多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?

あとさん♪

文字の大きさ
29 / 32
番外編(小話集)

兄の想い/侍女の気持ち

しおりを挟む
(前半セドリック、後半ピア)


  
 フィーニス辺境伯家の当主は最近婚姻式を挙げ、長らく婚約者だったアウラード子爵家の令嬢を正式に妻とした。
 アウラード子爵家の次期当主であるセドリックは、妹の婚姻式に間に合わなかったが、なんとか都合をつけてフィーニス本家の邸宅に赴き、ちょうど妹の誕生日を祝う宴に参加できた。

 宴では、妹は夫であるフィーニス家現当主イザークにあれやこれやと世話を焼かれ、嬉しそうに微笑んでいた。
 舅姑に当たる前当主夫妻にも可愛がられているようだったし、小舅に当たるイザークの弟たちからも悪感情は見受けられなかった。
 そのうえ、自分がもたらした情報に皆一様に憤りを表した。使用人に至るまでそんな状態だったから、セドリックは大満足だった。火の精霊王も初めて見たし、なかなか有意義な時間を過ごせたと。

 何よりも妹が笑顔だった。幸せそうだと感じた。

 彼女が憧れの人との婚約に色々と思い悩んでいたのは知っていたが、まさかそれをネタに学生時代にいじめられていたとは知らなかった。
 情報通を誇っていた自分が恥ずかしいと、セドリックは思っていた。

 六歳下の大切な妹。いつも一生懸命だった妹。家族に対して笑顔ばかり見せて、辛い事は隠していた健気な妹。

 どうか。
 どうか、世界一強靭だというフィーニスの英雄よ。
 妹の笑顔を、何よりもその心を守ってくれ。そう思って頭を下げた。

 宴の翌朝。セドリックは朝食の席で妹夫婦の姿がないことに、なんの疑問も持たなかった。
 だって新婚さんだから。
 彼らの行動を問うような無粋なマネはしませんとばかりに、セドリックは早々に辺境伯邸を辞去したのだった。


 ☆★


 早朝、アウラード次期子爵を見送ったピアは複雑な表情で頭を上げた。

「旦那様、大丈夫っスかねぇ……アリス様に無体を強いてないといいんスけど……」

 昨夜、宴の最中に気が付けば彼女の女主人は姿を消していた。彼女の夫と共に姿を消したのだから、まぁ、行方は分かっている。彼女の見上げた先の夫婦の寝室には、実に二週間と四日ぶりに人の気配があった。

「昨夜も片時もお側から離れないで、周りを威嚇しまくってましたものねぇ」
 と、ハンナも困ったように眉を下げて言えば

「夜から朝まで、ずっっっと部屋に結界を張って警戒してらしたものなぁ」
 と、ギルベルトも苦笑しながら言う。

 その結界は、ドアノブに触れようものなら火傷を負わされるような厄介な代物で、誰も迂闊には近づけなかった。
 今は縮小されたようで、部屋の扉に触れて開けることも可能だ。
 但し、大きなベッドの天蓋は閉じ切っていて、そこには近づくこともできない。恐らく、中にいる住人は睡眠中なのだろうと推測される。
 先程まで侍女たちがバスルーム等の清掃をし、ワゴンに乗せたフルーツや軽食を運び入れたばかりだ。

「お休みになっていらっしゃるなら、お起こしする訳にも……」

『ふたりは熟睡しておるが、何か急な伝言でもあるのか?』

 当主夫妻の心配をする使用人たちの前に、当主の守護精霊が顕現した。

「あぁ、精霊王さま。いえ、緊急を要するのではないのですが……アウラード次期子爵様が既に出立したと、奥様にお伝えしたく……同時に旦那様に、カミル様が護衛と称してそれに同行されたと……」

 そうハンナが伝えれば、

『奴らが起きてから伝えてもいいのではないか? 今は寝かせてやれ。やっと眠ったところだ』

「精霊王様! お二人は、というか、アリス様は、大丈夫なのでしょうか? 無理を強いられてませんか? 怪我をしたり、血を流したりしてませんか?」

 勢い込んでピアが訊ねると、精霊王はなんてことないという顔で答えた。

『? いや? 安心せよ。どこも怪我などしていない。アリスがイザークをきちんと躾けていたからな』

「「「は?」」」

『イザークは、アリスが嫌がることはしたくないと申してな。アリスの許可なくば、あやつは何もできない』

 どういう状況? ? ?

『アリスは……声は枯れてしまったようだが、ほかは疲労だけだ。寝ていれば快復しよう』

「――えぇと、イザーク様は?」

『あやつは……いつもよりツヤツヤしておるぞ』

 聞かなきゃよかったかもしれない。
 取り合えず、その場は収まった。

 だが、彼らの主人夫妻は夜になっても結界を張り続け、部屋から出てこなかった。
 翌日も同様だった。
 そのまた翌日も。
 日々の清掃はきちんと行えるが、恐らく彼らが覚醒している間は部屋自体に近寄れない規模の結界が張られる。まぁ、新婚さんなのでそこを邪魔するような無粋な者はいないが、流石に体力がもたないだろう。特にアリス奥様が! 差し入れている食事も食べてはいるようだが、いかんせん、奥様の食事量が見えない。旦那が食しているかもしれない。不安は募る一方だった。

 ピアは、憧れ尊敬していたミハエラ様の孫娘であるアリスに仕える現状に幸せを感じていた。
 初めて見たアリスはとても小さく可憐で愛らしかった。一目で気に入った。自分がこの方を守るのだと決めた。
 その奥様に万が一でも何かあったら耐えられない。ハンナたちとも協議の結果、炎を見詰めながら火の精霊に訴えた。アリス様の無事を確認したい、なんとか、この訴えを精霊王さまに伝えてくれ、と。

 かくして、彼らの想いを精霊王は聞き届けてくれた。

 四日ぶりに、当主夫妻の寝室は開放された。
 四日ぶりに会えたアリス奥様は、想定していたような最悪の状態ではなかった。だが疲れ果てていた。入浴するために晒したその肌に残る痕を見て、ちょっと旦那さまの執着怖いっ! とか思った。

 バスタブの中でウトウトする小さな頭を、そっと縁に凭れさせる。そうして滋養強壮に効きそうなものを厨房に頼もうと思いながら、ピアはアリスの髪をゆっくりと丁寧にくしけずった。


しおりを挟む
感想 56

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

あなたが「消えてくれたらいいのに」と言ったから

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「消えてくれたらいいのに」 結婚式を終えたばかりの新郎の呟きに妻となった王女は…… 短いお話です。 新郎→のち王女に視点を変えての数話予定。 4/16 一話目訂正しました。『一人娘』→『第一王女』

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

完結 貴方が忘れたと言うのなら私も全て忘却しましょう

音爽(ネソウ)
恋愛
商談に出立した恋人で婚約者、だが出向いた地で事故が発生。 幸い大怪我は負わなかったが頭を強打したせいで記憶を失ったという。 事故前はあれほど愛しいと言っていた容姿までバカにしてくる恋人に深く傷つく。 しかし、それはすべて大嘘だった。商談の失敗を隠蔽し、愛人を侍らせる為に偽りを語ったのだ。 己の事も婚約者の事も忘れ去った振りをして彼は甲斐甲斐しく世話をする愛人に愛を囁く。 修復不可能と判断した恋人は別れを決断した。

処理中です...