多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?

あとさん♪

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本編

14.たぶん、謝罪

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 部屋に備え付けの大きな振り子時計が、カチリと針を進める音が聞こえました。あの音、静かにしていないと聞こえないくらい小さな音で、寝入ってしまえばその音に気が付かない程、微かな音でもあるのだけど。
つまり、それ程、室内は静寂に包まれている証明なのですが。

 そんな中で、私が目撃した、ピアの身体能力の素晴らしさがまたしても発揮されたのだけど…あ、ありのまま、今、起こった事をお話します。
 何を言っているのか、解らないと思いますが、見たまま、ありのままを、一から丁寧にお話しますね……どもってしまうのは、混乱しているせいと、“これは許されるの?”という疑問がせめぎ合っているからでしょう。動揺している、ともいえます。

 座っていたソファから立ち上がった位置にいる私の、右斜め後方にピアは立っていました。ちなみにハンナは左後方にいました。
そもそもピアは、旦那さまが入室する際に扉を開け、さぁどうぞお入り下さい、と一礼し、静々と私の右斜め後方に戻ったのです。(その間、旦那さまは活動停止状態でした)ピアが私の後ろという定位置についても、まだ旦那さまに動きはなく。
えっと、なんで? という空気に部屋がなった所で。
私より後ろに居たはずのピアが、音も無く素早く移動し(私の目には瞬間移動したかのように写りました)扉の前で呆然と立ち続ける旦那さまの背後に現れました。
 そしてふわりっ……と床に沈み込むようにしゃがんだかと思えば、両手を床に付けて、その真っ直ぐ伸ばした長い脚を床と並行に振り回しました。丁度、床に付いた手を中心に遠心力を利用するように振り回された脚は、旦那さまの膝裏と片足の内側を的確に打擲ちょうちゃくし(タンターンといい音がしました)、文字通り足を掬われた旦那さまはがっくりと膝を床に打ち付けるように崩れ落ちました……
 一方のピアは、何事もなかったかのようにくるっと一回転しながらシュタっ……と美しく立ち上がっています…相変わらず、ピアの動きは華やかで美しく、重力を感じさせません。凄いです。

 でも、これ、本当に許されているの? 大丈夫?
一応、旦那さまはご当主さまで、ピアは使用人ですよ、ね? 当主を蹴る使用人って、いいの?
私の認識不足なのかしら。でも恐る恐るハンナを見ても平然としています。なんなら微笑みを浮かべています。…慈母の笑みです。

、まずは跪いての謝罪が必要なのではありませんか?」

朗々と響くハンナの声。有無を言わせない雰囲気を持ったそれに触発されたかのように、旦那さまがはっと顔を上げて私を見ました。視線が合いました。その琥珀の瞳が、何か物言いたげに揺らめいています……
そして。
両膝を床につけた体勢から、がばっと音がするように両手まで床に付くと同時に頭を下げて。

「申し訳なかったっっっっ!!! すまないっっっっ!! 許さなくていいから謝罪させてくれっっっ!」

それはそれは、とても大きなお声でした。旦那さま、その声量はもしかして戦場で総指揮を執る為に大号令をかける時に出す音量ではありませんかね? それ、室内で出す声ではありませんよね?

そして、頭を下げた体勢のまま、ずずずずずっと下がって廊下に出てしまったのです。……えぇぇぇ? その体勢で、どうやって後ろに進んだのかしら?
昔、図鑑で見たわぁ……あぁやって頭を下げて後ろに進む虫……たしか、名前はフ〇コロガ……いえ、いけません、旦那さまの体勢から虫を連想するなんて失礼だわ私ったら。

「……簡単に許さなくていいっ、ただ、俺はっ、もう、二度と君を傷付けないと誓うっ、それだけは、信じて欲しいっ」

 先程よりも、だいぶ声量を下げた(耳に優しくなって良かったです)それは、とても真摯に私の胸に響きました。先程からピアの旦那さまに対する行動は大丈夫かしらと思いながらも、その旦那さまに頭を下げさせている私も、割とマズイのではないかしら。

「あの……」

大丈夫ですから頭を上げて下さい、と言葉を繋ぐはずだったのですが、私が一歩前に足を踏み出した事で、旦那さまがずずっと後退してしまい、言葉は途切れてしまいまして。―――あれ?
また一歩踏み出すと、ずずっと後退する旦那さま。頭を下げた姿勢のままですよ? ――えぇと?あの、ちょっと、距離があるのですが。それにお部屋から完全に出てしまっているのですが。(私はまだ室内ですが)

「あの――」

「すまないっこれ以上は、我慢できそうにないっこの――――」

悲鳴のような声でそう言った旦那さまは、物凄い速さで逃走しました。あっという間にまたしても。
え?
旦那さまは、私に会いに来たのでは?
謝ってらしたけど、どうしてまた、逃げてしまったの?
旦那さま、走り去りながら、言ってましたよね、私、聞こえてしまいましたよ?

我慢できそうにない、この匂いが――って。

匂い?

私に会いに来たのに、匂いが嫌で、逃げた?

嫌な匂いの元って、もしかして、私?

え?

「ちっ。何をぐちぐちとあの糞坊主は。――ピア。捕獲しましょう、真意を問い質さねば」

「了解。要注意人物の捕獲に入ります」

侍女二人がなにやら作戦行動開始したのを横目に、私は暫くショックで動けませんでした……



私って、もしかして、臭いの?




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