王女殿下のモラトリアム

あとさん♪

文字の大きさ
20 / 68

その夜の女子寮では

 
 その日の夜。
 王立学園の女子寮では、今までにない集まりで盛り上がっていた。
 食堂にはドレス組も制服組も関係なく、いつまでも寮生が残り、お喋りに花を咲かせ続ける。

 話題は、赤毛ケビン・フォン・クスナーピンクブロンドノア・フォン・リュメルの決闘騒ぎからの、ピンクブロンドのアンネローゼ王女(王女が入学していたことも!)への懸想が明るみになった件に、大学部の研究室にいるはずのベッケンバウアー公爵令息(あの有名な天才少年博士はハンサムだった!)の登場と、その後に派手に行われた留学生アスラーン・ミハイ・セルジュークの公開求婚と、話題はあちこちに飛びつつ盛りだくさんで、白熱する一方。
 誰もが正しい情報を欲しがり、一年専科クラスの女子学生は質問攻めにあっていた。

「それで? 結局、リュメル様の罪とはなんなの?
 誰も聞いていないの?」

 その問いは2年生からのものだった。
 彼女たちにとって、ノア・フォン・リュメルとケビン・フォン・クスナーは憧れの的であった。
 去年の剣術大会で、並みいる上級生たちの中を勝ち抜き、準決勝、決勝と勝ち進んだ姿は彼女たちの記憶に新しい。

 今まで姦しかった食堂が急に静まり返った。

「ベッケンバウアー公子のお怒りは、とても凄まじくて……誰も、重ねて詳細を問い質すことができませんでした……」

 あの場にいたレオニーは、自分の腕を摩った。
 公子に感じた恐怖を思い出し、寒気がしたのだ。
 彼は常に穏やかな笑顔を湛えていたが、纏う雰囲気が氷の刃を含んでいた。それは自分たち一年専科クラスの者に向けたものではなかったが、それでも恐ろしかったのだ。


「なんでも、リュメル様は王女殿下にお手紙を頻繁に送っていたようですけど」

「あ。それがですね先輩! ちょっと猟奇的? なんですよ。聞いて下さいよ!」

「あぁ、先輩たちの中にはあのピンク頭さん、は、憧れの的、なんですか? それ、私たち一年生には、なんていうか……」

「ねぇ……」

「「「信じられないんですよ、あんな気持ち悪い人!」」」

「気持ち悪い?」

「いや、ご容姿はーー、お美しい、とは思いますよ? ですが……」

「ここはちゃんと説明して理解してもらった方がいいよ?」

「そうだね。
 ——発端は、6日にピンクさんからお手紙を一通貰ったこと、です。
 そこから始まります。
 その手紙は教室で、この私、レオニーナ・フォン・シャルトッテがお預かりしました。その手紙はすぐさまローゼの専属侍女の方にお渡ししました」

「で、その後、我々一年専科クラスはたびたびピンクの姿を目撃しているのです。教室を窺う思いっきり不審者な姿の!」

「物陰に隠れて、そーーーっと窺っているんですよ。でもあの派手な容姿でしょう? 全然っ隠れていなくて。返って不審、になったんです」

「みんなあの頃は、“誰?”“さぁ? 2年生だよね?”くらいだったんですがね」

「次に手紙を持ってきたのが10日です。
 これは私、ソフィー・フォン・グートシュタインがお預かりしました! やっぱり侍女様にお渡ししました!」

「で、次が14日の朝。ローゼ様の机の上に手紙が一通ありまして、これもすぐに侍女様が回収していきました。
 ローゼ様が教室に入る直前の出来事でした。
 そしてお昼休憩を挟んで教室に戻ったら、またしてもローゼ様の机の上に」

