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7.公爵令嬢グロリアの私室捜索
しおりを挟む夜の帳が下りるころ。
王宮の王太子執務室で日常業務を(隣国に位置するビイロ帝国が戦の準備をしているらしいなど、なんともキナ臭い報告書に眩暈を感じつつ)熟しながら、テオドール王太子は昼間会ったフローラ・ジベティヌス嬢の面影が脳裏から離れずに困惑していた。
今、彼女は何をしているのだろうか。
きちんと食事はとっているのだろうか。
暇を持て余してはいないだろうか。
騎士団のガサツな連中が彼女を煩わせてはいないだろうか。
ここまでひとりの少女の面影がちらつくとは思わなかった。彼女は母親に生き写しだという。彼女の母親も相当の美女だったのだ。ジベティヌス公爵が惑わされても当然だろう。
あれからフローラの身辺にいた者に対する調査報告を受けた。
彼女が心を許していたであろう、執事親子と庭師、そして専用の御者。
みな8年前、公爵が踊り子と住んでいた別邸に勤めていた者だった。三女フローラを引き取る際、別邸を引き払い彼らも雇い入れたのだ。
執事補佐のトマスと庭師のラウノは老齢。
厨房女中のエイダは長剣を扱うには身体が小さすぎる。
御者のヤンは若い男だが、痩身で小柄。とても長剣を振るって一刀のもとに他者を屠れるような人物には見えないらしい。
(誰も彼もフローラの為に、と言って犯行に及びそうではあるが、とてもそれを成し遂げそうな人物像ではないな)
そして何より、彼らには第三者のアリバイがあった。
昨夜は公爵自身の命令で使用人はすべて早々に本館を追い出され、使用人専用の別館にいたらしい。ジベティヌス騎士団の人間からも同様の報告が上がっている。
(やはり、公爵が使用人をすべて追い払い、自身の手で憎い人間を屠った、と見るのが妥当だな)
それにしても。
昼間会ったフローラの姿は。
その美しさを損なわれることはないとはいえ、『公爵令嬢』という身分に相応しい装いではなかった。
質素で、古ぼけた印象のデザインのワンピースを着て、身を飾る装飾品は一切なかった。
たしかに、衣食住に不足は無かっただろう。だが粗末な衣装を与えるのも苛めの一環だと言える。
贅を尽くした長女ヴィクトリアの装いを知っているからこそ、そう思う。
そういえば、昨夜の白いドレスも質は良いモノだったが、型落ちした流行遅れのドレスだった。
(やれやれ。つくづくあの女が死んでせいせいしたと思ってしまうな)
公爵令嬢ヴィクトリアとは、彼女の兄も含め旧知の仲ではあったがそれだけだ。
彼女が婚約者に選ばれたのは、独自軍事力を誇るジベティヌス公爵家の力を王家の傘下に収めたい、ただそれだけに等しい。
王太子は溜息を吐きながら考える。
冷遇されていたフローラを着飾り、公爵令嬢の身分に相応しい装いにさせたい。彼女を甘やかし、喜ぶさまが見たい。
知らず、そんな妄想をしていると。
「殿下、ただいま戻りました――」
そう言いながらジャン・ロベール副団長が入室する。
王太子は妄想に邪魔が入り、ムッとした表情で彼の部下を睥睨した。
「金庫の鍵、とやらは見つかったのか?」
「それは見つかりました。が、同時に最後の疑問が解明されました」
「最後の疑問?」
「刺殺された遺体の中で、なぜ長男のアレクサンダーだけが遺体の損傷が激しかったのか、です」
そういえば、そのような報告を受けていた。
「公爵が今回の殺害犯ならば、アレクを一番憎んでいた、ということになるな……そういえば、アレクは昨夜の夜会にも不参加だったな。王太子である私と、自身の妹の婚約式にも不参加だった。どうした事かと思っていたのだが」
「使用人たちへの聞き込み調査によると、アレクサンダーは昨日、体調不良で寝込んでいたそうです。夫人も婚約式だけ出て、彼の看病のために早々に退出したようです。どちらも夜会には不参加でした」
