。そのときに護衛として同行してくれたのもポーラ卿だったと思い出す。
親友は親の決めた許婚と結婚したが、幼馴染みだから気心が知れてていいと彼女は笑っていた。
ルチアは忙しかったので、彼女にお祝いを述べるだけですぐに退出したことまでも思い出してちょっと気まずい。大勢の出席者がいたお陰で、ルチアのかなり薄情な態度もあまり問題視されていなかった……と思う。
親友は卒業間近になってから経営学を専攻し、忙しい学園生活を過ごしていた。姉に代わって実家を継ぐことになったから、領地経営をいまさらながらに学ばなければならない。大変だと、よく愚痴を溢していた。
なぜ次女である彼女が突然総領娘に抜擢されたのか、その理由は言いたくなさそうだったから追求しなかった。当時のルチアの慌ただしさも追求されずに済んだので。
(あれって、おねえさんが駆け落ちしたせいだったのね……)
人の命運なんて、それぞれだなぁとルチアは思う。
まさか自分が王宮勤めになるなんて、五年前は思ってもいなかったし。
五年前――十五歳のルチア・デル・テスタは、自分の将来は親の決めた婚約者と結婚し伯爵夫人になるのだと思っていた。成金男爵家に生まれた自分には過ぎた縁だとも思っていた。
十七歳のとき、ちょっとした事件があり破談になった。
ぶっちゃけ元婚約者がなにを思ったのか突然暴走し(おそらく巷で流行りの『婚約破棄モノ』と呼ばれる小説に背中を押されたはっちゃけ行動だったのだろうが)、人前で『婚約破棄宣言』をかましやがったのだ。
そのときの縁で今の夫、グスタフ・アラルコンと知り合った。
彼と恋人同士になり、卒業式のまえに貴族院へ赴き婚姻届けを提出。住まいを学園寮から王宮の住み込み従業員家族寮へ移動させた。そこから卒業式に参加し、式当日の夜から第二王子宮で勤めることになった。
あれからもう二年が経った。今のルチアは二十歳になる。
親友にも報告しないで行った一連の電撃結婚は、今思うと軽率というか即急すぎるというか、とにかく慌ただしかった。
(だって焦ってた、んだもん……)
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