「一日、2通?」

「そうです! もっとも、ローゼ様の目に触れるまえに回収されているので、ローゼ様ご本人は手紙があったことすらご存じありません」

「で、17日の朝。またしても机の上にあって……」

「その日はアイリスが手紙を受け取ったんだよね?
 あれ? アイリスは?」

「あの子、王都にある親戚の家に行ったわよ。その親戚が王宮勤めなんですって。詳しい話を聞けるかもって言ってたわ」

「あぁ、議会で問題視されてるんだもんね」

「ちょっと! お手紙の話の続きをなさい!」

「あぁ、すいません。えぇと、17日には、計3通の手紙が来たんです」

「机の上に置いてあったのが2通、クラスメイトに手渡しが1通」

「ここまでで計7通のお手紙があったんです」

「でも全部、ローゼに直接渡すことはなかった。全部、机の上に置いておくか、他の女生徒を介しての手紙なんです」

「男らしくないって思いませんか?
 ローゼ様はそこにいるんですよ? 直接渡せって思いません?」

「こそこそ覗き見はしてるのにね!」

「ね! 気持ち悪いって思いませんか?」

 2年生たちはお互いの顔を見比べ、気まずそうにする。

「で、次に手紙を見つけたのは」

「侍女のキャサリンさまが、ロッカーから回収していくのを男子学生が目撃しています。多分、あれもピンクが送り主かと……日付の確認はしてないけど」

「ロッカー? 個人用の、私物入れの?」

「あれって、鍵付きじゃあ……」

「はい、鍵付きのはずですよね。でもそこにも入っていたんです」

「そこでは計4通、確認されています」

 またしても食堂が静まり返った。


「そ、それは……気持ち悪いって思うのも当然、だわね……」

 腕をさすりながら3年生が言う。

「19日にもう1通あったのかな。置き去り方式のが」

「うん。で、今日20日のあのカフェテリアでのクズナー襲撃事件!」

「ちょっと、クズナーってなによ」

「ローゼさまがそう呼ぶから」

「くずよ。すぐ偉そうに怒鳴って威嚇してくるんだもん」

「手紙の内容は判りません。ですが、そのクズナーの言動から、王女殿下であるアンネローゼさまを呼び出したものだと、推測されます。
 たびたび殿下を呼び出そうとするなんて、不敬だ! と議会で問題視されても可笑しくはないと思います」

「それだけじゃあ、無かったんでしょう?」

「恐らく。ベッケンバウワー公子のお怒りようを思うと……」

「手紙の内容を言ってもいいけど、すぐに忘れたいほどおぞましい内容だったと……あれは、とてもお怒りでした……」

 皆が皆、気まずいような心地でその場にいる寮生の顔色をうかがったとき、明るい声が話しかけた。

「……なになに? なんで食堂にこんなに人がいるの?」

「アイリス! おかえり!」

「なにか新しい情報はあった?」

「あぁ、皆さま情報交換なさっているのね。
 ううん。たいしたことは聞けなかったわ。
 ただ、私の従兄弟が議会の書記を務めていてね。アンネローゼ王女殿下の学園登園についての是非が問題になってる……とは聞いたわ。
 一人の男子学生が暴走したせいだから、そいつを退学処分にしろって意見もあるとか」

「男子学生の暴走……」

「手紙の内容って聞けた?」

「それがねぇ。すっごい嫌―――――な顔して“女の子に伝える内容じゃない”って、言われたわ」

「女の子には、言えない、内容……」

「怖いわね……」

 皆が皆、好奇心は刺激されるも気まずいような心地でその場にいる寮生の顔色をうかがいあった。

 そんな彼女らに華やかで明るい声が話しかけた。

「あら。みなさま御機嫌よう。お邪魔するわね。寮生会議の真っ最中かしら?」

 華やかな声と共にその場に登場したのは、メルセデス・フォン・エーデルシュタイン伯爵令嬢だった。
 そして驚くべきことに、

「メルセデス様! そのお姿は!」

 なんと、彼女は制服を着ていたのだ!