「なるほど――で? なぜアレクは公爵に憎まれていたのだ?」
「それより前に殿下。あんた、フローラ嬢に求婚とかしていないでしょうね」
「え」
急に口調を変えたジャン・ロベールの態度に驚く。
「あんたの考えなんざ、大抵お見通しだから言わせて貰うが、フローラ嬢は止めておけ。ヴィクトリア嬢の後釜にしたいんだろうが、彼女に『王太子妃』はできない」
「口調! 落ち着けジャン。崩れてるぞ」
「失礼。……んんっ。私はヒュー・アボットと共に、ジベティヌス公爵邸を訪れ、次女グロリアの私室の捜索にあたりました――」
◇◇◇◇◇◇◇
ジャン・ロベールは公爵令嬢次女グロリアの私室捜索にあたった。
私室と言ってもグロリアは公爵令嬢である。
彼女専用の部屋は寝室、更衣室、勉強部屋、遊戯室、応接室、図書室とあり、それぞれが広い。しかも広大な衣装室、靴専用収納部屋、装身具専用室、帽子専用室、バッグ専用室などなど……ここからネックレスひとつを捜索しようというのだから、なかなか途方に暮れる案件である。
とはいえ。
彼の側には悲壮な顔をしたヒュー・アボットがいる。部下にも命じ、人海戦術での捜索が始まった。当然、公爵令嬢の持ち物なので国宝級のジュエリーもある。それらが破損しないよう取り扱いには注意喚起を促した。
「とりあえず装身具専用の収納部屋から、かな」
木の葉を隠すには森の中。ネックレスを隠すならそれらが多くある場所であろう。
フローラが肌身離さず持っていたというネックレスの詳細な形を訊けば、執事補佐であるトマスが「オーロラさまが、旦那さまから頂いたネックレスですね」と覚えていた。花のチャームがついた金のネックレスだとか。チャームの形を簡単な絵にして、部下にも共通認識として覚えさせ捜索する。
「チャームは一つではなく、鍵の形をしたものも付いていたとフローラ嬢が言っていたのだが」
副団長がそう問えば、執事補佐トマスはあっさりと同意した。
「えぇ。付いてました……ですが、まさかグロリアさまに取り上げられていたとは……フローラさまは、ご自分が辛い目にあってもわたくしどもに愚痴をこぼしたりなさらないので……」
そう言って項垂れるトマスにも捜索に加わるよう指示を与え、ジャン・ロベール自身も煌びやかなジュエリーの山に向き合った。
すべてのジュエリーを検分しても見つからず、捜索範囲は衣装部屋へ、そして靴専用部屋にも拡大された。
「ありませんね」
途方に暮れかけたジャン・ロベール副団長に、部下のひとりが進言した。
「副団長。考え方が違うのでは」
「と、いうと?」
「普段令嬢が入らない衣裳部屋ではなく、自分の目の届く範囲に置いたのでは?」
なるほどの意見だった。衣裳部屋は侍女やメイドたちが出入りする場所だ。
グロリア嬢の普段の行動範囲を彼女付きの侍女に問いただし、寝室のベッド周りや勉強部屋の机の引き出しを探したらそこが『あたり』だった。机の引き出しに鍵付きのものがあり、そこを開けさせたらグロリアお気に入りの物を仕舞うジュエリーボックスがあった。
その中に問題にしていたネックレスが入っていた。
「あぁ! これです! ちゃんと鍵がついています!」
小躍りして喜ぶヒュー・アボットに鍵を渡し、ネックレスは執事に預けようとした。
ネックレスはフローラ嬢に……と告げようとした時、執事が青い顔をしてジャン・ロベールを見上げた。彼はグロリアの引き出しに入っていた日記帳を読んでいたようだった。
「トマス? 顔色が悪い……それに、なにか都合の悪い事が書かれているのか?」
「えっ、あっ……これはっ」
「どうした。見せなさい」
トマスの持っていたページをそのままに、ジャン・ロベールは中身を読んだ――。
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