「うふふ。ご覧になって? わたくしにもなかなか似合ってるでしょう?」

 あっけにとられる同級生に制服姿を見せてはしゃぐメルセデス嬢。

「この制服って、実に着心地がいいの!
 一人で脱ぎ着もできるのよ! 凄いわよね!
 知らなかったわ、この二年間わたくし損をしていたわ。
 このリボンが赤のときも緑のときも、無視していたのは、わたくしの罪……。(さめざめと泣き崩れるポーズ)
 でも!(がばりと顔を上げ)黄色のリボンでもいいの。この一年、これを着て学園生活を楽しみますわ。
 皆様もぜひっご一緒にいかが?
 この制服、王女殿下がデザインなさったのよ?
 着ないなんて、王家に対して反逆の意思があると思われるかもしれなくてよ?」

 今まで着ていなかったことをすっかり水に流しての発言である。

「あぁ、ローゼが言ってましたね。制服のデザインは王太子妃殿下と共に決められたとか」

「「「「「王太子妃殿下!?」」」」」

 寮生全員が声をあげ、レオニーに注目する。

「はい。一緒に決めたのだと言ってました。
 だから我々は誇りを持って、この制服を着用しています。
 妃殿下と王女殿下が一生懸命に考えてくださったデザインですから。
 そしてローゼも一緒に着てくださってる」

「そうなのよね、王女殿下とお揃いの制服ですもの、着ないなんて損です!」

 メルセデス嬢がニコニコと上機嫌に続けた。
 それらを聞いた寮生たちがざわざわとし始めた。

「王女殿下と、お揃い……。なんでしょう、素敵な響きだわ……」

「お揃い……素敵……」

「でも、毎日同じお衣装を着るなんて……」

「あら! それなら同じ制服を何着もお作りになればよろしいのよ!」

 メルセデス嬢が明るい声で提案する。

「ご自分のお家の出入り商会に任せて、同じデザインの制服を何着もお作りになったらいいのですわ!」

「え? そんなこと勝手にしてもいいのでしょうか? デザインの窃盗とか言われませんか? 妃殿下のデザインですよ?」

 疑問の声も上がったが、

「そこはそれ、商会同士に任せなさいよ。方法はあるはずよ?
 但し、支給されるものより高いお値段になるかもしれないけど」

 などと、貴族の子女らしい発言で有耶無耶にされつつ、いつの間にか始まっていた第一回女子寮『寮生会議』はゲストも交え、ワイワイがやがやと賑やかに華々しく、夜遅くまで続いた。

 翌週からの学園内は、圧倒的に女子学生の制服組が数を増す事態になるのだった。









◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
同じ制服·····で思い出すのはパタリロ8世
(どなたかご存知ですかねぇ)
感想 15

あなたにおすすめの小説

噂の悪女が妻になりました

はくまいキャベツ
恋愛
ミラ・イヴァンチスカ。 国王の右腕と言われている宰相を父に持つ彼女は見目麗しく気品溢れる容姿とは裏腹に、父の権力を良い事に贅沢を好み、自分と同等かそれ以上の人間としか付き合わないプライドの塊の様な女だという。 その名前は国中に知れ渡っており、田舎の貧乏貴族ローガン・ウィリアムズの耳にも届いていた。そんな彼に一通の手紙が届く。その手紙にはあの噂の悪女、ミラ・イヴァンチスカとの婚姻を勧める内容が書かれていた。

【完結】愛され令嬢は、死に戻りに気付かない

かまり
恋愛
公爵令嬢エレナは、婚約者の王子と聖女に嵌められて処刑され、死に戻るが、 それを夢だと思い込んだエレナは考えなしに2度目を始めてしまう。 しかし、なぜかループ前とは違うことが起きるため、エレナはやはり夢だったと確信していたが、 結局2度目も王子と聖女に嵌められる最後を迎えてしまった。 3度目の死に戻りでエレナは聖女に勝てるのか? 聖女と婚約しようとした王子の目に、涙が見えた気がしたのはなぜなのか? そもそも、なぜ死に戻ることになったのか? そして、エレナを助けたいと思っているのは誰なのか… 色んな謎に包まれながらも、王子と幸せになるために諦めない、 そんなエレナの逆転勝利物語。

クリスティーヌの本当の幸せ

宝月 蓮
恋愛
ニサップ王国での王太子誕生祭にて、前代未聞の事件が起こった。王太子が婚約者である公爵令嬢に婚約破棄を突き付けたのだ。そして新たに男爵令嬢と婚約する目論見だ。しかし、そう上手くはいかなかった。 この事件はナルフェック王国でも話題になった。ナルフェック王国の男爵令嬢クリスティーヌはこの事件を知り、自分は絶対に身分不相応の相手との結婚を夢見たりしないと決心する。タルド家の為、領民の為に行動するクリスティーヌ。そんな彼女が、自分にとっての本当の幸せを見つける物語。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください

LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。 伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。 真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。 (他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…) (1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。

るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」  色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。  ……ほんとに屑だわ。 結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。 彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。 彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。

愛を忘れた令嬢が平民に扮した公爵子息様に娶られる話

rifa
恋愛
今まで虐げられ続けて育ち、愛を忘れてしまった男爵令嬢のミレー。 彼女の義妹・アリサは、社交パーティーで出会ったオリヴァーという公爵家の息子に魅了され、ミレーという義姉がいることを一層よく思わないようになる。 そこでミレーを暴漢に襲わせ、あわよくば亡き者にしようと企んでいたが、それを下町に住むグランという青年に助けられ失敗し、ミレーはグランの家で保護され、そのまま一緒に暮らすようになる。 そしてそのグランこそがアリサが結婚を望んだオリヴァーであり、ミレーと婚約することになる男性だった。 やがてグランが実は公爵家の人間であったと知ったミレーは、公爵家でオリヴァーの婚約者として暮らすことになる。 だが、ミレーを虐げ傷つけてきたアリサたちを許しはしないと、オリヴァーは密かに仕返しを目論んでいた。 ※アリサは最後痛い目を見るので、アリサのファンは閲覧をオススメしません。

【完結】見返りは、当然求めますわ

楽歩
恋愛
王太子クリストファーが突然告げた言葉に、緊張が走る王太子の私室。 この国では、王太子が10歳の時に婚約者が二人選ばれ、そのうちの一人が正妃に、もう一人が側妃に決められるという時代錯誤の古いしきたりがある。その伝統に従い、10歳の頃から正妃候補として選ばれたエルミーヌとシャルロットは、互いに成長を支え合いながらも、その座を争ってきた。しかしーー 「私の正妃は、アンナに決めたんだ。だから、これからは君たちに側妃の座を争ってほしい」 微笑ながら見つめ合う王太子と子爵令嬢。 正妃が正式に決定される半年を前に、二人の努力が無視されるかのようなその言葉に、驚きと戸惑いが広がる。 ※誤字脱字、勉強不足、名前間違い、ご都合主義などなど、どうか温かい目で(o_ _)o))

姉の方を所望していたと言った婚約者に、突然連れ帰られて気づいたら溺愛されています

もちもちほっぺ
恋愛
侯爵家の地下室に住み、姉の食べかけで飢えをしのぎ、婚約者には初対面で「老婆のようだ、姉の方がよかった」と言われた令嬢リリアーナ。 ある日その婚約者に問答無用で公爵邸に連れ帰られた。 庭の恵みを口にするたびに肌が輝き、髪が艶めき、体に力が満ちていく。首に巻いたお守りの秘密、十数年続く国の不作の真実、虐げられ続けた令嬢の出生の謎。 全てが明かされる時、地下室令嬢の逆転劇が始まる。 なお婚約者は今日も庭でグルメリポートを最後まで聞いている。